朗読脚本06_狼少女は信じない
題:狼少女は信じない
村で良くないことが起きると、まず疑われるヤツがいる。
それは、村で一番立場の弱いヤツで。
村で一番孤立しているヤツで。
つまり、私のことだ。
畑が荒らされても。
柵が壊れても。
そして、村人の誰かが死んでも。
証拠とか根拠とか、そんなものは必要ない。
まずは私のことを、ルゥのことを疑う。
それが村の常識だった。
だから村の若きリーダーが死んだ、いや、誰がどう見ても殺された時。
私は真っ先に疑われた。
いや、疑われたなんてもんじゃない。
私を犯人だと、誰もが決めつけた。信じていた。
田舎の村にあるありったけの刃物や農具が、私に向けられた。
そして誰もが、罪を認めろと叫んだ。
一応弁解するけども、私はやってない。
村の奴らと関わる気もなかったのだから。
わざわざ殺すほどの感情も、村の奴らに対して持ち合わせていないのだ。
だけど、そんな私の言葉は村人達の耳には入らない。
こいつらは、私の話を聞くつもりなんて微塵もない。
それは誰の目にも明らかで、私にも「匂い」でそれは分かった。
だから、すぐに抵抗するのはやめた。
多分、このまま殺されちゃうな。
納得はいかないが、この状況はもう覆せそうにない。
縄で縛られ、ボロ小屋に押し込まれた。
明日の朝までに罪を認めないなら、小屋に火を点けると言われた。
どんな相手であろうと殺生は御法度なのに、随分なやり方だ。
だけど、本気だ。
本気だってことが、私には「匂い」で分かる。
だから抵抗するのもやめて、私はボロ小屋の隙間から、人生最後になるのだろう満月をぼんやり見上げることにした。
まだ明け方も遠い、夜の真ん中頃だったと思う。
そいつは、ずかずかと音を立てて、森の方から歩いてやって来た。
足音だけで分かる。
こんな時間に居るのは珍しいが、
「人間のガキが、何の用だ?」
私が声をかけると同時に、そいつは足を止めた。
平均的な人間の大人より大きい私の、胸の高さにも届かない背丈。
例えや皮肉でもなく、そいつは子供だった。
その子供は、私の様子を見て、状況を理解したことだろう。
しばらく小屋の前で、腕を組んで何やら唸りだした。
耳障りになってきたので、文句を言おうとした時、
やったのは君じゃないんだよね? と、問いかけてきた。
私は返事をしなかった。
しかし、そいつは続けた。
被害者は刃物によって殺されていたこと。
だからーーワーウルフではある、私の仕業ではないと。
ワーウルフがわざわざ、偽装のためでもなしに、自慢の爪や牙を使わずに殺すわけはないのだからと、つらつらと。
さながら舞台役者の台詞みたいに、しゃべり続けた。
私はそれを、黙って聞いていた。
そいつの口上は止まらない。
分からないのは、誰かがウソをついていることと、私が大人しく罪を被ろうとしている理由だと言ったところで、ようやくそいつは黙った。
最初は答える気にもならなかったが、もう明日には死んじまうしなと思い、口を開くことにした。
「誰が嘘をついているのかは、分かっている。全員だよ、全員。村の奴らは全員、私が殺してないってことに気付いている。誰が犯人かも、分かってる。そういう匂いがプンプンしてた。私が嫌いな匂いだ。私が大嫌いな、この世界の匂いだ」
今までだって、そうだった。
畑が荒らされても
柵が壊れていたのも。
やったのは私じゃない。
だけど私のせいにすれば、自分の失敗や罪から逃れられると思ったヤツらが、村の嫌われ者であるワーウルフの私に罪をなすりつけてきていた。
匂いで、誰がやったかも分かっている。
でも、嫌だった。
ウソをついているヤツの匂いを嗅ぐのも。
ウソがばれないか不安に苦しんでいる匂いを嗅ぐのも。
人間の、あの卑しい匂いが私は嫌いだった。
さっきの、私にありもしない罪をかぶせようと必死になっている匂いは、これまでのその匂いよりも強烈で、最悪だった。
人間とは違い、そういう匂いが分かるワーウルフに生まれたことを憎んだ。
いっそ人間に生まれていればと考えたこともある。
だけど。
ウソをついて身を守ることばかりの、人間に生まれたいとも思えない。
だから今晩の私は、死を覚悟した。
どいつもこいつも嘘つきだ。
だから私は、人間を信じないし、誰も信じない。
人間は臭い。
ウソの匂いがするから……。
だけど。
今、私の前にいるこの子供からは。
ウソの匂いがしなかった。
そのことに気付くまでに、私は随分な時間を要した。
そいつは、犯人捜しを手伝ってほしい。むしろ犯人を知っているなら教えて欲しいと言って来た。
その言葉も、ウソではなかった。
そして、万に一つも、私が保身のためにウソをついているとか考えていない。
私を、疑っていない。怖がってもいない。
匂いで、それが分かってしまった。
あの匂いが嫌いすぎて、死を覚悟なんかしたせいで、鼻がおかしくなったのかな。
そんな風に無理矢理自分を納得させてから。
私は、自慢の爪でロープを切り裂き。
自慢の牙で小屋の錠を壊して外に出た。
そして、そのウソの匂いがしない子供とようやく対面した。
今でも、そいつからはウソの匂いがしない。
私の能力を手助けに、村人の中にいた殺人犯を捕まえた時も。
それからいくつもの、人間と怪物の間に起きた事件を解決した時も。
この人間の子供はーーいや、私の主人はウソを決してつかない。
主人以外の人間からは、ウソの匂いを嗅ぎ分けることができるから、私の鼻はおかしくなっていない。
だけど……やっぱりまだ、信じ切ることができない。
ウソをつかない人間なんて居るのだろうか。
忠誠を近い、主人と呼ぶことにしたのも、こいつが本当にウソをつかないのかを確かめるためだ。
私だって、ウソをついている。
それでも私の主人は、やっぱり私の忠誠を疑わないと言うし、疑っていない匂いがする。
それなのに、私は。
まだ、主人のことを信じることができずにいる。
きっと今の私からは。
あの、嫌なウソの匂いがするのだろう。
終わり