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エッセイのご紹介428 「大きな緑の木の下で」(小黒恵子著)

 こんにちは。小黒恵子童謡記念館です。

 今回も、産経新聞の「from」に掲載されたエッセイをご紹介いたします。

 「from」には9作品掲載されていますが、残念ながら自筆原稿が残っていませんので、掲載された文章をご紹介いたします。
 詩人の書いたエッセイ、独特の言葉選び等を感じていただけると幸いです。

小黒恵子童謡記念館 庭 ケヤキ

「大きな緑の木の下で」
                           小黒 恵子

 梅雨の季節は、木々の緑が生き生きとして美しい。特にたっぷりと葉をつけた大木の欅(けやき)や樫(かし)や椎(しい)の木など、威風堂々とした美しさはすばらしい。なかでも、わが家の十一本の欅の木は、樹齢三百年余の大木で、大地にどっかりふん張って、空と握手している風情は、まさに王者の風格といえる。
 私は、欅の樹下に生まれ育って、今なお動物家族とともに住んでいる。過日の新聞に、四千年も前の地層から、欅の化石が出てきたという記事があった。氷河期の到来により、一度は南方の地に生き抜いて、その後気候の変化によって、現在は中国の一部と日本にあるだけという。
 欅は日当たりがよく地下水の豊かな地に根を下ろし、人はそこに井戸を掘り家を建てて暮らしてきた。わが家も戦後、水道が引けるまで、昔からの井戸を使っていた。樹下の水は冬は温かく、夏は冷たく、西瓜(すいか)を籠に入れ水面まで下げて冷やしていたのを思い出す。
 私は、わが家の木の中で、一番大きい一本の欅と心を通わせている。その木を尊敬し師と仰ぎ、不変の友であり守護神と思っている。喜びも悲しみも、長い歳月をいつも優しく受けとめて、希望という光と強さを授けてくれた。天涯孤独の私の心の中に、いつも一本の欅の木が息づいている。
 昭和四十年を過ぎたころ、欅にとって厳しい受難の時代があった。京浜工業地帯の工場の煙と急増した車の排出ガスによるオキシダントが引き起こす光化学スモッグによる被害を受け、新緑の美しいはずの五月に落葉が始まった。変色して細かい穴のあいた黄色い葉が、パラパラと毎日大量に落ち、私は悲しみに閉ざされていた。ぜんそくに苦しんだ人もいた。目が赤く混濁して、痛みに苦しんだ人もいた。
 人も動物も植物も、形はみんな違っても、この地球に生きる親しい仲間たちだ。きれいな水と空気を維持するのは、私たち人間の努力と義務である。

産経新聞 from 2004(平成16)年6月28日
 

 最後までお読みいただき、ありがとうございました。
 次回も、2004年~2005年に産経新聞に掲載された小黒恵子のエッセイをご紹介します。(S)

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