トリプル洗顔

小説です。がんばります。

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最近の記事

【2026字】このまま二人でどこかへ消えてしまおうかな

「このまま二人でどこかへ消えてしまおうかな」 俠が言った。 すこしだけ開けた窓から、蒸したアスファルトのにおいが夜風に乗って入って来た。 雨が降る、雨が降ると言って、ひとつも降らないで空気はしっとり黙っている。 「え。なんて?」 「こんな歌なかった?」 「歌?」 「このまま二人で、どこかへ、消えてしまおうかな」 「そんな歌あった?」 わたしは足の爪を切っていた。 三角すわりで、足の指にむかって身体をぐんと折り曲げると、脇の汗のにおいが甘酸っぱく香るのが気になって、爪

    • 【1993字】夢を未完で捨てられた

       私がとても暗い気持ちでとても暗い小説を書いていたとき、俠もまた、彼の暗いくらい宇宙の真っただ中に居た。 私はじつに七年間、俠のそばを離れたり離れなかったりしながら、その、どうしようもない方にばかり広がる宇宙の存在を感じ取ってはいたものの、どうにかしようとしなかった。どうにかすることができない問題だったし、どうにかしてあげたいとも思わなかった。 じっさい私が、取り急ぎどうにかしなければならなかったのは、自分のどうしようもない小説のほうだったからである。 去年の暮れに俠は

      • 【5625文字】音楽

         歌詞は、情緒の描写があまり入っていないのが好きだ。 なるべく美しい情景描写か、もしくは砂と汗の香るような現実的な描写どちらでもいいが、それらを基盤とした構成で、 ときどき、不意をついたように、的を得た心情描写が入っている、そういうものがいい。 辛い暗い、好きだ嫌いだがしつこく入っているものは野蛮だと思う。芸がないというか、粋じゃないというか。  メロディは、歌詞がちゃんと聞こえるように、なるべくオーソドックスなものでなくてはならない。 あまり奇をてらいすぎるのはい

        • 【2309文字】赤信号より、拝啓

          ママへ ブレーキして、ブレーキして!と言う声が、なんていうか、切羽詰まったことを繰り返しすぎて、もう切羽詰まることにも疲れたみたいな、怠惰な緊急の、母親の声だったので、今日はママに手紙を書こうと思った。 これは横断歩道を、ちゃんと赤で停まって待ってたときに盗み聞きした他人の会話。 「ブレーキして。もう危ないから」 まず母親が言った。よろよろ減速する自転車が居て、それがわたしの隣で弱々しくブレーキをかけて停まった。 「ブレーキ固すぎんねん。無理やろこんなん」 子ども

        【2026字】このまま二人でどこかへ消えてしまおうかな