石田空
「同じ人間って……」 その言葉に、ベティはひやりとしたものを覚える。 同じ顔。デニスとクラリッサは性別が違うだけで同じ顔立ちをしていた。 ただでさえ金髪碧眼は王族やそれに連なる貴族にしか存在しない色。それに加えて、日焼けに弱い真っ白な肌。 それに他の騎士が困惑の声を上げる。 「待ってくれ。同じ人間って同じ顔だからか?」 「違うよ。彼らのベースは錬金術師に依頼した貴族のもの。錬金術師は彼を元に子をつくることに成功し、貴族邸に渡した。それだけだったら、錬金術師がどれだ
飛び込んできた女を刺し、凶器や武器を持ってきた男を射抜いた。 本来ならば騎士と宮廷魔術師による虐殺だが、今回は既に向こうから暴行されかけた上に逆上されたという前提があるため、ギリギリ正当防衛だった。なによりも。 ここで誰ひとり逃がす訳にはいかなかった。 最後のひとりを屠ったところで、やっとベティは剣を提げた。先程まで楽しげに笑い、騒いでいたというのに、無残な終わり方だと、死体が散らばったのを茫然と眺める。 一方テレンスはというと、村長邸を出て行こうとする。 「どこ
ここから先は、テレンスの蹂躙だった。 そもそもフィールディングの森に住む気まぐれな魔法使いだと皆認識していたし、特に筋肉質には見えない彼だが、異様に戦い慣れていた。 村人たちが次から次へと襲いかかってくるのを、ローブの下に仕込んでいた杖を使っていなしていくのだ。 ベティはそれを唖然と見ていた。 「お前は! いつもいつもいつも! 邪魔をして! 村から出ることも、子を残すことも……!」 「勘違いするなよ、害獣が。お前らはここに住むことを条件に生かされているだけだ。それ以
駐屯所に戻り、一応軽食を取る。 同僚たちは食事を摂りつつ、外の様子を気にしていた。 「今日は本当に村の子たち可愛かったよなあ……」 「本当に。こういうところで遊びたかったけど」 女扱いされていないベティは、ここで下ネタを聞くのかと思いながら、げんなりとしつついもを食べていた。今はハチミツの匂いを嗅ぐ気分ではなく、ハーブと塩を利かせただけのものをひたすら食べていた。 その中で、「ああ……」と同僚のひとりが言う。 「祭りじゃなかったけど、女の子と遊んでたのが原因で、
ベティは気分を悪くしながら、ひとまず駐屯所へ戻ろうとする。二次会まではまだ時間があるし、間に合うだろう。 足が重くなっているのは、フィールディングの村にかかっている呪いの一端を見てしまったせいなのか。 双子やそっくりの親子だっている。だが。 この村には兄弟姉妹はいても、何故か親の世代がいない。子供はいるのに。 村人とあまり関わらず、見回りだけして見て見ぬふりをしてきた事象が一気に彼女を攻め立ててきて、ただただ気分が悪かった。 「やあベティ。君はまた出かけるんですか
流星祭りでは皆、和やかに山盛りのごちそうを食べている。 鶏の丸焼きにハーブとはちみつをかけて頬張り、野菜にはハニーマスタードをかけていただく。ソーセージといものハニーマスタードは皿を空っぽにするほど人気だった。デザートにいただくパンケーキにはそれこそたっぷりのはちみつをかけ、皆で嬉しそうに食べるのだ。 もしベティはまずくて臭くて後を引く味の飴を食べさせられていなかったら、すぐに並んで食べ、あとでテレンスに怒られようと居直っていただろう。 見回りをしていても、特になにも
フィールディングで行われるという流星祭りで、小さな村も一段と賑わっている。 とは言っても元々人数の少ない村なため、商人を呼んで屋台が並ぶ訳でもなく、皆で銘々テーブルにハチミツをふんだんに使った料理が盛り付けられ、ハチミツ酒がそこかしこに並ぶ。 そのいい匂いで、駐屯所にいる騎士たちも全員腹を空かせるが。 駐屯所には流星祭りの直前に、唐突にテレンスが訪れたのだ。 「やあやあ。いつも禁欲生活お疲れ様です。騎士様がた」 「テレンス……正直つらい。少し見回りに行っただけでいい
ベティとデニスの関係は、魔獣討伐のときから明らかに変わりはじめた。 ふたりでしゃべっていると村人たちから和やかな顔で見られる一方、駐屯所の同僚たちからは苦言を呈される。 「ベティ。人の気持ちはどうこうできるもんじゃないってわかってはいるけどさあ……」 「……すみません。私もわかってはいるんですが……」 「あーあーあーあーあー……任務第一だった女が、顔がよくって性格もいい男にちょっと優しくされただけでコロッといっちゃったかあ! そういうのは、チョロいって言うんだよ!」 「
馬が走るごとにブルーベルの花びらが散る。馬が散らしていく中、ベティは必死に魔獣を見据えていた。 馬は逃げ腰だ。血のにおいと魔獣の気配で萎縮し、ベティを何度も振り落とそうとするのだ。 「ここで逃げてどうする。ここで逃げて魔獣を野放しにしても、私もお前も食いちぎられるのがオチだ」 馬をどうにか蹴り上げ叱咤すると、血のにおいの方向へと走っていく。魔獣なんて村に入ったらひとたまりもない。村では蜂だけでなく、最低限の馬やロバだっているのだから。 やがて、鹿を食らっている魔獣
結局はテレンスになにも教えてもらうことはなく、そのまま駐屯所に送り届けられた。 「いいですね、なんとか言い訳して、祭りに参加しないようにしてくださいよ」 「……そう言われても」 「あなたは女性です。一方あちらは男性です。間違いが起こってはいけない」 そう言いながらテレンスは最後に、ベティの額に触れると、指でなにかを描きはじめた。 「……あの?」 「まじないです。呪いではありません。これでよし」 最後にテレンスはベティの額をトンッと突いた。少し痛いのにベティはムッ
本当だったらそのまま駐屯所に戻る予定だったベティだが、「まあまあ、お茶だけでも」と勧められるがまま、デニスとクラリッサの家に招待された。 ふたりの家はシンプルで、台所にも居間にも、とにかく物が置いてなかった。それでもカップは三客ほど取ってきて、それでお茶を淹れてくれた。 ふわりと漂うのはフィールディング特産のハチミツのもの。おそらくはハチミツを淹れたお茶なのだろう。 「まあ、先程は失礼しました。女性の騎士さんには初めて会ったんです」 お茶を淹れてくれたクラリッサは
デニスに紹介される形で、ベティは自警団へと出かけることになった。 「皆! 王都からやってきてくれた新任騎士のベティさんだ!」 「おお、今回の騎士は女性ですか。凜々しいですね」 「よろしくお願いします!」 皆が皆、笑顔で出迎えてくれる中、ベティは最初はにこやかにしていたものの、だんだん違和感を覚えてきた。 「あのう、デニスさん?」 「はい、なんでしょうか?」 「フィールディングの皆さんは、親戚かなにかなんですか?」 金髪碧眼は王族の遠縁でなければ滅多にいない。そん
駐屯所で歓迎会は質素に行われた。 全員一年間の赴任なため、引継ぎ内容はそこそこに、あとは食事とおつまみだ。 ここで出された料理は、不思議となにもかもが美味い。 出されたパンにはちみつをたっぷりと塗ったもの、チーズとハムにもはちみつを使うし、中には蜂の巣を丸ごと出され、それをベーコンと一緒にカリッと食べると、甘みと塩気でいくらでも食べられた。 「……おいしいです」 「そうそう。ここは養蜂で賄っているから」 「酒もはちみつ酒だし、結構いけるだろう?」 「はい……はちみつ
顔通しだけ終わったらさっさと駐屯所の寄宿舎に戻ろうと思っていたベティだが、テレンスに「まあお茶だけでも」と誘われて、渋々残ることにした。 (しかし隊長もテレンスさんには会いに行くよう言っていたが、彼は村人カウントしなくっていいんだろうか……) わざわざ村人と恋愛するなという通達を受けて、彼女はフィールディングに赴任してきている。テレンスはありなのかなしなのかを考える……そもそもベティも出会って一日目の人間にすぐ情が移るほど、恋に恋する気質でもないが、どうも腑に落ちない
御者に金を払い、ベティは荷物を持ってフィールディングに降り立った。 ふくよかな土のいい匂いがする。 彼女は地図を確認しながら、駐屯所へと向かった。 基本的に、重点的な拠点でない限り、騎士の駐屯所には交替要員で五人ほどいるだけのこじんまりとしたものになる。 「ベティ・ガードナー、本日付でフィールディング駐屯所に赴任致します。どうぞよろしくお願いします!」 「これはこれは。元気な方ですね」 フィールディングの駐屯所の指揮を務める騎士団長は、すっかりと髪が抜け落ちては
あらすじ 王都の近衛騎士団に所属しているベティは、王都から馬車で走ること三日はかかる村、フィールディングの駐屯所に赴任することとなった。 静かな村に穏やかな村民。食べられる食事は全て新鮮だが、たったひとつだけこの村で滞在が決まった際に上官から告げられていた。 「この村で一年間駐屯した後、全ての記録を破棄してから帰還すること」 不思議に思っていたところで、村はずれに住む魔法使いから、信じられない話を聞く。 「この村をつくった領主は処刑されたんですよ」 禁忌に染まり、王