センター試験でスベって幸運を得た話
今日は大学入試共通テストだそうで、
晴れた高知市内の風景を見て、
少なくとも高知県中山間部以外の受験生は、
天候や足元には恵まれてるんだなとしみじみした。
旧センター試験の日程には
関東では
インボーのようにピンポイントで雪マークがつくことが
よくあった。
20年近く前の私が受験生だった年も、
見事に降った。
どうして雪も降る、インフルも流行る
こんな時期に人生左右する試験を
全国一斉にやるんだよ、
陰謀としか思えない。と、
その頃からずっと思っていた。
私は
高校時代は、
盆と正月しか休みのない吹奏楽部に入っていて、
幸運なことに
関東支部大会まで行けたので
引退は3年の9月の終わりだった。
国立大学志望だったので、
もちろん、
受験生として部活をしながら
ずっと勉強してはいたけど、
そんなに器用ではなく、
1番苦手な数学と英語のほかは、
引退後に火がついたようにやっつけていった。
そう、
数学が苦手なのは、
小学校で算数が苦手なのからずうっとかわらない。
だから、数学の試験なんて本当は受けたくなかった。
でも志望学部や学科がド文系でも、
なぜか数学の試験があるのが国立大学。
仕方なく、ずうっと勉強していた。
もちろん部活の引退前から。
1番時間を割いて勉強していた。
模試でも1番足を引っ張っていたのが数学。
数学に本気で取り組んで、
最後の模試では6割の点数が取れるようになり、
志望校がやっと合格圏に入ってきた。
そして迎えたセンター試験。
数学の試験開始で、
私はすぐにわかった。
表裏めくって、
わかる問題が、ほとんどないことを。
あんなに勉強したのに、
どう多めに見積もっても3問しかまともな答えがでてこない。
それも合ってるかわからない。
合ってたとしても15点。
一夜漬けのテスト勉強でもとったことのない、
人生で最低のテストの点数だ。よりによって。
帰りはチラチラと雪が降った。
寒かった。
もう薄暗い中を、
センター試験を受けるためにだけやってきた
初めての見知らぬ道を友達と帰った。
「明日は雪積もらないといいね。
縁起わるいからすべりたくないね。
明日もがんばろうね」なんて言って帰ったか。
友達がいてくれて、良かった。
帰ってから、一人で家のトイレで泣いた。
志望校はあきらめた。
そして
志望校を急遽違う学校に変更して
二次試験に臨んだ。
科目は、数学の次に苦手な英語。
赤本(大学個別の過去問題集)の手応えは、
運が良ければいいね、って感じだった。
しかし今度は、なんと、
テスト直前までみていた
参考書の例題がそのままでてきた。
受かるのがわかった。
私の努力の範疇ではない。
もう、
運だ。
努力の成果というか、
運が強いという、逆にいえばなんとも非科学的で再現性のないもののおかげで、
生きてこれたのが、私のような気がする。
なんかよくわかんない強運が、
私を
新しい道に文字通り運んだ。
そうしたら、
心優しい友達と、
その9年後に
生きることを共にしようと誓い合う夫が
15点の先の新しい場所で待ち構えていた。
その夫との間に産まれた子どもたちが
いまに連なる
沢山の愉快で有難い縁を
つないでくれた。
本気で勉強した
テストの点が思うようにいかなかったり、
そんなことはその後の
人生で起こる様々な困難に比すれば
本当にちっぽけで、笑ってしまうが、
幸運とは
最初の顔だけでは、
わからないものなのだよ、と、
少なくとも
まだ世界のことを知り始めたばかりの
自分の子どもたちの失敗を
励ますネタくらいには
使えると思っている。
身を切る別れや悲しみを経ても尚、
その全てが運んでくれた愛に囲まれている
いまが一番私は幸せだと言い切れるから。
15点を取った算数の出来ない自分へ、
感謝を思い出す日に
なったんだよ。
この記事を読んでくれたあなたにも、
強運のおすそ分けができますように。
なんちゃって。
でも、心からの幸運を祈っています。
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