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【夫婦巡礼】無職の夫婦が800km歩いてお店を出す話【旅物語】No.37

巡礼30日目

ゴンサル(Gonzar) ~メリデ(Melide)

■ももちゃんのお話

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サリア滞在時にももちゃんから聞いた、ある巡礼者のお話だ。

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ももちゃんがイタリアーノ達とお喋りしていると、ある若い巡礼者が声を掛けてきた。

「君は、イタリア語がわかるのかい?」

ももちゃんは当然イタリア語は分からないから、「話せないよ」と答えたそうだ。するとその若者は言った。

「相手が何て言っているのかわからないのに、よく笑えるね。僕にはそんな事は出来ないよ」

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この話をされた時、難しい話だと思った。これについてのナショナリティや、個人のポリシーによるところが大きい。

「そんなことは人それぞれだ」

正直これで片付けていい話だけど、それで片付けてしまうのも勿体ない話ではある。

若い巡礼者の言うこともわかる。もしかしたら、自分の知らない言葉でバカにされた思いをした経験があるのかもしれないし、そう言うことは往々にして起こりうる。僕だって差別的な発言を受けたことは何度か経験があるから、そこは理解できる。

ただ個人的に思うのは、特に今歩いている巡礼の道のような特殊な場においては、大切なのは相手を理解する姿勢なのだと思う。

何を話しているか全然わからなくとも、その場の流れや、今までの関係の蓄積や、状況から見て、その人がどんな人間で、何を伝えようとしているか汲み取る事はできる。

それは、相手が笑っていようといなかろうと可能だ。自分で判断すればいいのだから。

言葉だって、今は翻訳アプリを使えば会話だってできる。時代はもはや、【わからなくても対応出来る】時代にあるのだ。話しかけられて会話をしないと言うのは、もはや理解出来る出来ないの範疇を越えて、自分に相手と会話する気があるかないかの話になってきている。

理解するために出来ることはあるはずだから、何かアクションを起こしてみる。

そこから関係が生まれていく。自分には話せないから笑顔にもなれないと言って関係を閉ざしてしまうのは、あまりにも寂しい。それこそ、なぜ君は道を歩くのか?と思ってしまう。

相手の言語が分からないからと言って仲間内で関係を閉ざすのではなく、ぶつかってみて欲しかったな。と思った。

■朝霧の巡礼路

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宿の外に出ると、辺りには霧が立ちこめていた。少し前が見えなくなるほどに濃い霧だったが、皆構わずに歩き出した。

先が見えなくとも、黄色い矢印とホタテ貝が巡礼者を導いてくれると言うことを、多くの旅人が心得ていた。

ガリシア州は海洋性気候の影響か、春の雨が多い。僕達が歩いていた頃も、雨の予報が多かった。僕は毎日天気予報とにらめっこしながら計画を立てた。出来ることならサンティアゴに着く日には晴れの日を選びたかったから。

その都合を考えると、日程はギリギリだ。今日30km、明日30km、明後日20kmのペースで歩いて明後日ゴールすれば、天候はギリギリ持つ。明明後日は更に雨の確率が高く、厳しい。だからこそ、少しでも前へ進んでおきたい。

二人の足がどこまで持つかと言うところではあるけど、ここが頑張りどころだった。

■リリィとパティ

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コロンビア人巡礼者のリリィとパティもまた、僕達と似たペースで歩くコンビだった。二人ともとても明るくて、会うたびに笑顔で励まし合えるから僕達もとても嬉しい。

二人とも足が痛そうで、リリィは足を引き摺りながら歩くことが多くなった。ここまで来たら、あと少しだけど、くれぐれも無理はしないで欲しい。

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僕達はほとんど同じペースだったから、何度か同じバルで休みをとった。彼女達もまた、母国語しか話せない巡礼者だったが、何となくのコミュニケーションは取れていた。

案外、簡単なスペイン語と「ブエンカミーノ」の合言葉で何とかなるんだよ。

そう言えば話が逸れるけど、妻がバルでこんなことを言っていた。

「サリア以降バルの貼り紙増えたよね。トイレ使用だけの時は1ユーロ払って。それか、一杯飲むか何か買って下さい」って。

言われてみれば確かに…。ここまでの道では、バルでトイレを借りたらそのお礼もかねて一杯飲んで休憩する流れが当たり前だったから気が付かなかった。

ちなみにこれは、ネパールのエベレスト街道も同じだ。相手もボランティアではないのだから、トイレだけ借りる輩が増えればそりゃ貼り紙もしたくなるか。

言わなきゃわからないよなそう言って僕はその貼り紙を眺めた。

■メリデのアルベルゲにて

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いくつかの山を越え、街を過ぎて、足の痛みをこらえながらも、ようやく今日の目的地メリデ(Melide)に辿り着いた。

ガリシアの公営アルベルゲは、どこも同じような設備になっている。今日の宿はまるで公民館のような建物で、たくさん収容できる施設になっていた。

ヘトヘトの僕達は到着したことに安堵し、ベッドルームのドアを開けて愕然とした。

く、くさい…

汗と体臭の臭いが漂い、歩き疲れた巡礼者達がシャワーも浴びずに横たわっていた。久々にこの世の地獄を見たようだった。

たまらず妻が訴える。

「ゴメン、さすがに無理かも…」

無理もなかった。男の僕でもきつかった。僕の一人旅の時だって決して清潔とは言えなかったかもしれないが、それにしたってこの空気は異様だ。ここで寝るのか…僕達は不安にならずにはいられなかった。

■救いの手

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そんなとき、向かいのベッドの巡礼者と目があった。彼は、言葉こそ交わしたことはなかったが序盤から共に歩き続けてきた仲間だった。かつてサント・ドミンゴの辺りで美人のキャメロンにアプローチしていた【髭の人】だった。

彼は鼻を摘まむジェスチャーをしながら、首を傾げた。僕も困ったねと言うように肩をすくめた。

すると【髭の人】は部屋を出ていき、少しして戻ってきた。戻るなり彼は荷物をまとめてこう言った。

「二階のベッドを解放してくれたぞ。フリーだ。俺は行くから一緒においで。」

まさに救いの手だった。僕達は喜んで後を付いていった。他の疲れきった巡礼者の皆様には大変申し訳なかったが、こうして僕達はこの世の地獄からの生還を果たしたのだった。

本当に、気が狂ってしまいそうなほどだったんだから!

■メリデ・de・プルポ

メリデと言う街は、プルポ(タコの料理)が有名らしい。別に海沿いの街と言うわけでもないのに不思議だが、とにかくメリデに来たらプルポ!と言うのがスタンダードらしい。

なので僕達も折角だからとプルポの店で夕食をとることにした。お店の方は、さすが我が妻。事前に美味しいお店をピックアップしてくれてあった。その中でも、ライアンたちもおすすめしてくれた一軒に行ってみることにした。

【プルぺリア】と言われるプルポ専門店では、実際にお客さんの前で大釜にタコをぶち込んで茹で上げるパフォーマンスも見られたりする。味付けだって塩茹でにオリーブオイル位なものなのに、どうしてこんなに旨いんだろう?

店には先客がいた。大きな声で喋っているのは、トムだった。セブレイロ以降彼に頻繁に会えるようになったのが嬉しい。

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帰りに気になっていた可愛いアイスクリーム屋さんによってデザートを食べ、スーパーでポテチを買って宿に戻る。

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スイーツ好きな僕には堪らない美味しさ。メリデに移住してここで働こうかと思ってしまったほどだった。

■妻に内緒の打ち合わせ

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今夜もよく眠れそうだ。一階のぎゅうぎゅうに詰められた寝室よりも、遥かに居心地がいい。これも【髭の人】のお陰だ。そう言えば、彼は何て名前だったっけ?名前も知らなかったかもしれない。

寝る前に、僕は二つの大切なことを済ませた。ひとつは宿の予約。もうひとつは、ライアンとの連絡だった。

宿と言うのは、サンティアゴに着いた後に泊まる宿だ。アルベルゲでも全然良いのだが、1ヶ月旅を共にした妻のために、ちょっとしたサプライズを用意することにした。

そしてもうひとつ、ライアンに到着予定の連絡。順調に行ったら明後日着くと連絡すると、「分かった!待ってるから会おう!」と彼から返信がきた。

僕は少し考えてこう伝えた。

「分かった。じゃあ、15時にカテドラルの前で会おう。ただし妻には内緒で。驚かせたいんだ。」

彼から即座に返信。

「めっちゃいい!サプライズ!最高だね!」

よし。これで手筈が整った。後は無事到着するだけだ。

電気の消した寝室の窓から月明かりが差し込んできていた。この日もまた、穏やかで静かな夜だった。僕の心は静かに燃えていた。じき到着するだろう目的地への憧れと、妻へのサプライズを完遂せんとする男のプライドが、小さく、ひっそりと、しかし確実に心の中で燃えていたのだった。

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ゴンサル(Gonzar) ~メリデ(Melide)

歩いた距離 32km

サンティアゴまで残り 約53km

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