
エッセイのご紹介430 「夏の桃山」(小黒恵子著)
こんにちは。小黒恵子童謡記念館です。
今回も、産経新聞の「from」に掲載されたエッセイをご紹介いたします。
「from」には9作品掲載されていますが、残念ながら自筆原稿が残っていませんので、掲載された文章をご紹介いたします。
詩人の書いたエッセイ、独特の言葉選び等を感じていただけると幸いです。

「夏の桃山」
小黒 恵子
夏の果物の王様の一つに桃がある。桃といってもたくさんの種類があるが、色よく形よく香りがよく、甘さおいしさ、高貴な美しさを備えた「水蜜桃」である。
私が幼少のころ、東京・世田谷区の玉川遊園地の隣接に、桃山といっていたわが家の果樹園があった。夏の最盛期には、神田青果市場のトラックが、毎日何台も出入りしていた。そしておおぜいの人が働きに来ていた。
明治後半から大正、昭和十年にかけて、夏の桃山は活気にあふれていた。しかし、戦争と終戦の大きな時代の流れのなかで、果樹園は不在地主として、国に没収されてしまった。
顧みれば、桃山は私の幼少時代の夏のうれしいオアシスであった。東京と神奈川を結ぶ二子橋を一人で、てくてく歩いて桃山に行くのが楽しかった。キリギリスやカブト虫やカナブンなどいろんな友達がたくさんいた。
そして昆虫と私のある共通点を発見した。甘い香りの一番おいしそうな桃を見つけたと思うと、すでに先客が穴を開けて食べたあとだった。
桃山の真中にきれいな小川が流れ、大きな美しい色模様の鯉たちが泳いでいた。遊園地から逃げ出したという話だった。
あれから幾星霜、今夏も美しく香りのよい最高の桃をたくさん食した。桃の原産地は中国とされている。中国では桃の実は悪を払い、福寿を招くといわれ、古来めでたい果実の代表とされているという。
今夏、作曲家の高木東六先生の満百歳記念コンサートが、神奈川県民ホールで開かれた。永六輔氏の司会で、石井好子さんほか有名歌手。フランスからサンマルク少年少女合唱団が四十人ほど、みごとな演奏をし感動した。
その日、福島県の銘菓「柏屋」の本名善兵衛会長より、百歳万寿の「桃」の引き出物をいただいた。その美しさ、えもいわれぬおいしさ。心に残るめでたい桃の味であった。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
次回も、2004年~2005年に産経新聞に掲載された小黒恵子のエッセイをご紹介します。(S)