大学院留学のススメ
はじめに
私はカリフォルニア大学バークレー校言語学科大学院に留学して修士号・博士号を取得した後に帰国し、以来大学で教鞭をとっている。単刀直入に言って私自身の留学経験談はほとんど今の学生の皆さんの参考にならないと思う。かなり前のことだし、皆さんの中で言語学を学ぶために留学を検討中の人はかなり少ないだろう。また、私は学部卒業後に就職し勤務先の社員留学制度で留学したが、今はそのような制度を継続している会社はあまりないようだ。
とはいえ、私が担当する科目の半分強は毎年英語科目ということもあり授業その他を通じて事あるごとに学生さんたちに留学を勧めている。留学準備の様々な段階で相談に乗ることもある。そして、学生さんが実際に留学に旅立ち、見違えるようになって帰ってくる姿を何度も目の当たりにしてきた。そんな経験から、「学部留学との違い」、「学部留学との共通点」、「大学院留学に向けて今すべきこと」の3点に絞って私見を書いてみる。
1. 学部留学との違い
学位の取得が目的
学部生の間に海外大学へ留学する場合には、たいていが交換留学など1年以内の短期留学で、帰国後に学部卒業の学位(学士号)を取得する。これに対して、大学院留学では、留学先で修士号または博士号という学位を取ることが目的となる。したがって、大学院留学は短くても1年、長ければ数年にわたる長期の留学となる。
専門性を高める目的
大学院留学は専門性を高めるための留学という色彩が強い。米国大学の学部で「様々な領域を学ぶ」ことが重視される傾向にあるのとはかなり異なる。なので、出願準備を始める前までに自分の学びたいことを明確にし、その分野の専門性を磨いておくことが重要だ。留学前から「研究者になる!」とか「大学教員を目指す!」などと将来のキャリアを限定する必要は全くないが、あらかじめ留学とライフプランとの関連を思い描いておくことを勧める。その上で、専門分野で卒論研究などでやってきたことを志望理由書でアピールできると理想的だ。推薦状も研究面であなたのことをよく見てくださっている方に具体性の高い内容のものを書いていただけると心強い。
2. 学部留学との共通点
「線」で勝負の受験
だが、大学院留学も学部留学も受験という意味では同じ。日本の受験は大学院も学部も基本的に「受けた瞬間の『点』で勝負が決ま」るのに対し、留学のための受験ではそれまでの人生を「『線』で評価され」る、という違いがある(「「ビリギャル」は日本だから生まれた 小林さやかさんが語る日米の受験システム【前編】 | 朝日新聞Thinkキャンパス」参照。3/22/2/2024 https://thinkcampus.jp/?p=8809)。その時点までに辿ってきた「線」で評価される留学の志望理由書では、自分だけのストーリーを語り、そこに独自性を端的に表すキャッチフレーズを入れることが大事。
自分だけのストーリー
ストーリーとは、これまで辿ってきた「線」に加え、その先の留学を経てあなた自身が描いていく未来の「線」も含む。自分は今ここでどんなことをしているのか、それは留学という目的とどう関係するのか、今やっていることと留学で得ることは未来にどうかかわるのか、を考えてみよう。いわゆる「ガクチカ」(学生時代に力を入れたこと)に思いを巡らすのは就活のためだけではない。あなたのこれまでの人生の「線」には学生時代の「線」も含まれるので、時に今現在の大学生活を振り返り「自分が力を入れているものは?」と自問してみると、きっとあなた自身のストーリーが見えてくる。
独自のキャッチフレーズ
志望理由書のキャッチフレーズとは、それを聞けば「ああ、あの〇〇さんね」と、審査員(大学院の教員)がすぐにあなたのことを思い出せるようなあなた自身を象徴するフレーズのこと。かなりの数の出願書類が殺到するので、審査員の印象に残るキャッチフレーズを考えよう。自分の「優秀さ」よりも自分の「ユニークさ」をアピールするキャッチフレーズが良い。
3. 大学院留学に向けて今すべきこと
専門分野の学びをできるだけ極める
初学の分野を学ぶ際には、外国語で学ぶより母語で学んだ方が習得が早いし理解が深まるというのは、言語学ではよく知られている事実である。留学前に母語(多くの皆さんにとっては日本語)で専門分野の基礎をしっかり固めておくと、留学後も比較的苦労しないはず。
多分野に触れる
専門分野の学びを深めるには、近隣・関連分野であるかを問わず多くの分野に触れることも役に立つ。Steve Jobsがスタンフォード大学卒業式のスピーチで言ったように、"connecting the dots"だ(「過去の経験が、その当時は思いもよらなかったことに活かせるようになる」)からだ。その際にも母語で学んだ方が頭に入りやすいので、興味を持った分野は留学前に日本語で齧っておこう。
多くの人と話そう
教員や研究室の先輩と話すだけでなく、国内・国際を問わず学会に行って人の発表を聞いたり話をしたり、自分から人に会いに行ったり、にも挑戦してみよう。
海外を知る
百聞は一見にしかず。海外の学生と触れ合ったり、機会があれば留学希望の国以外でもいいので海外に行ったりして、色々な人や文化、風習に触れよう。
おわりに
大学院生の間に世界のトップレベルの人たちを間近に見て、落ち込むことも多々あったけれど彼ら彼女らと切磋琢磨できたのは私の人生の宝物だ。大学院留学をしたからこそ世界中に知り合いができて、中には今でも共同プロジェクトを続けている仲間がいる。
最後に、留学は準備に時間と労力を費やせば費やすほど実りが多い。留学に少しでも興味があるなら、「今より早い時はない」ので、ぜひ今日から準備を始めてみてください。