【第30話】黄色い髪のお姉ちゃん
私が中学2年の時、父の不倫が発覚した。そして弟の一言で、夫婦仲のトドメが刺されたのだ。
*読む時のお願い*
このエッセイは「自分の経験・目線・記憶”のみ”」で構成されています。家族のことを恨むとか悲観するのではなく、私なりの情をもって、自分の中で区切りをつけるたに書いています。先にわかって欲しいのは、私は家族の誰も恨んでいないということ。だから、もしも辛いエピソードが出てきても、誰も責めないでください。私を可哀想と思わないでください。もし当人たちが誰か分かっても、流してほしいです。できれば”そういう読み物”として楽しんで読んでください。そうすれば私の体験全部、まるっと報われると思うんです。どうぞよろしくお願いします。
*読む時の注意*
このエッセイには、少々刺激が強かったり、R指定だったり、警察沙汰だったりする内容が含まれる可能性があります。ただし、本内容に、登場人物に責任を追求する意図は全くありません。事実に基づいてはいますが、作者の判断で公表が難しいと思われる事柄については脚色をしたりぼかして表現しています。また、予告なく変更・修正・削除する場合があります。ご了承ください。
「男はモテてなんぼや!多くの女に言い寄られてこそ、男の価値が決まる!」と、父は迷言を残している。キスすらしたことがない小学高学年の娘に、父は平気で、過去の女性との性行為の話をしてくれた。吐き気を覚えるほど、生々しい話だった。女の体しか考えていない、脳みそまで性器なのではないか。娘ながらに呆れた。そんな父だから、不倫をしても不思議はない。
私が中2の時、父はおかしな行動を始めた。ほぼ毎晩、次男と三男を連れてどこかへ出かける。帰ってくるのは明け方だ。電話でカタコトの日本語を話したり、人が変わったみたいに優しかったりもした。怪しむ私や母に対して、父は堂々と不倫をカミングアウトした。色んな国籍の女性と、火遊びをしている。彼の口ぶりは、面白いテレビ番組の話をしているようだった。不倫は正しいことだという空気が流れ、家族公認となった。性行為の話しに続いて、不倫を正当化している。うちの父親、アホちゃう?気持ち悪い。世の中、こんな男ばっかりなら恋愛なんてしたくない。
母は子供のために耐えて、父に尽くしていた。しかし、当時4歳だった弟の一言で、父への愛情は冷めてしまうことになる。
ある日、弟を連れて公園に行った父。走り回る弟を追いかけて、アキレス腱を断裂したのだ。約2ヶ月の入院を強いられた。当時50代後半で、体力的に弟の元気さに敵わなかったようだ。父が入院中、母は1人で家事、育児、父のお見舞い、自営業の父の仕事までこなした。
その日も、目まぐるしい1日を終えた母が帰ってきた。顔には疲労の色が伺える。私は、リビングで弟と妹の世話をしていた。ブーン、ブーン!と車のおもちゃで遊ぶ弟が、ふと、手を止めて顔をあげた。そして、意味の分からないことを言った。
「ママ?黄色の髪のお姉ちゃんは、もう遊べないの?」
常連のお客さんに金髪の人はたくさんいる。みんな弟をかわいがっていたから、どのお客さんのことを言ってるのか検討もつかなかった。
「え?誰のことを言ってるの?」
「えっとね、パパとコーエン行った。そのお姉ちゃんも一緒に。」
「え?それはいつ?」
「うーんとね…あ!パパが足イタイってしたとき」
コーエン?黄色の髪?足イタイ?母と私は顔を見合わせ、息をのんだ。まさか…。子供は空想が大好きだ。私たちが無理やり、「頭に浮かんだ人」をこじつけてはいけない。念の為、私はその辺のファッション雑誌をつかみ、ブロンド美女の写真を見せた。
「一緒に公園に行ったお姉ちゃんって、こんな感じだった?!」
「…そう!うん!キレイでやさしかった!」
何とも無邪気で、こぼれそうな笑顔。この世に悪いものなんてないと思わせてくれるようだ。でも、その時の母にすれば、残酷でしかなかったはずだ。もちろん弟に罪はない。何も分からない年頃だ。弟は私たちのことは気にせず、また遊び始める。母は、今に金切り声をあげてわめくかもしれない。父のいる病院に殴り込みに行くかもしれない。どうやって落ち着かせようかと、瞬時に頭を回転。私の予想とは反対に、彼女は無言でキッチンに向かった。あれ?どうしたんやろ?いつもならキーキーわめくのに。彼女の背中から漂う異様な雰囲気に、恐怖を覚えた。ザク、ザク、と乱雑に響く包丁の音だけが、私の耳を支配していた。
両親の離婚を覚悟したがそうはならなかった。父は退院後、心を入れ替えたのかすっかり大人しくなった。しかし夫婦仲がもろい糸でしか繋がっていないことは、空気で分かった。母が父に向ける笑顔や眼差しは、軽蔑に変わった。時間が解決することはなく、以前にも増して彼女はイライラし、八つ当たりも多くなった。父からのハグも、頬へのキスも、嫌悪感を示していた。影では父の悪口を延々と聞かされた。両親の喧嘩は増える一方だ。そして父はまた火遊びを繰り返す。悪循環だ。父に関しては、女性を大事にしないから自業自得だ。母は父を許す気も、離婚をする気もなかった。離婚しても、弟と妹を養っていけないと判断したのだろう。
両親の関係は修復どころか、ねじれて、歪んでいった。ジワジワと、取り返しのつかない崩壊へ向かっていることなど、私たち子供は知る由もなかった。