女騎士と禁忌の村 15話
飛び込んできた女を刺し、凶器や武器を持ってきた男を射抜いた。
本来ならば騎士と宮廷魔術師による虐殺だが、今回は既に向こうから暴行されかけた上に逆上されたという前提があるため、ギリギリ正当防衛だった。なによりも。
ここで誰ひとり逃がす訳にはいかなかった。
最後のひとりを屠ったところで、やっとベティは剣を提げた。先程まで楽しげに笑い、騒いでいたというのに、無残な終わり方だと、死体が散らばったのを茫然と眺める。
一方テレンスはというと、村長邸を出て行こうとする。
「どこに行くんですか?」
「まだ残っているのがいますからね。さすがに今晩中に終わらせないといけませんから」
「まだ残っているって……流星祭りに参加していたのはここに残っている面子だけです。私も祭りを見ていましたから」
「あなたねえ……わかっていて見逃すんだったら質悪いですよ。子供、祭りに参加していなかった子供が残ってるじゃないですか」
あまりにも当たり前なことを言うのに、ベティは思わず目を見開く。当たり前の話だった。
どこでだって虐殺の際、子供ひとりだって残す訳にはいかないと。子供はいずれ大人になる。大人になれば、いずれ復讐の方法を覚えて、復讐にやってくる。ほとんどは復讐する暇もなくくたびれて人生を終えるが、稀に復讐を糧に生き残って虎視眈々と機会を窺っているのもいるのだから、セオリーとして残してはいけないのだ。
……なんて。わかってはいるものの、ベティはやりきれなかった。そもそもベティが参加したことのある戦争は、ここまで一方的な蹂躙なんてなかったし、ある程度は組織立っている者同士の諍いだった。ここまで感情任せに剣を振るったことなんて、彼女の人生の中にだってなかったのだから。
「そうですか」
「意外ですね。ここは『やめて、あの子たちはなにも関係ない』と言うので、僕がそれを諫める役割かと思っていたのですが」
「私も騎士です。王領にされた土地で、宮廷魔術師が監視を続けないといけない案件だったら、いち騎士がとやかく言えるものではないと想像が付きます」
「その本音は?」
テレンスに尋ねられ、ベティは少し黙り込む。
たまたま出会った、金髪碧眼の妖精のような少女を思い浮かべた……思えば、この村には本当に子供が少ない中、稀少な少女だったと思う。
「……できる限り痛みのないように終わらせてください。村長邸の方々には痛い想いをさせましたから」
「了解しました。そのあと、駐屯所で落ち合いましょう。夜中の内に王都にも連絡をしなくてはいけませんからね」
そう言ってテレンスは立ち去っていった。
彼が駐屯所に辿り着く前に、彼女も戻らないといけないが。最後にベティは積まれた遺体の中でデニスとクラリッサを見た。
死んでしまったせいだろうか。服を覚えていなかったら、他の遺体と顔つきも背格好も似ていて、区別が付かないのだ。
(ふたりは……結局なんだったんだ? このフィールディングの村だって……今晩、唐突に滅んでしまったが、結局なんだったんだ?)
せめてもの情けで、ふたりの目を閉じてから、折れた剣をどうにか鞘に納めた。
恋と呼ぶには激情が足りず、悲哀と呼ぶには被害が多過ぎた。この感情がまとめきれないまま、ベティは一旦駐屯所に戻っていったのだ。
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血塗れな上に服がボロボロになったベティが帰ってきたことで、当然ながら駐屯所に残っていた騎士たちはギョッとした。
「……村民に襲われた挙げ句、抵抗したら殴られたって……」
「……正当防衛だ、とは思う……」
実際にベティは頭を殴られ、たんこぶができたまま戦っていたのだ。髪でわからないだけで、触ると見事に腫れ上がっているのがわかる。それを呆れたように騎士たちは顔を見合わせ、「とりあえず服着替えろ」と勧めてくれたため、ボロボロになったシャツを着替え直し、ジャケットに袖を通すかどうか考えてから、やめて戻ってきた。
「いくらこの村に女がいないからって、やり過ぎだろ……しかも襲われて血塗れになっても抵抗するような女だぞ?」
「いやあ、僕もそう思うけどねえ。向こうはにっちもさっちもいかなかったんだよねえ。まあ、おかげでこちらもこの村を滅ぼす大義名分をようやく得られた訳だけれど」
そうやってきたのは、テレンスだった。
ベティと違ってテレンスは杖や手で魔法を使うものだから、これでは本当に人を殺したのかどうかはわからないが。ベティは彼は保身の嘘は付かないため、あの子たちまで殺されたのかと、そっとひとりで苦しんでおくことにする。
騎士たちはテレンスを見て、当然ながら変な顔をした。
「いったいどうしてこんな時間に……」
「いやあね、僕の身分詐称について話をしておかないといけなくって。あと君たちの王都への帰還についても」
「はあ?」
「どうもー、宮廷魔術師第一師団所属でーす」
その言葉に、騎士たちは仰け反った。
「……騎士団への追従許可が降りてるゴリッゴリの戦闘魔術師団じゃないか……そんなのがここで民間魔法使いのふりしてたのかい?」
「こちらもねえ、いろいろあって表に出せなくってね。でも今回は君たち全員に魔法使いの素養がないこと、この話をしても誰も再現ができないことが確認できたから、いろいろ開示できると思って出向いたまでさ。どのみち帰還の際の報告書も、情報規制がかかるからまともに伝えられないだろうし、こちらもこの村になにがあって呪われたのかっていうのを伝えないといけなくってねえ」
「……結局、フィールディングはなんだったんだ? ベティが襲われたこととか、基本的に村内は皆似たような顔をしているせいか、村人同士で結婚もしてなかったみたいだけど」
「まあ、まずはここがどうして貴族領から王領になったのかまでの話まで遡らないといけないんだけど。それでかまわないかい?」
それに全員顔を見合わせた。
そもそも、なにがどうまずいのかもわからないため、最初から説明されないと、なにもわからない。
「とりあえず最初から」
「了解、じゃあ長い話になるけれど。まずは、ここの元の所有者だった貴族だが、ここの家では子供が生まれなかった。あまりに生まれないものだから、とうとう正妻公認の愛人とも頑張ったけれど、子供ができなかった。要はここの貴族は種なしだったのさ」
明け透けな物言いだが、一応は理解できる。
稀に子供が生まれない体質があるらしく、ここの領主はそれに該当する人間だったと。
「でもそれなら、親戚間から養子を取ればよかっただけじゃ……」
「ところがねえ、親戚がどうにも強欲ばかりで、養子を取ったら最後家を乗っ取ってきそうなのしかいなくってねえ。困り果てた末、王都である研究が行われていることを知った」
「ある研究?」
「今だと禁忌にされて久しいけど、当時はまだ完全に禁忌とされてなかったんだよねえ……無から命を産み出す研究がされていたんだよ」
それに騎士たちは困ったように顔を見合わせた。
以前、魔法使いについて厳しく取り調べを行い、特に錬金術を専門にしている魔法使いの補導強化がされた頃があった。その頃は爆発事故が多かったがために、危ない魔法の研究をしているからだろうと思っていたが、その細かい内容までは彼らは聞いてはいなかった。
「あのう……無から命を生み出すって……? 飢饉のときに鶏がたくさんつくれたら便利なように思えますけど」
騎士のひとりはおずおずと尋ねた。それにはベティも内心たしかにと思うが。
それにはテレンスはあっさりと「無理」と首を振った。
「元々、無から命を生み出す研究っていうのは、錬金術における無から金を生み出す研究の一環として生まれた。理論自体は作成できたんだけど……命を生み出すのに、どうしても無からつくり出すってことはできなかった。膨大な魔力、命と同じ重さの材料、星の見取り図、月の満ち欠け……場所、時間、費用……ひとつの命を生み出すのに、もろもろの資産が軽く吹き飛んで、これは実用的じゃないってことで研究は頓挫したんだよ。それで終わってればよかったんだけどね。先程にも言った貴族の跡取り問題に繋がる」
「まさか……貴族がパトロンとなって、資産問題が解決したから、実験が継続できるようになったと?」
「そう。その貴族は場所と資産を提供し、跡取りを生み出すための全ての資材や時間、魔法使いの全ての生活を援助したために、研究ができるようになってしまった。魔法使いの……それも研究特化の人間の悪いところだけれど、その研究を完遂するところばかり考えて、その他の悪いことってことを一切考慮しない」
テレンスはどうにも口調が皮肉っぽい。
しかしベティでは、この内容のなにがそこまでまずいのかがわからない。
「あのう……もしかして、理論は既に完成していたものの、検証ができなかった技術。資産の問題以外で頓挫した理由があったんですか? 私たちでは……なにがそこまで問題なのかがわかりませんが」
「理論自体は完璧だった。新しい命を生み出すときの設計図としてはね。ただし、その新しく生み出す命には必ず参照元があった。それに合わせて生み出すことはできても、完璧なゼロからの命は生まれなかった。意味がわかるかい?」
一瞬意味がわからなかったが。
騎士のひとりが気付く。
「……この村の連中、体型の差はあっても、皆似た顔をしていたけど」
「似た顔じゃない。同じ顔だ」
テレンスはきっぱりと断言する。
「この理論ではね、完璧な模倣品をつくり出すことはできても、完璧なゼロな命は生まれないんだよ。その上、生まれた命は、血を上書きする……同じ人間しか生まれなくなる理論なんだよ」
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