【夫婦巡礼】無職の夫婦が800km歩いてお店を出す話【旅物語】No.26
巡礼18日目
ベルシアノス・デル・レアルカミーノ(Becianos del real Camino) ~ マンシーラ・デ・ラス・ムラス(Mansilla de las Mulas)
昨夜も楽しかった。巡礼者達の宴は消灯まで続き、その後は大部屋で皆総出でイビキの大合唱だった。妻に至っては日本語で寝言を言っていたようで、翌朝オランダ人のお婆ちゃんにからかわれていた。とは言え僕も寝言は煩い方なのだが…
■寄付(Donativo)の意味
朝食も、宿が用意してくれたものを頂いた。パンとビスケットと温かいお茶。最高だ。
出発際に宿泊代を支払った。この宿は寄付制(スペイン語でDonativoと言う)だから、金額はこちらで決めて良い。僕は、一人10ユーロを置いてきた。アルベルゲの相場は5~8ユーロ程度を考えると、我ながら気風が良かったと思う。
寄付とは何だろう?
旅の間考えている一つのテーマだった。日本人の僕は、寄付の文化に馴染みがなかったから。
ちなみにこの巡礼中初めて泊まった寄付制のアルベルゲでは、一人当たり5ユーロ支払った。そのときの僕の感情は、「金額が決まっていなくてラッキーだな」だった。
ところが今回はその二倍である。何が違うのか振り返って考えると、自分の心にあったと思う。
寄付とは、節約する手段ではないのだ。
それは巡礼の旅を半分終えて、道に携わる人々の想いや振る舞いを見て感じ始めたことであった。
善意には、善意で応じるべきだ。
コレとコレをしてくれたのなら、優しくしてもらったのなら、それに見合った形を気持ちとして与えるべきなのだ。
善意の上に成り立つ場所ならば、そこに感謝があるならば、その場所が永続的に続くよう気持ちを示したい。
そう思い、僕は「僕と妻と、誰かのため」と言う気持ちを置いてきたのだった。
「寄付とはシンプルながら難しいな」
昨日までの雨が嘘のように晴れた。昨日からの信じられない強風が吹き飛ばしてくれたのか。吸い込まれそうな青い空の下、巡礼素人はそんな想いを巡らせていた。
あの温かな、旅人にとってひとときの安らぎの場が、いつまでも続いてくれたら嬉しい。
■思い出のフレンチトースト
旅において、忘れられない味が誰しもある。僕にとってその一つは、道すがら立ち寄った店の、決して高級ではない素朴なフレンチトーストだった。
最初の休憩で、僕達は小さな町のカフェに入ることにした。女性店主の切り盛りする素敵な店だった。
カウンターの上に置かれたパンを見て、「これは何?」と訊ねてみる。慌ただしい店内をてきぱきと捌くお姉さんはひと言、「美味しいものよ」とそれだけ答えた。
気になった僕達はその「美味しいもの」とコーヒーを頼む。
うん!美味しい!これは最高だ!
フレンチトーストであろうそれは、中はふわふわでほんのりシナモンが香り、外はカリっと仕上がっている。余程レシピを聞きたい衝動に刈られたが、忙しそうだと諦めざるを得なかった。僕達ひたすら「Muy Bien!!(めっちゃうまい!)」と言いながら食べた。
休憩も終わり、さぁ出発だと言うところで会計と、クレデンシャルにスタンプを押してもらうためにお姉さんのもとへ。
お姉さんは快くスタンプを押した後、僕の手をそっと握って何かを渡してくれた。
ひらいた手のひらには、黄色い矢印のピンバッヂが二つ。プレゼントだった。
「え!?良いの!?」
そう言って前を見ると、彼女は笑っていた。「しーっ」と口に人差し指を当てる仕草が、なんとも可愛らしい。
同時に、僕は「結婚していて良かった」と胸を撫で下ろした。もし僕が独身で旅をしていたら、きっとリュックサックをおろして「ここで働かせてください!」とお願いしていたと思う。
残念ながら店名も、どんな店かも公表はする気はない。この内容は、ガイドブックではないからだ。
これは僕達の旅の記憶であって、例えこの旅の記憶になぞって巡礼をしたところで、その人の旅とは重ならないからだ。
自分達の旅は、自らで作るものだ。そこに必要な情報は、決して多くはいらないはず。
僕達は、初めて訪れた街、初めて会った人にこうして優しくされたことが嬉しかった。これは、忘れられない僕の淡い思い出なのだ。
■風にも負けず
今日は一日強風のなかを歩くことになった。
黒、白、灰色の様々な雲を風が吹き飛ばす。ほんの数秒後には雲の形が変わり、目まぐるしく動いていく。昨日覆っていた厚い雨雲も、気が付けば遥か彼方だ。
木々は揺れに揺れ、麦畑はうねりをあげる。まるで現実にタイムラプスを見ているようなスピード感。
しかし絶景だ。どこまでも続く空と大地は、風の強さを差し引いて見ても素晴らしい。
二人でいるからなのか、この強風さえも楽しんで僕達は突き進み、15時には目的地のマンシーラに到着した。
※ももちゃんが撮ってくれたもの。
先に出たはずのオランダのおばちゃんより早く着いてしまい、「バスで来たの!?」と驚かれる。今日は余程快調だった。まぁ、実を言うと昼ごはんを食べ損ねてしまったからその分歩いただけなのだけど。
■妻の晩ごはんと、語学教室
妻の料理のレパートリーは実は凄いのだ。この日は、ほうれん草と玉ねぎのクリームパスタ。日頃料理を作る仕事の僕にとっては、料理を作って食べさせてくれることがとても嬉しい。
そして毎度笑ってしまうくらいおばさま方からご飯をお裾分けしてもらう。今日は野菜炒めと焼き魚、そして豆のトマトソース煮。どのレストランよりも豪華な夕食だった。
食後は別行動し、恒例のミサへ。妻とももちゃんは宿でガールズトークだそうだ。二人が仲良しで羨ましい。
ミサから帰ってくると、妻はアルゼンチン人のアドリアン、イタリア人のジュリオに言葉を教えて貰っていた。余程昨日の宿での言葉のやり取りが楽しかったらしい。
日々、少しずつ周りが変化していく。僕達は言葉を覚え、異国の巡礼者達と親睦を深め、この道と世界に溶け込んでいくのを実感する。
今振り返っても素晴らしい毎日がそこにあったと思う。
明日はいよいよレオン。中盤戦のメセタを歩く旅も、いよいよラストスパートだ。
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ベルシアノス・デル・レアルカミーノ(Becianos del real Camino) ~ マンシーラ・デ・ラス・ムラス(Mansilla de las Mulas)
歩いた距離 26.8km
サンティアゴまで残り 約331km
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