【第16話】眠り姫
私は、とにかくよく眠る。学生時代は1日合計で12時間くらい寝ていたように思う。
なぜそんなに眠るのか?残念ながら、王子様を待っていたのではない。1日中誰かに怒っているか、ケンカしているかでうるさく、逃げ場が本当に「夢の中」にしかなかったのだ。
彼らのケンカに加担したり、巻き込まれたりするのは嫌だ。誰かがイライラして怒っている様子など、私は何も聞きたくない、見たくない、考えたくない。現実を自分の中から締め出すために、眠る。それでも、誰かがケガをしてしまうような大喧嘩にならないように、耳だけはいつも”スイッチが入ったまま”だったのだが。
毎日8時間以上寝ても、眠い。昼寝をしても、特別疲れているわけでもなく、眠い。学校でも居眠りして、家に帰ってすぐに昼寝。ご飯を食べてからお風呂までの間に再度横になっても、やっぱり眠い。夜も普通に眠る。家族にも、友達にも「起きている時間の方が短い」と言われることがしばしば。
家では、起きていると父に用事を頼まれる。
「タバコ買うてこい。」
「アレ、取ってこい。」
「お母さんに、〇〇しとけって言うとけ。」
自分でできるよね?嫌がるのが目に見えている私に頼むよりも、自分でした方が早くない?…家の中なのに心休まるどころか、常に中学の先輩に使いっ走りにされている気分なのだ。
断ると機嫌が悪くなるうえに、いつまでも解放してもらえずに「お前は、親の頼み事も聞かれへんのか」と言われる始末。頼み事というか、それ”命令”やん!慢性的にそんな不満を抱きつつも、父の場合は、お怒りを買うより”命令”を聞く方が楽なのだ。いつも黙って、しぶしぶ使いっ走りにされていた。
顔を合わせれば何か命令されるため、学校から帰ってきたら家の中で出くわさないことを願いながら、自室に直行して、寝る。機嫌のいい日はそのまま静かに眠らせてくれるが…もちろん、彼の優しさは本当に気まぐれなのだ。
「おーい!飯やから、起きてこい!」
(放っておいて…)
「いつまで寝とんねん!起きろ!」
(あんたが静かになれば、起きるってわからんのかな…)
「風呂入れー!」
(でたー、風呂星人…)
このように、事あるごとに何かしら呼びつけられる始末。
なぜ私なのだ…と疑問を胸に、私は寝たフリを続ける。しかしそれを続けていると、父の使いっ走り2号と3号の弟か妹が呼びにくる。そうなれば、残念ながら起きるしかない。私が起きないと、彼らが父からとばっちりを受けることになるからだ。
自室で眠るのはまだ良いとして、リビングの床やソファーなど、彼の目に付きやすいところでウトウトしていたら、使いっ走りに加えて”悪ふざけ”を食らうことにもなる。父に頭を小突かれたり、背中を踏まれて起こされたり。本人は冗談のつもりでしてくるのだが、無防備な寝ぼけ頭のこちらからすれば、本当に迷惑極まりない。危なくもある。が、ここでも彼の機嫌をこじらせると良いことはない。私はそのまま父を無視して、再び眠る。
あの時の私は、とにかく寝たかったのだ。寝てる間は嫌なことを見ない、聞かない、考えない。怒りと恨みで溢れた家の状況に向き合わなくてよかったから。私はいつも意識を強制的にシャットダウンして、嫌なことは全て「これは夢や」と思おうと努力していた。そう思いたかった。
眠り姫を、優しいキスで夢の世界から連れ出してくれる王子様を待っていたはずが、いつも私を現実に引き戻すのは憤怒の魔王だった。魔王は、眠り姫をゆっくり眠らせてくれないどころか、まるで床の邪魔なものを足でどける起こし方をする。せめて眠っているときくらいソッとしておいてくれよ…何度こう思ったことか。
現在バッタモン家族を抜け出した私だが、今も口を開けば「眠い」と言ってしまう。睡眠記録をつけだしてわかったのだが、私はどうやら熟睡している時間が短いようだ。全体で7時間眠っていても、熟睡時間は毎日1時間あるか、ないか。今思えば、以前は少しの物音でも目が覚めていた。自分の身を守るためだ。バッタモン家族の中ではいつも安心できず、無意識に体が緊張を切らさないようにしていて、それが抜けきっていないのかもしれない。
ただ気持ちの方は、今は安心して眠れている。人よりよく寝ることで、心の状態や体調を整えているのだと思う。「寝たら治る」という言葉は心の底から信じている。
今、心から安心できる生活になって、眠り姫はようやく夢の世界を満喫しだしたばかり。