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あっくん、お幸せに。
あっくんは目が暗い。
孤児だったあっくんは貧乏なお家の養子になって育てられた。僕から見たらそのお家もずいぶん酷いところだったけど、あっくんが居た孤児院はもっと酷いところだったらしく、あっくんからしたら十分素敵な幸せだったとのこと。
「ねぇねぇあっくん」
あっくんはニコニコしながらこっちを振り向く。
「あっくんは僕といて幸せ?」
あっくんは風に流されていく落ち葉が気になって仕方がないらしい。
「僕はね。あっくんから目を逸らしたくなる時があるよ。あっくんだけじゃないけど。あっくんのお家のこととか、そういう全てから目を逸らしたくなる時がある。僕はあっくんのこと都合よく解釈したくなっちゃうし」
あっくんはまだニコニコしている。それでも傷ついていることはわかる。
「あっくん。帰ってお風呂入ろっか」
あっくんはニコニコは崩さないまま、眉間に皺を寄せて顔を背けた。
あっくんは臭い。細身で色白で、ふわふわだから清潔感もあるように見えるけど、近づくと臭い。
それに臭いものが好き。生乾きの洗濯物とか、キッチンのカビた床とか、テーブルを吹いた直後の布巾とか。いつもそれらに囲まれて眠っている。臭いものに囲まれている時のあっくんはそれはそれは幸せそうに眠るのだ。
「あっくん、逃げられないよ」
お風呂のドアを閉めると、あっくんは絶望的な顔をした。そんな時でも口角は上がって見える。あっくんは、難儀な生き物だなぁ。そんなことを思いながら温かいシャワーをあっくんに向けて噴射する。
逃げ惑うあっくん。それが何だか面白くなっちゃってイタズラにシャワーを浴びせ続ける。シャンプーで頭をゴシゴシ洗うと、これは満更でもない、といった表情のあっくん。油断しているところをすかさずシャワー。
2人ともすっかり疲れて、湯船に浸かった。あっくんが水を怖がるのはきっと孤児院でのトラウマのせいなのだろう。でも、僕はそこまで踏み込むほどあっくんに興味がなかった。
僕に背中をくっつけて幸せそうに眠るあっくん。そんなあっくんに僕は何ができるだろうか。あっくん、どうか幸せになってほしい。
自分じゃ幸せになれないあっくんに、苛立ちと不安を覚えることもある。
あっくん、早く死んでね。幸せに死んでね。
あっくんはそばに居ないと叫び始める。“悲しい悲しい”とか“寂しい寂しい”って叫ぶ。寂しいが長く続きすぎると“痛い痛い”って叫び始める。あっくんはどこもかしこも痛いはずだけど、この痛いは嘘の痛いだってわかる。あっくんはいつもそうやって気を引こうとするし、僕がやってくると嘘みたいにニコニコし始めるのだ。
あっくん、死ぬ時は痛くなく死んでね。お願いだから苦しまず、死んでね。
あっくんはいっぱい薬を飲まされている。きっとこの薬にはあっくんのお家の人たちが込めた沢山の祈りがこもっている。僕はその祈りに苛立ちを覚えていて、でも、その苛立ちに麻痺しちゃっていて何も感じないこともわかっていて。
「あっくん美味しいね」
って言ってあっくんを優しく撫でた。あっくんは暗い目で嬉しそうに笑った。
あっくんがお家の人たちに連れて行かれることになった。会いに行けるけど、遠い場所。
「任せてね」
ってお家の人たちはいう。眼球まで笑っている。そういう筋肉が育った人たち。何かが決定的にズレてる人たち。
「うん!こっちはこっちで頑張るね!」
幸せな旅立ち、みたいな空気を出すことに罪悪感を覚えている。あっくんは沢山の人に囲まれて幸せそうに笑っている。
「あっくん!元気でね!」
一瞬、あっくんの顔が曇ったのがわかった。
あっくん、死ぬ時は僕のこと思い出さないでね。僕のことなんか忘れちゃうぐらい幸せになってね。
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