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【夫婦巡礼】無職の夫婦が800km歩いてお店を出す話【旅物語】No.35

巡礼28日目

トリアカステーラ(Triacastela) ~ サリア(Sarria)

■二択

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僕達の前に分岐が現れた。

距離が短いけれど、アップダウンのある右ルート。もうひとつは、谷側から川沿いに歩き、サモス修道院を見たのち山を越えるルート。左の方が7kmほど長い。急ぐ理由も無い僕達は、のんびりと歩いていこうかと左の道を行くことにした。

モホン(道標)には、さも右側のルートが正しいと言わんばかりにもう一方の矢印がスプレーで塗り潰されていた。

どういう意味だろう?通行止めだろうか?散々歩いて、結局引き返しなさいとなったら嫌だな何てことを思う。無事にサリアまで辿り着ければ良いのだが…

■静かな道を行く

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結果として、左側のルートは大正解だった。人が少なく、とても静かな森歩きを堪能できたからだ。

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本当に数える程度の人にしか合わない。今日この道を歩いている人達は考えていることが同じなのか、挨拶をすると皆口を揃えて「今日の道は今までで最高かもしれない!とにかく静かで、美しい!」と話していた。

そのくらい一日を通して静寂に包まれた日だった。聞こえるものと言えば、風が葉を揺らす音と、川のせせらぎ、鳥のさえずりと羊や牛の鳴き声くらいなもので、人工的な音はまず無かった。現代社会とかけ離れた、時代感覚が麻痺するほどの元風景がどこまでも続いていた。

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■サモス修道院

やがて僕達は山を越え、サモス(Samos)へ辿り着いた。まだ今日の行程の半分も行かない位だったが、僕達は迷っていた。

町が、良すぎる。美しすぎる…

素通りしてしまうのが惜しいほど、このサモスと言う町は美しいと思った。何より、この山間の美しい町は静かだった。たまに時を告げる鐘が聞こえる程度で、それ以外は何もなかった。それが、何よりの魅力だった。

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ここには、ガリシア州最古の修道院が置かれているそうだ。現存する建物は16~18世紀に建てられたものだが、その歴史は遥か昔、6世紀まで遡り、国王の教育の場としても使用されたと言うから感慨深い。その昔、この山間の町は宗教的、教育的にも大きな意味を持つ町だったのだろう。

だが現在のサモスはと言うと、人が外へ流出してしまう傾向にあるらしい。かつては7000人もの人々が生活していた町は、今や1200人ほどしかいない。荘厳でその歴史の重厚さも感じさせながら、一方で物静かでどこか哀愁の漂う原因はそこにあったのかと思うと、この場所に愛着を感じずにはいられなかった。

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現在このサモス修道院は、アルベルゲも併設されていて宿泊も可能だ。叶うならばこの次道を歩くときには、必ずここで立ち止まりたいと思った。これで、次にこの町を訪れる理由が出来たと思うと、とても嬉しい。

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■もう一つの''はじまりの街''

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サリア(Sarria)へ着いたのは、午後四時を回った頃だった。今日も長いながい道のりを、二人とも良く頑張った。

サリアの街は、どこか落ち着かなく、フワフワとした空気に包まれていた。僕自身がもしかしたら、地に足つかない気持ちだったのかもしれないが。

どこで感じた感覚だろう。しばらく考えて、思い出した。そうか。サンジャンに似てるのか。(サンジャン・ピエ・ド・ポーは、フランス人の道のスタート地点)

それもそのはずだった。このサリアと言う町は、ゴールのサンティアゴまで100kmと少しの位置にある。ここから歩けば巡礼証明書が貰えると言うことで、この地点をスタートにする旅人は多かった。僕が感じた街のフワフワは、これから巡礼の旅を始めんとする巡礼者達の高揚感だったのだ。事実、街のバルの至るところでこれまで会わなかった旅人達が、和気藹々と酒を酌み交わす光景が見られた。それらは、僕達がおよそひと月前に抱いたものと同じ感情だったのだろう。とても新鮮に感じた。

そして、ほんの少し前の事も過去のことになりかけていた自分を不思議に思った。これだけ思い出深い道を歩いても、僕はやがてその時の感情を忘れていくのだろうか。

■ももちゃん海賊団あらわる

そんな雰囲気の町を横目に、いつも通り公営アルベルゲに入る。お決まりのパターンだった。

ホスピタレロは受け付けにいなかった。どうやら、アルベルゲの少し先で井戸端会議をしている一団のうちの一人がそうだったようだ。彼女は不機嫌そうに大きなため息と共に受付の椅子に座り、手短に事を済ませ、そしてまた彼女の場所へ戻っていった。今日の宿番は、見たところ歓迎と言うわけにはならなかったみたいだった。

あまりの対応に憮然としながらも、ベッドに荷物を置いて宿を見渡すと驚いた。

井ノ原氏もももちゃんも、皆いたからだった。特にももちゃんは少し手前で別れてしまっていたので久々の再会になる。

気がつくと彼女は、大勢の仲間を引き連れていた。バンダナに髭面のトニー、ニット帽に赤ハナのフランシスコ、ワイルド風なジュリオ。新しく加わったイタリアの女性は、野沢雅子さんそっくりだった。その姿はさながら、【ももちゃん海賊団】だった。

「言葉が通じないのに皆付いてきちゃったんです!」と言ったのはももちゃん。

大笑いしてしまったが、彼女の人柄がそうさせたのだと言うことは理解できた。彼女には、人を惹き付ける魅力があった。

■騒がしい夜

その夜のアルベルゲは大盛り上がりだった。(主にイタリア勢が)

消灯前、トニーとフランシスコは酔っぱらって僕達の部屋に押し掛け、大騒ぎしていた。うーん、大騒ぎと言うより、全員に挨拶していた。どうもどうも!チャオチャオ!みたいに。

ジュリオは酔っぱらって、「バチャラー!バチャラー!!」と叫んでいた。多分、それは彼のお気に入りのお酒だったか、もしくはのだろう。僕達の所にも来て、

「おい!バチャラーだ!飲もう!」

そう誘ってくれた。だが、寝る前だったし、丁重にお断りしたのだが

恐らくサリアからスタートであろう初見の旅人達はいったい何事かと驚いているようだった。何故か僕達が、フォローすると言う謎の時間がしばらく続いた。

何にせよ、またこうして全員で再会できたことが嬉しい。ゴールまであと100km。全員で無事に到着することが、今の僕の願いだった。

「これはプレゼントだよ」

そう言って赤ハナのフランシスコは妻に【五ツ葉のクローバー】を手渡した。

ただ、フランシスコはその後ゴニョゴニョとももちゃんの事も話したようで、結局その珍しいクローバーが妻にあてたものなのか、ももちゃんにあてたものなのかは誰もわからなかった。

寝る前にひと笑いさせてもらった。イタリア人の陽気さを改めて感じる夜だった。本当に彼らは、最初から最後まで陽気の神様みたいな人達だった。

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トリアカステーラ(Triacastela) ~ サリア(Sarria)

歩いた距離 21.5km

サンティアゴまで残り約114km


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