物理(宇宙素粒子系)の大学院生は何をやっているか?

皆さんは、物理に関連する研究、と聞いてなにを浮かべるでしょうか。
宇宙系や素粒子系の大学院生の活動というのは、どうも得体の知れないものという印象らしく、私自身知人に説明するときにすごく苦労します。しどろもどろな説明でごまかします。でも、これではいつまで経っても理解してもらえないですよね。なので、今回は正面からこの問題と向き合い、私が普段何をやっているかを説明していきます。

素粒子系の大学院生の活動とは?

普段の活動を説明するとき私はよく、こう言います。
「私は普段、加速器という粒子と粒子をぶつける装置で行った実験のデータを解析しています。」
……分かっています、この時点でもはや暗号です。
そこで、最も認知度が高い話題から始めたいと思います。物理の研究に最も注目してもらえる機会、そう、ノーベル賞です。

素粒子物理(加速器実験)に関連する内容では、2013年に「ヒッグス粒子の発見」でフランソワ・アングレール氏とピーター・ヒッグス氏にノーベル賞が贈られました。6年前の出来事なので、あまり覚えていない方も多いでしょう。当時は非常に話題になり、NHKのニュース7でアナウンサーがボールのたくさん入ったプールを歩いていたのを鮮明に覚えています。
今回は、この2013年のヒッグス粒子の研究と以下の解説記事を絡めながら、研究者の活動と大学院生の活動を紹介していきます。
(著者はヒッグス粒子の測定やATLAS実験には関わっていません。そのため、説明は一部正確ではないかもしれません。ご了承ください。)

ノーベル賞の解説記事を読みながら研究者の活動を紹介する

この解説記事で特に読んで欲しいのは、“ヒッグス粒子を作りだした「LHC」と検出器「アトラス」”の以降です。加速器実験というのは、微細な粒子をぶつける加速器という装置を用いて、粒子の衝突をたくさんの検出器で囲み、衝突を研究する実験です。私の偏見に過ぎないのですが、この研究の活動は大きく分けて以下のものに分けられると思います。
A) 検出器を作成する。また、検出器で実際にデータを取得できるようにする。
B) 加速器に設置し、加速器で衝突を起こしてもらい、データを取得する。
C) 検出器で保存されたデータから、物理学で意味のある情報に加工する。
ここでは、これらの活動をもう少し詳しく説明します。
長い!と思う方は、“大学院生は何をしているか?”まで読み飛ばしてください!

研究の活動を細かく解説!

Aの活動は、解説記事の後半、“日本の研究グループの貢献”の部分に詳しく書かれています。
検出器を設計する。検出器の各部分を作成して、動くようにする。検出器に粒子をぶつけて、実際の動作を確認する。データ取得に必要なシステムを開発する。
研究というと白衣を着た人というイメージがあるかもしれませんが、この検出器の開発の場合、どちらかというと工場で複雑な装置を作っているイメージの方が近いと思います。多くの場合、大学内などに検出器の開発用の場所があり、日々大学内でこれらの活動を進めています。私はこの実験には参加していないですし、自分の所属している実験でも運悪く検出器の開発には関わることができていないので、かっこいいな、一度やってみたい、と思ってしまいます。

Bの活動は、加速器の設置されている大きな研究所(この場合はスイスのCERN)に出張して検出器の設置やデータ取得を行うものです。加速器というのは、とても広大な土地とお金が必要なため、限られた場所にしかありません。お金がかかるため他の国の研究者とともに行っています。そのため、海外に出向く必要があることが多いです。取得したデータの保存用のコンピュータにも多くのお金がかかるため、加速器と検出器の開発が終わってもまだまだお金が必要になります。

Cの活動は、検出器で取得したデータを物理的に意味のある情報に変換する活動です。
先ほどのノーベル賞の解説記事に戻ると、図3としてなにやら黒い点と赤い線が描かれた図が載っています。このCの活動の成果物は、このような解析結果の図です。この図を基にして、物理的な議論が行われます。この場合はヒッグス粒子が本当に発見されたのか、またヒッグス粒子の特徴について、この図を基に詳しく議論しています。このような解析結果に至るまでには、いくつかのステップがあります。


<ステップ1: 記録された電気信号から粒子の情報を構成する>
Bで取得され、記録されている情報は電気信号です。電気信号を検出器を通過した粒子の情報(粒子の飛んだ方向やエネルギーなど)に変換しないといけません。これには、検出器内での粒子の動きについての深い理解が必要です。


<ステップ2: 学問的な目標を設定する>
検出した粒子の結果をただまとめるだけでは、学問的な意味がよくわかりません。そこで、関連する研究者とともにどんな情報が物理の発展のために必要か、そのためにはどんな解析が必要かを議論します。


<ステップ3: 目標に対応する物理量を求める>
必要な解析がわかったら、具体的な解析を行います。まず、解析の細かいところをあまり気にせずに、全体の解析の流れを組みます。そして、細かいデータ処理の条件を気にしながらデータを処理します。ここまでで、解説記事の図3の黒い点が打てます。ただし、まだこの段階では最終結果ではありません。この黒い点の結果は様々な要因でずれているかもしれません(誤差)。どれだけずれているかもしれないかを、黒丸の上下に棒で記入します。また、黒い点には見たいもの(ここではヒッグス粒子のシグナル)だけでなく、偶然混ざった似たような場合(背景事象)が混ざっています。背景事象と誤差を比べて、本当にヒッグス粒子を検出できているか確かめます。もしデータがヒッグス粒子なしと同じ、つまり背景事象と誤差だけで説明できたら、ヒッグス粒子の発見とは言えません。この作業の時点では、ヒッグス粒子があるかどうか誰にも分からないわけですから、この誤差と背景事象の評価はしっかりと行います。
この作業は、普段は自分の所属している大学内のPCで作業していて、時々ビデオ通話で議論しながら進めている場合が多いのではないでしょうか。

ここまで、ノーベル賞にもなったヒッグス粒子の発見の研究での研究者の活動を説明してきました。とても長くなりましたが、このようにとても多くの研究者の様々な活動によりノーベル賞の研究をはじめとした加速器実験は成り立っています。研究者の活動場所は、大学内の装置開発用の実験室から加速器のある大きな研究所、そして大学内の居室のPCの前と活動の内容により大きく変化します。
今回はヒッグス粒子の発見の場合ですが、物理学の別のテーマに注目する場合はどうなるのか、気になる方がいるかもしれません。別のテーマに注目する場合、同じデータを使える場合が多いので、AとBの活動をもう一度行う必要はありませんが、Cの活動、特にステップ3の部分が大きく変わります。

大学院生は何をしているか?

物理の研究者が実際にやっていることのイメージは掴めたでしょうか。では、このような活動の中で、大学院生は何を担っているでしょうか?
実は、このような様々な活動の多くの場面で大学院生が活躍しています。大学院生は、研究者(教授、准教授、助教)の方々とともに、これらの研究活動を共に行っています。ときには指導してもらい、ときには自ら提案し、割り当てられた部分の活動を進めています。
大学院生は確かに学生なのですが、日々研究者とともに研究を進めているんです!

私の話に戻すと、私は普段、加速器という粒子と粒子をぶつける装置で行った実験のデータを解析しています。今回紹介したATLAS実験ではありませんが、自分の所属している実験グループで、自分の興味のある物理に関連するデータ解析を行っています。そのため、普段大学内でPCで作業していて、年に1回程度海外に出張して解析状況に関する会議に参加し、議論しています。そのほか、研究成果の発表のために国内外に出張することも多々あります。

まとめ

今回は、素粒子系の加速器実験を行っている物理の大学院生の活動を紹介しました。私はデータ解析を主に担っているので大学内の居室のPCの前で多くの時間を過ごしています。物理の研究や大学院生の活動について気になる方は、ぜひぜひコメントをください。今後も大学院生について理解が深まるような記事を続けていきますので、どうぞよろしくお願いします。




最後までお読みいただきありがとうございます。私たち大学院生にとっては、多くの人に実情を知ってもらうことがなによりの支援になります。普段の会話やSNSで大学院生について話題にしていただけると大変ありがたいです。