【第13話】しょーもない女と言われた日
2013年のクリスマス。私は、一刻も早く「バッタモン家族を卒業したい」と、遅まきながらサンタに願っていた。
さて、何が起きたか。父とお金の話で争ったのだ。バッタモン家族もめ事ランキングにおいて、もはや殿堂入りのケンカネタである。原因は車のETC設置にかかる費用に関してだった。
当時私は、家の車を父とシェアして使っていた。仕事で車を使って遠出することが多かった父。それまでにも経費の分担について、少し腑に落ちない点があり、言い争うようなことは何度かあった。
そんな矢先、ある日突然こう言われた。
「ETCカードを作ってくれへんか?お金は毎月きちんと払うから。」
反射的によぎる不安。ことお金のルーズさで、バッタモン家族代表の父の右に出る者はいない。最初だけ払ってあとは支払わないパターンに陥ることがすでに目に見えるかのようだった。正直なところ、申し出を受ける気はこれっぽっちも起きなかった。今まで、そんな言葉を信じて何度裏切られたことか…
…いやいや、あの父がいつになく誠実にお願い事をしてきている。ここは一つ大人になって、冷静に考えてみよう。私は県外にほとんど行くことがないからETCは必要ない。でも父は仕事で必要だと言う。色んな理由から、彼は(というより家族の中で私以外)クレジットカードが作れない。それはそれで仕事に支障をきたして困るだろう…
YESとNOの間を、頭の中で何度も何度も行き来して、最終的にはETCカードを作ることに同意した。もしも自分がその立場だったら同じく困るな、と思ったからだ。ただし、相手はバッタモン家族代表の父だ。念押しも忘れない。
「しつこいようやけど、ほんまにちゃんと払ってな。私、自分の留学のお金を貯めてるから、代わりに払うようなことは出来ひん。払ってもらえんかったらETC止めることになるからな。」
もう一度そう伝えて、手続きをすることにした。父も快く約束してくれた様子だった。
ETCを設置して最初の月の請求が来た。金額は大体2万円。父は約束通り、自分で使った分をキッチリ支払ってくれた。その次も、その次も、彼は支払いをしてくれた。なんだ、(彼が聞く気がある時には)ちゃんと話せばわかるんじゃないか。疑ったりして、少し悪かったかも…そんな風に感じるほどだった。
そうして半年ほど過ぎた頃。届いた請求書の金額を見て少しぎょっとした。…5万円。
いくらちゃんと支払いをしてくれるとはいえ、一旦は私のクレジットカード経由でお金が落とされるのだ。さすがに予告なしにいつもの倍以上の請求がきてしまっては、私個人で困ることが出てきてしまう。
口の奥の方でじわり、と最初に申し出られた時の不安の味がする。すぐさま父を捕まえ、請求額の件を伝えた。
「今月、ETCの請求が5万円も来てるんやけど、払える?正直、払ってもらわないと私もお金がキツイねん…。」
「おお!そうか!すまんな。払うけど、もう少し待ってくれるか?」
と、穏やかな口調だった。払ってもらえるならそれでいいし、これまでの半年間彼は一度も支払いを欠かしたことはない。少しくらい信じてあげてもいいはずだ。私もその場は「わかった」とだけ伝えた。
結論から言えば、それからの1ヶ月弱、5万円の支払いはしてもらえなかった。
いつ父の気分がよくなって、私の銀行口座に空いた大きな穴を埋めてくれるのかと、毎日モヤモヤしていた。黙っていればとうとう支払われないままだろう。父の機嫌を伺いながら催促すると、「もう少し待って」の一点張り。あまり聞きすぎると「払うって言うてるやろが!しつこいな!」と跳ね返される。その度に、なんで私が怒られてるんやろう、とやるせない気持ちになっていた。
なかば諦めていた頃、父に呼び出される。
「これ、5万円のやつな。」
やっぱりちょっと遅れただけなんだ、と安堵したのもつかの間。私の手に渡されたのは、2万円だった。
「残りはもう少し待ってくれ。」
と、父は付け加えてその場を去った。
はて、いつから分割支払いに切り替わったのか。でも、無いよりマシかとその場は受け取ることにした。とは言え、そうこうしているうちに翌月の請求書がやってくる。私は待てても、請求書は待ってくれない。
翌月の請求額は2万円。先月の滞納分と合わせると、父の支払い額は5万円。これでまた払う分が増えたわけだが、父は払えるのだろうか。もしかして、このままうやむやになって、父が使った分を私が支払うことになるとかやめてよ…と心の中で、どんどん不安が膨らむ。
すぐさま父の所に行き、そこで最も聞きたくなかった言葉を聞かされた。
「あの…今月のETC代が…」
「悪いけど、建て替えといてくれへんか?」
(あ~もう。絶対これから払わへんやつやん…)
「…わかったけど、払える時は1万円でもいいから払ってほしい。私も留学資金貯めてるから余裕はないねん、最初に言ったとおり。」
と、ため息が出そうなのを堪えて言った。案の定だった。
それからというもの、父がETC代を払ってくれるのは本当に気まぐれだった。程度で言えば、3ヶ月か半年に1回くらい、その時に”払ってやってもいいか”と思われる額を渡される。滞納額は膨れ上がるばかり。私は使ってもない大金を払うのに刻々と嫌気がさしていく。すでに成人しているので、実家にいるとは言え少しは家にお金は入れていたし、留学費用も貯めたかった。車のガソリン代(もちろん父の分も含め)、使ってもないETC代、日々自分が使うお金。最終的には、実家暮らしのはずなのに、1人暮らしなみの金額が私の口座から飛んでは消えていっていた。
こんな調子で、ETC代の請求は、新たに私の心配の元になっていった。安心できるはずの実家で、なぜか腰の落ち着けどころのない、常にお金に追われている不安な感覚に襲われるようになった。
当時私は留学費用を貯めるため、朝8時から日付けが変わるまで仕事をかけもちして働いていた。寝る間を惜しんで働いても、自分以外のところにどんどんお金を削り取られていく…もう我慢の限界!
クリスマスの夜に仕事から帰って、意を決して父に物申した。今日こそ言ってやる。
「お父さん、あのさ、マジでETC代ちゃんと払ってくれへん?私今、全く貯金できてないねんやんか。ETC作る時にちゃんと言ったやん。ほんまなら今頃目標額まで貯まってたはずやねん。お父さんもお母さんも、お金で大変なのは分かるけど、このままやとETC止めなアカンよ…!?」
もう泣きたい気持ちでいっぱいだった。父の表情はこわばっている。怖い、が、私も引き下がるわけにはいかないほど金銭的に厳しい状況だ。どうか、理解してくれますよーに!
…………
…………
…………
私の祈りは届かなかった。
「ETC!ETC!って、そればっかりか!払う言うてるし、ちゃんと払ってるやろが!」
「うん。3ヶ月に1回くらいで、請求額の半分くらいは、な。でもそれは、”ちゃんと”払ったうちに入らへんよ。」
「親を助けようという気持ちはないんか!!」
「助けようと思ってなかったら、まずETCを作らへんよな?どこに何しに行く為かも知らんのに!私も留学したいって言うてるのに、お金貯めさせてよ。そっちこそたまには、ほんまにちょっとくらいは、子供を助けようとしてくれてもいいんちゃう?」
「お前は、ほんまに情けない!」
「…は?」
「親を助けようともせずに、金、金、金って言いやがって!ほんまにしょうもない女やな!」
「またそれかよ!しょうーもないしか言えれへんのかよ!そのしょーもない娘作ったんそっちやろ!てか、なんで私が使ってもないETC代を払い続けなアカンわけ!?絶対、私の言い分は正しいわ!ETC、止めるから!もう払わへんし、無理!」
「出て行け!アホ!実家に居座ってるだけのくせに、そのくらい払えや!」
と、言い逃げしていく父。その背中に向かって、「逆ギレすんなや!」とだけ浴びせた。こっちは、彼のETC代も支払うべく頑張った仕事で疲れて帰ってきてるのに、なぜ逆ギレされた上、”しょうもない女”と罵倒されなければならないのか。念の為言っておくが、彼は私の実の父である。ダメ彼氏の”駄々”と言っても納得できそうな言い草だが。
その後、気がおさまらない私は母に愚痴を言ってみたが、笑い事の他人事だった。私のお金や目標なんてどうでもいいと思われているようだ。もしかしたら彼女にしたら「私なんて毎日そんなんやで」と、何を今更なことだったのかもしれない。
まじで嫌。何なん、この家族。…頭のネジ何本か飛んでるわ。心はカラッカラや。
もちろん、ETCはすぐさま解約。私が親の力になれればと思っても、向こうはそれを”当然”と思っている。なら、こちらももう知ったことではない。
クリスマスが明け、とうとう私の元にサンタさんは来なかったらしかった。いくらいい子にしていても、「バッタモン家族からの卒業」は私の靴下には収まりきらない、大き過ぎるプレゼントだったということだろうか。