グアテマラで想定外の山歩きをした話
「もうこの先には行かないよ」
バスの運転手から発せられた言葉に、ただ呆然と立ち尽くすしかなかった。
◇ ◇ ◇
グアテマラと聞くと何を想像するだろうか。私のグアテマラのイメージは、『治安が悪そう』『スペイン語格安留学』『火山が多い』『グアテマラコーヒー』『ティカル遺跡』だった。
これらのイメージと、かけ離れた街が、サンペドロ・ラ・ラグーナだった。中米一美しいと言われているアティトラン湖の湖畔にある街のひとつだ。
このサンペドロ・ラ・ラグーナへ行く途中、ありえないことが起こった。
◇ ◇ ◇
サンペドロ・ラ・ラグーナはどこからもアクセスが悪いことで有名だった。
私はグアテマラ北部の街、ケツァルテナンゴ(シェラ)から南下することを選んだが、交通アクセスの情報が少ない。ゲストハウスで出会った旅人からも、正確な情報を得ることができなかった。
とりあえず週に何回かシェラから直通バスが出ていると聞いたので、目的地が同じだった友人とバスターミナルへ行ってみた。
グアテマラのローカルバスは『チキンバス』と呼ばれている。北米の古いスクールバスが、煌びやかにペイントされて、今もなお現役で使われている。
色とりどりのスクールバスが並んでいる。色んな人に聞いて、サンペドロ・ラ・ラグーナ行きを探す。それはまるでRPGの世界のよう。
話によると、今日の10時のバスは直通のようだ。直通だと3時間くらい。何回も「直通だよね?」と質問して、返事は「Si(そうだ)」。安心してバスに乗った。このバスに乗っていたら、目的地まで到達するものだと思っていた。
行き先は一安心、でもローカルバスは気が抜けない。いつ強盗が侵入してくるか分からないので、席は真ん中。ダミー財布をメインの鞄に入れ、お金は分散させる。地元の人が使うこのバスは、街から郊外へ、人の出入りが多くある。
グアテマラは山道が多く、かなりクネクネしている。さらに、スクールバスは振動がダイレクトに伝わる。横揺れと縦揺れが交わり、まるで絶叫アトラクションに乗っているみたいだ。
2時間くらいバスに揺られると、いよいよ人が少なくなってきた。地元の人がこぞって降りると、バスには日本人女子が2人だけ。それまで直通だと信じていた私達は、ここで何か様子がおかしいことに気づく。
この先、明らかにバスが通れる道がない。来た道を少し戻ってから目的地へ行くのかな。そう信じ座ったままの私達に、バスの運転手はこう言った。
「ここで終わりだよ」と。
「いや、待ってくれ。あなたはサンペドロ・ラ・ラグーナまで行くと言ったじゃないか。」と抗議する。
いつの間にか、運転手の隣りには知らないおじさんがいる。
「この先はバスではなく、この人に着いて行くように。」そう運転手は言う。
なんだ、このおじさん。何者なんだ。
怪しい。でも見た感じ、悪い人特有のギラギラしたものがない。この地に全荷物を放り投げられ、取り残される方が恐ろしい。民家が3軒ほどあるが、もちろん宿などない。日が明るいうちに、なんとか着きたい。
バスが出る。いよいよ取り残された。このおじさんしか頼れる人はいない。友人と顔を見合わせる。2人というのが幸いだった。どれくらいお金を請求されるのか、頭で相場を計算しながら、おじさんの様子を伺う。
「行こうか。」おじさんは山道を歩きだした。
「歩くの?」信じられない。目的地まで、まだ5km以上ある。普段の登山なら何てことないが、今はバックパックが2つ、25kg以上の荷物がある。追加でお金を払うから、車か何か乗り物に乗せて欲しい。
おじさんがチラッと後ろを振り返り、歩くように促す。質問したいことは山ほどあるが、拙いスペイン語力がそれを許さない。でもこのおじさんを見失ったら、本当に路頭に迷う。不本意だかついて行くしかない。
全荷物を持った山歩きがスタートした。
おじさんは余計な言葉を発しない、黙々と前を歩く。途中後ろを見て、私達がついてきているかチェックする。前と後ろにバックパックを背負い、おぼつかない足で歩く女子2人。見かねたおじさんが「ひとつ持つよ」と言う。初めこそ断ったものの、あまりにも重すぎて長時間歩けない。お言葉に甘えてひとつ持ってもらう。
この道は山の中にあるが、登山のトレイルではなく、人々が日常で使っている道だ。インフラが整っていないグアテマラの田舎。車を持っていない人にとって、山を歩くことは、生活のための大切な移動手段だ。
江戸時代ってこんな感じだったのかな。ふと思う。
山歩きといっても、下り坂なのが幸いだった。そして私も友人もアウトドア女子で、山歩きを楽しめる性格だったことも良かった。(前日は3700mの山に登っていた。)
視界が開けてくる。目の前には、中米一美しいアティトラン湖が広がっていた。人々がここで湖を見ながら休憩するのだろう。しっかりした展望台がある。
綺麗だな。この景色だけで頑張れる気がする。
歩くこと1時間半、湖畔まで降りた私達は、近くに置いてあったおじさんの車に乗り、目的地のサンペドロ・ラ・ラグーナに到着することができた。
おじさんは寡黙だが良い人で、チップも要求してこなかった。
多くの旅人に勧められたサンペドロ・ラ・ラグーナ。着いた瞬間好きになった。穏やかでゆったりとした時間が流れていて、ここがグアテマラということを忘れてしまう。
ただ、丸1日かかった移動は疲れた。災難だった。でもおじさんは良い人だったし、なんといっても湖が綺麗だった。
あの山道を歩いたからこそ、上からアティトラン湖を眺めることができた。そう思ったら少しだけ、想定外なトラブルを好きになれた気がした。
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