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テクニカルディレクションアワードを通じて見えた「決断」

募る気持ちが込み上げてきたので、久々に筆を走らせる。
光栄にも、先日授賞式が行われた「テクニカルディレクションアワード」の記念すべき第一回の審査員を務めさせても頂いた。
結論、とても意義深い活動であり、自分がなぜ共感して参加しているのかを改めて自覚したので、この記事では備忘録的にその経緯と、アワードを通じて感じたことを言語化していきたい。

ちなみに、この記事はあくまで私個人の意見であり、アワード運営チームの公式意見ではないことを先に述べておく。

テクニカルディレクションとは何なのか

この記事をお読みいただく方の中には、テクニカルディレクターという職種を聞き慣れない方も多いと思う。
テクニカルディレクターとは直訳すると技術監督ではあるが、端的にいうと「実現の専門家」だと私は考えている。

アントレプレナーやクリエイティブディレクターが描く夢物語のような企画を、技術の専門家の観点から、どうすればそれが実現できるのか、何が実現を妨げているのか、言われた通りに実行するのではなく、ヒト、モノ、コト、技術を天秤にかけた上で実現に導く専門家である。領域としてはプロジェクトマネージャーとも近い位置にいるが、テクノロジーを中心に考えることが特徴だと言える。

そして、意外なことに、テクニカルディレクションは日々多くの企業で無意識的に行われている。CTO、テックリード、VPoEと呼ばれる肩書きの方々は日常的にテクニカルディレクション業務をしているといえるだろう。しかし、技術の進化が加速し、不確定要素が増大するこんな時代だからこそ、より早く、プロジェクトの成功確率を高めるためにも、専門的にこの領域を扱う職種が必要だと私たちは考えている。

テクニカルディレクションアワードと決断の重要性

前述した通り、この領域を専門的に扱う職種がテクニカルディレクターではあるが、その新規制故に業務領域は曖昧である。
正確には私たちはテクニカルディレクションの領域はこうである、という一定の意識があるが、それが社会に浸透してるとは言えない。

例えば、華々しいリリースを遂げた新しいサービスがあるとする。社会的意義やデザイン、仕組みなどは容易に評価できるが、そこに至るまでのプロセスはブラックボックスに包まれ、正しく評価されているとは言い難い。

しかし、アウトプットは本来そこに至るまでのプロセスとセットで語るべきであり、そのプロセスとは技術をバックボーンにした専門家が踏み出したきた「決断」そのものである。そのプロセスと意思をブラックボックスにせず、正しく評価し、社会の共有知とし蓄積していく、これこそがテクニカルディレクションアワードの設立意義だと考える。

今回アワードを受賞した作品を2つ例に上げさせていただく。

1. 「映画 PERFECT DAYS 公式サイト」

Website/App部門でGoldを受賞した「映画 PERFECT DAYS 公式サイト」では、実装を手がけたmount inc.の中で3つの開発ツールを内製している。中でも私が注目したのは、カーニング調整(文字詰)を行えるツールだ。

筆者も長らくウェブサイト制作の現場に身を置いているが、個別の文字詰はデザイナーと開発者の間で課題にあがりやすい。

「Figmaでは個別に文字詰ができるのに、なぜブラウザでは文字詰ができないのか」

というのがデザイナーの主張ではあるが、ブラウザの制約上、自動文字詰はCSSで可能ではあるが、個別文字詰は対応するCSSプロパティなどがない。
多くの現場では「難しいです」というやりとりで終わってしまうこの課題に対して、mount inc.は正面からぶつかり、なんならデザイナーが文字詰をできるツールを開発してしまった。

今まで個別の文字詰は難しい、と言い続けた現場も今後はこのツールを参考にし、文字詰を行っていくだろう。もしかするとCSSにそのプロパティが組み込まれる日が来るかもしれない。
表現のためにこのプロセスを選択した美学こそがテクニカルディレクションアワードが評価すべきことだと考えている。

2. 壁紙AI識別アプリ「かべぴた」

2つ目に紹介したいのが、特別賞に当たる「共創賞」を受賞した「かべぴた」だ。インテリア事業を手掛けるコマツ株式会社と同志社大学が産学連携で開発した「かべぴた」は、壁紙を撮影するだけで、業界の大手内装資材メーカー6社のカタログから該当するメーカーと品番を識別することができる。

失礼な物言いになるが、業界に身を置く立場から見ると、「かべぴた」はデザイン系のアワードやスタートアップ系のアワードで高評価を得やすいとは言いにくい。しかし、テクニカルディレクションとなると話は違う。コマツ株式会社は、同志社大学、内装資材メーカー、アプリ開発会社など、多くのステークホルダーが関与するチームを技術を軸にチームビルディングし、各社の専門的見解を調整しながら、プロジェクトをリリースに導いた。仮にテクニカルディレクターという役職がプロジェクトに存在しなかったとしても、テクニカルな決断が多く下されていたことは間違いなく、このようなプロジェクトこそ、テクニカルディレクターの本領が発揮されるべき場ではないだろうか。

なお、上記の2つ以外にも受賞した作品はどれも素晴らしい取り組みであり、一部は”知財”として弊社のメディアでも紹介している。興味がある方はぜひ眺めていただくと良いだろう。

それで社会はどう変わるのか?

車輪の再発明は避けるべきであり、その点においてはプロセスも同じだと考えている。AIが進化し、手法の探索が容易になったとしても、最後に道を切り開いていくのは血の通った人間の意志であり、そこにはテクノロジストの積み上げた知識や経験、直感が大きく関わってくる。勇気ある決断を下してきたそのプロセスは後に続くものを後押しし、多くのプロジェクトで参考にされていくだろう。そしてこれは、弊社が運営する知財図鑑とも共通し、筆者が共感する思想でもある。

今回このアワードに応募してくださった150近い作品や、スポンサー・協賛企業の皆さんは、少なからずそこに可能性と意義を見出してくれていると思う。その勇気に心から感謝と敬意を伝えたたい。

もしこの記事を読んで、少しでも共感してもらえるようであれば、ぜひ来年のテクニカルディレクションアワードにその意志を示してただきたいと思う。

Tech Direction Handbook

最後に、テクニカルディレクションについて興味がある方のために、体系的にテクニカルディレクションを学べるハンドブックをリリースしたことをお伝えしたい。

これが正解だ、というつもりは毛頭なく、一つの基準として、皆さんと意見を交わす材料になればと思っている。

まだまだ書き残したことがあるので、ベータ版リリースという形ではあるが、テクニカルディレクションに興味があるエンジニア、テクニカルディレクターとよく仕事をするプランナー、プロデューサー、プロジェクトマネージャーなど、多くの方に読んでもらいたい。


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