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走る川

校内合唱コンクールで中3の時に、

「走る川」という歌を歌った。


合唱曲が好きで、

高校にもし合唱部があったら、

吹奏楽はやめていたかもしれない。


合唱コンクールで歌った曲は、今でも歌える。

というか、一度覚えた日本語の歌は、

その曲を好きで歌ったなら、

大体歌える。

(残念ながら、英語の曲はサラーっと頭からこぼれていく。)


学校の隣にはふるさとの川が流れていたけれど、

坂東太郎と呼ばれる大河、利根川を

江戸時代に流路を付け替えた際に、

水源があるんだかないんだか微妙なところになり、

おまけに関東平野のど真ん中を江戸っ子風に言うとまっつぐ南下するだけなので

上流から下流まで全然風景が変わらず、

流れてはいるものの、

全然走ってない川だった。


走る川というやつを

リアルにほぼ見たことない私は、

一生懸命想像した。

埼玉県民ならわかる「清酒 力士」のCMも爽やかな滝の流れと共に脳内に繰り出した。

(飲んだことないけど知名度はダントツ高い埼玉のお酒。TV埼玉のローカルCMで十万石まんじゅうと並ぶくらい有名)


走らない川の隣に住んでいたけど、

川の風景が好きだったので、

川の歌を歌えるのが嬉しかった。


海の歌は童謡からJ POPまで沢山あっても、

川の歌といわれて思い出すのは、

美空ひばりの「川の流れのように」とか

ちょっと歌謡曲チックなものではないかしら。

それも悪くないんだけど、

自分で歌うならやっぱり、合唱曲が好き。


今日は本物の、「走る川」に来た。

ダムの上流なので、

水が、本当に綺麗。

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かなりの早瀬なので、

泳いであそぶことは出来ない。

それでも、

水に触れて、楽しい石を探すだけで、気持ちいい。

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(アスファルトか礫岩(れきがん)かわかんない)

上の子は

やっぱり川が好きだという。

こんなに山奥でも、早瀬でも、清流でもなかったけど、

上の子も

生まれてから幼稚園を終わるまでずっと、

まちなかの川のそばで暮らした。

川沿いの道を通って、私と上の子は日々を暮らした。

東京の50万人都市だったけれども、

小さな子が遊べるような水質の川で、

歩きはじめた頃からゆるやかな浅瀬で水にも入っていた。

三つ子の魂百までというが、

上の子は、川の子なのだ。


そして上の子なりに、

川の良さを、このところ再確認している。

高知の日常で海を知ったから、というのもある。


私は、幼い頃から海への憧れが強すぎて、

海も川もどちらも同じくらい好きだ。


そして、今、

海で海の歌も、川で川の歌も歌える自分が

嬉しかったりする。



さみしいくらい、美しい場所なのに、

誰もいない。

水音で、少し離れると、

家族への呼び声も容易に聞こえない。


なので、一人で大きな声で歌った。

合唱コンクールのときのように。

あのとき一緒に歌ったクラスメイトたちは、

今、どうしてるんだろう。

この歌を覚えているんだろうか。

それぞれが、無事であって欲しいと思う。

そして幸せでいて欲しいと

願った。

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走る川

岩をかみ しぶきをあげ
魚を押し 風をさき
ふり返らず 水は 走る
もどれない命を
もどれない命を
いっしんに 走る 走る

こんなにも 急いで
こんなにも 急いで
水は一途に 下ってゆく
滝を落下し 落下し 落下し
すべり 削り すべり 削り
渦巻く 渦巻く 早瀬となる

月のない夜も 凍れる冬も
あらゆる阻みに 出会っても
出会っても 出会っても
不屈の 不屈の決意で 水は
走り 走りつづける
もどれない命を もどれない命を
不屈の不屈の不屈の決意で
走り 走りつづける

やがて 大地は広がる
光はふりそそぐ
花の色に香りに
染まって ゆったりと
あたたまってゆく
旅の終わりの予感を 予感を
たずさえて

金沢智恵子 作詞 / 黒澤吉徳 作曲





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