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私が旅する東南アジア料理人に変わった理由。



東南アジア料理人おぐしみきが、東南アジア料理を勉強し自分で作りだしたのは2001年から。初のひとり海外旅で行ったベトナムがそのきっかけでした。そのときの体験、なぜ東南アジア料理にどっぷりとハマったかについてまとめました。

路上で、のべつ幕なし食べる人に驚く

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目に飛び込むものすべてが、日本ではお目にかかれないような赤や緑、黄色の原色。おとぎ話の中に出てくるマッチ箱の家のように、細長いけれどカラフルな色と鮮やかな南国の花と緑に彩られた家が、道路の両脇に立ち並ぶ。そして歩道であるはずのところに屋台が立ち並び、朝やお昼の食事時以外にも、人々は赤いお風呂椅子のようなものに腰を下ろし、なにか美味しそうなものを食べている。その喧騒の中を日本でいつも履いている8cmハイヒールサンダル(!)で、きょろきょろオドオドとしながら歩く2001年7月の私。それは初めて私が、関空から東南アジアの1都市であるホーチミンを訪れた日のこと。

それから19年。2020年の私は、ぺったんこスニーカーに現地で買ったブラウスを着て、まるでそこに住んでいるかのように市場を走り回って、大阪に作った東南アジアレストランのための仕入れをする。19年この街に通う間に顔なじみもでき、訪ねて行くと私の手を取り嬉しそうに笑い合ってくれる人がいる。もう何回この街に来ただろうか。20回?30回には届かないかな。その間に、このホーチミンだけでなく、東南アジア10カ国はすべて足を踏み入れた。いや、その途中にある香港、マカオ、韓国、台湾、中国にも出かけて行った。関空から飛び出した回数は、ゆうに50回はあるだろう。美味しいものを食べるために、そしてそれを日本で再現できるように自分の体の中にその味を覚え込ませるために。

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私はなぜ、ベトナムに行こうとしたのか?

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私がホーチミンに行こうと思った理由は、当時の職業であった外食産業専門誌のライターの仕事と関係している。

オシャレカフェ全盛時代のその頃、関西一円で個性的なカフェの店舗数を増やしていっているやり手経営者の方にインタビューをした時のこと。「今いちばん気になるものは何ですか?」という私の質問に、「ベトナム料理ですね」と彼は即座に答えた。「世界でいちばんおいしい料理だと思います」。

私は、その言葉に釈然としなかった。思わず「えっ?」と聞き返したほど。彼がそれほど力を込めて言うほど、ベトナム料理がおいしいと思えなかった。私は飲食店の業態開発プランナーもしていて、1990年ころ、ある居酒屋チェーンが初めてエスニック居酒屋を開業するという時に、そのメニュー開発のために、それこそ関西中の専門店を食べ歩いたことがある。そのときのイメージ、タイやインドと比べてインパクトに欠けるのがベトナム料理だと思っていたのだ。

ベトナムの雑貨や旅行が、若い女性の間でブームまっただ中

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当時、若い女性たちの間で空前のベトナム雑貨ブームがまき起こっていた頃。女性誌にはたくさんベトナム特集が組まれ、同時にベトナム系フランス人、トラン・アン・ユン監督の映画「夏至」も公開され連日満員御礼。関空からのベトナム旅行にも大挙して行っていた。ベトナム=おしゃれ=トレンドが若い女性たちの共通認識だった。

そのカフェの経営者の方が言うように、ほんとうにベトナム料理は世界一美味しいのだろうか。実際に現地で食べなければーー。

そうして、私は飛び立った。

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同じころ、私が関わっていた日本の飲食店は、「早く、同じものを、愛想よく」お客様に出すためのオペレーションをどう構築していくかがいちばんのテーマだった。いわば機械のような正確さが求められていた。なのに、私が初めてその地を踏み、垣間見たホーチミンの街は違った。

街はいつもいつも美味しい匂いがただよい、みんな何かを貪り食っていた。物を食べるためにそこで生きているかのような人たち。食べものになる野菜や肉や魚が、この上もなくフレッシュな状態で道端で、人々のそばに無造作に置かれ売られていた。

それは、鳥肌がたつほどの衝撃だった。

食べること、生きること、そしてこの上もなく美味しい料理たち。

ハマりましたとも。

旅に出る前、インパクトが弱いと思っていたベトナム料理に。

ベトナム料理だけにとどまらずタイ料理も、そして。。。。

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1週間の旅から日本に帰って、あの味をまた食べたいと思いが募る。

関西中のベトナム料理店を食べ歩いたけれど、みつからない。

食材がまだ手に入りにくい中で日本人の口に合わせているためか、現地で食べたあの力強い味に巡り会わない。

それならば自分の手で。そうしてその年の12月にホーチミンに1か月、料理留学することにした。せっかく行くのだったら、お隣のタイバンコクでもタイ料理を勉強しよう。

タイとベトナム、同じ東南アジアなのに、同じ材料を使っていても料理法が全く違う。それはそうですよね。日本だって、お隣の韓国料理とはまったく違うのだから。それが泥沼の始まりw。

東南アジア10か国を駆け巡り、食べ、そして勉強する。

2014マニラ2

2017ミャンマーバゴー

2017ジャカルタ

その後、関空からたくさんLCCが飛び始めたことも追い風となって、以前より気楽に海外に行けるように。そうして東南アジア各国に飛んで料理を習い、自分でも作り始めた。

心斎橋の路地奥に東南アジア料理店を作り、料理人になって17年。ホーチミンに行ったことで、60台半ばの私がそうなっていること、2001年夏に関空でベトナム航空の飛行機に乗り込んだ46歳の私には、想像すらできなかった。

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コロナのために、今年は3回の海外研修を諦めた。GWの東北タイ・南ラオスの旅、夏のマニラ・コタキナバル研修、そして11月に行くはずだったハノイ旅。私が東南アジア旅を続けて蓄積してきた美味しい料理情報、それを現地で体験していただきたいと、いつの間にか始まった料理教室の生徒さんやお客さまとの食べ歩きツアー。

このために1年間楽しみにしてくださっていたお客さまたちを、来年こそお連れしたいな。

#私たちは旅をやめられない #TABIPPOコンテスト #関空  




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