勝ち負け思考
白黒思考とも言いますが、
この勝ち負け思考を持ってる人は世の中たくさんいます。
どんな時も『俺の勝ち』です。
なんならその勝ちのために、相手をこき下ろしたり、相手を下に見たり、
相手の尊厳を傷つけたりもしてしまうほどの
怖さを持ってます。
私の元旦那さんが昔、相手は私じゃありませんが、
『謝ったら負けな気がする』という言葉を使ったことがあるんですよね。
その時の私は全く気にもせずに
ふーんぐらいにしか思わなかったんですけど、
『しっかりと謝罪ができない』というのは
する方もされる方も後味悪く、良くないかなぁと私は思います。
そのような人は謝ったら負けな気がするけど
自分が負けそうな時は謝れますしね。
自分が負けそうになったら
その場から逃げるか、
自分の立場のために軽い謝罪をするか。。
ですかね。。
これは生まれ持ったものというより
やはり育ちで、
自分が傷つかないために、
防衛反応として行なっているのではないかなぁと私は考えてます。
自己愛としてはかなり歪んでますが、
自分を認める力が弱いから
他者を負けとすることで、自分を保つ心理なのかなぁ。。
まぁ。。健康な心理とは言えない状態です。
しかし、最近、私を驚かせたのは
その勝ち負けの思考。
大人だけのものじゃなくて
子どもも持っていることです。
むしろ。。その思考を持ったまま大人になっているという感覚のがあっているのかな。。
自分が勝ちの位置まで行くために、
自分を認めて、自分に一種の自信とか自己肯定感のような感覚になるためなのか。。(偽物ですけど。。)
人を落としたり
人を傷つけたり
人を利用しないと保てない人が、
子どもの頃にはそのような人間だということなんですよね。。
自分が傷つかないために。。
自分が認められるために。。
なんとも心が痛くなるような光景でした。
この勝ち負け、極端な白黒を持ってる人は
自己評価が恐ろしく低いので
他者に自分を認めてもらえるような努力というか。。動きをします。
『認めてもらいたい』→誰に?です。
考えて欲しいのは、
勝ち負けに気がつく。
白黒に気がつく。
自分の中の生きづらさに気がつく。。
ここまで来たら。。
『認めてもらいたい』→誰に?です。
ここ突き詰めていくと、
ほとんどの人が自分の幼少期の満たされない気持ちに気がつくのでは??と思います。
その満たされない子どもの頃の気持ちを
他人に投影して
他人に親のように全てを受け止めてもらうことを望んでいて、
他人に自分の全てを認めてもらおうとしていることに気がつくかもしれません。。
認めてもらいたかったのに叶わなかった
幼少期の傷が、自分が傷つくかもしれないと揺さぶられた時に、
他者への攻撃として上下関係の上に立つことで
自分の傷を揺さぶられないように守っているんだと思います。。
でも本来は。。
育ちで繰り返し行ってきた防衛機能ですが
大人になったらその防衛はいらなかったりします。
しっかりと言葉で伝えて
行動で示すことができますし
なにより対等であることで話し合うことができるから。。。
勝つこと以上に大切なものを落とさないで済むと思いますよ。。
勝とうとするから相手の意見が聞けないし
勝とうとするから思い通りにならない相手に毒を吐いて切り捨てたりするんですよね。。
勝ちも負けもない
対等な人間関係を築くこと。
相手の言葉に耳を傾けて
自分の気持ちを伝える行動をすることで
見える世界はずいぶん変わってくるんじゃないかなぁ。。って思います。
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