朗読脚本04_私たちのギブアンドテイク
題:私たちのギブアンドテイク
いつものお願いします。
ウチに来て開口一番、マユはそう言って頭を下げた。
両肩にそれぞれ二つずつかけていたバッグも一緒に下に落ちるが、慌てて頭を上げる様子はない。
私の返事を、待っているのだ。
「そのつもりなきゃ、家に上げてないし。荷物は全部、奥の部屋に置いて」
その言葉を待っていたとばかりに、マユは勢いよく顔を上げた。
満面の笑みと、お決まりの「やっぱり、困った時にはシノブちゃんだね」の台詞。
いそいそと奥の部屋に、自分の荷物を運ぶ。
一分としないでリビングに戻ってきた彼女の手に、コンビニの袋だけがあった。
中身を聞くまでも確かめるまでもない。
私がグラスを用意する。そこに、買ってきたお酒を注ぎ終わるのを待たず、マユは話し始めた。
最近、同棲していた彼氏と揉めたこと。
二ヶ月前から、実質同棲関係は解消されていたが、荷物だけはしばらく置かせてもらって、少しずつ実家に持ち帰っていたらしい。
合鍵を持っているし、相手の生活リズムも知っているから、顔を合わせないタイミングをいつも見計らっていたのだが、今日は運悪く鉢合わせてしまった。
だが、口を利く必要も無いしと、今日も持てるだけの荷物をまとめていると、元彼氏が声を掛けてきたそうだ。
そして急に、「今までと、これからも荷物を預かっている期間の家賃を払って欲しい」と告げられた。
そんな話も約束もしていなかった金を要求してきた元彼氏と、最後の大喧嘩を繰り広げ、残っていたすべての荷物をまとめーー何故かそのまま、マユは私の家に来た。
荷物を置いてから来てくれても良かったのでは、と思わなくもないが、それだけ彼女にとっては火急の用だったということだ。
ちなみに、今、彼女の身に起きたことを説明したが、実際に彼女がそのように説明してくれたわけではない。
彼女は、順序も視点もバラバラに話す。思い出した事から口にし、思いついたことを急に補足する。
まぁつまり、話が下手なのだ。
私はマユの話を聞きながら、ルーズリーフの上でペンを走らせる。
彼女の話を聞き取り、その内容を整理する・・・・・・学生時代から、マユとのこのやりとりが続いている。
メモを元に話の内容の要点をまとめ、彼女に見せる。
マユは、完璧ですと言って拍手を送ってくれたが、別にそこまで嬉しくはない。
どうせお金渡しても、ソシャゲのガチャか、ガチャ代に回して足りなくなった食費にしかならないよ-。
最後にマユはそう吐き捨てて、そこでようやく怒りは収まったようだ。
深々と、大きなため息をつき、その場で横になった。
こんなマユとの関係がどうして始まったのか、正直もう思い出せない。
どこかの酒の席で、今みたいにマユが披露した失恋話が下手すぎて、私が頑張ってその要点をまとめたことがあった・・・・・・からだった気がする。
以来、恋多きマユは、失恋のたびに私の所へと転がり込んでくる。
色恋どころか友人関係さえ希薄な私からすれば、マユの話は新鮮で、血が通っていて面白い。
真面目に話は聞くし、客観的に助言したりもするが、こちらとしては娯楽くらいの気持ちなのだ。
毎度のことだが、どうしていつも良さの分からない男とばかり付き合うのだろう。
外野としては毎回面白いからいいのだが、正直マユの恋の原動力がまるで理解できない。
横になってからマユが何もしゃべらない。
寝たかもと思いながら、「なんでそんな恋ばっかりするの?」と尋ねてみた。
マユから返事はない。
寝たかもしれない・・・・・・そう思った時、
マユが突然身体を起こした。
一休さんみたいに、自分のこめかみをぐりぐりし始める。凄い。それを実際にやってる人、初めて見た。
そして、目を見開く。
凄い。本当に効果あったんだ、あれ。今後やってみよう。
しばらくするとマユは「シノブちゃんのためだ」と、宙を見つめながらつぶやいた。
・・・・・・さて、これはどういう意味だろうか。
身体を起こしたマユは、また酒を飲み始め、いつもの要領を得ない説明を始めた。
実はいつも感心していることだが、他人のために整理した気持ちを伝えるより、マユのやり方は正直でいい。濾過されていない、天然の想いだから。飲み込むのは大変だけど、本物って感じがする。
そして今回、マユの気持ちを整理してみると・・・・・・要するに、「私と話をするためのネタ作り」で色んな恋をしていたのかもしれない、ということだ。
色恋も人間関係も希薄な、周りからいわゆるドライとかクールとか言われている私だが、マユの話を聞いている時は必死だし、最後には笑ってくれる。
だからマユは、毎回面白い男をわざわざ見つけているのかもしれない、という自分の本心に気付いたようだ。
それには私もさすがに驚いた。
「別にそんなことしなくても、普通に飲みに行こうよとか誘ってよ」と言ったものの、「前にそう連絡したら既読スルーだったもん」と言われ、非常に申し訳ない気持ちになった。
私は、自分の連絡無精を自覚している。
そういえば、前にマユから誘いの連絡が来て、明日には返事しようと思ってそのまま・・・・・・にしていることをすぐに思い出す。
だから、面白い話とかシチュエーションじゃないと、シノブちゃん、話聞いてくれないって思って。
マユは、無意識に「ネタになる恋」を求めていた。
そう言われると、最近の恋愛もとい失恋話は「地下アイドル追っかけ編」や「ホストの卵編」はまだ序の口。「自称異次元人編」「現代のシャーマン編」など、実に個性的だった。今回の話も・・・・・・名付けるなら「廃課金ゲーマー編」も、現代風刺も入ったなかなかのエピソードだった。
だがしかし、わざわざ、私のためにやっていたと思うと、流石に申し訳ない気持ちになる。
さすがに、なんて言えばいいのか分からなくなる。
するとマユは私のことを正面から、酒も入ってギラギラした瞳で真っ直ぐ見据えた。
今回の話も、面白い漫画にしてください
そう言うとマユは、糸の切れた操り人形のように脱力し、テーブルに頭を打ち付けて・・・・・・そのまま寝息を立て始めた。
私の唯一の趣味は創作、漫画を書くことだ。
別にプロとか商業を目指すわけではなく、好きだから続けている完全なる趣味。
初めて会ったときに、その話をマユにはしている。
私はマユの相談に乗る。
その代わり、私はマユから聞いた話を、許可を得てから漫画にしているのだ。
マユの話は面白い。
血が通っている。想像だけでは、こんな人間を私には描けなかった。
無駄ばかりで、一生懸命で、それなのに優しい。
友人関係が希薄なのは事実だが、こんなに濃いのが一人いれば充分だろうさ。
私は、寝始めたマユにブランケットをかけてやるとーー彼女の遺言に従い、早速作業に取りかかることにした。
終わり