宵闇亭キ片 「別れ」
お別れだ――、君は言った
なぜ、どうして
僕は縋り付くように
僕と君は別ち難い
運命を供にしてきたじゃないか
こらからだって…
君は寂しげに微笑み
力なく首を振る
どうして
生まれた時からずっと一緒だった
僕が辛い時君が慰めてくれた
僕を庇ってくれたことだって
僕はまだ君に恩を返せてない
僕は君と離れたくない
だって君は…
それでも君は寂しげに首を振り
泣きそうな顔で微笑んで
お別れなんだ―と言う
私は行かなきゃ、別の場所へ
次に生まれてきた時に仲良くしてね
兄さん
そう言って君は何処かへ行ってしまった
生まれることのなかった双子の 同胞
ずっと一緒に生きてきたのに
*
言葉の添え木「別れ」
**************
学校での僕は死人だ。
正確に言えば『生きた屍体』
誰が言ったろう。言い得て妙だと思う。
それを聞いた時、僕は笑ってしまった。
ああ、僕のことをまだ認識してたんだと。
とっくに認識の外にあると思っていた。
見ていても見えていないそんな存在だと。
どうでもいい、本当にどうでもいい。
彼らにとって僕が無価値なように。
僕にとっても彼らは等しく無価値。
彼らが僕にどんな感情を持とうが持つまいが僕には関係ない。好きにするが好い。こちらも彼らに注意を向けてやる暇はない。僕には君がいる。君さえいれば好い。他はいらない。何も要らない。だから僕は学ぶ。君と二人だけでいられるように。他を必要としない二人だけの楽園を築く為。僕は彼らとの友情ごっこにかまけている暇はない――なのに、君は……
お別れだと君は言った。
なぜ、どうして――
僕は縋り付くように、君に懇願する。
嘘だと言ってくれと。
僕と君は別ち難い。生まれてこの方、ずっと一緒だった。何をするのも、どんな時も、運命を供にしてきたじゃないか。これからだって……
君は寂しげに微笑み、ただ黙って力なく首を振る。
僕が辛い時君が慰めてくれた。僕が責められる時、僕を庇ってくれたことだってあったじゃないか。
僕は君に感謝してる。いくら感謝してもしたりないくらいに。その恩を、僕はまだ君に返せてない。まだ何も君にしてあげられていない。
僕は君と離れたくない。だって君は……
それでも君は寂しげに首を振り、泣きそうな顔で微笑んで、お別れなんだと言う。
『私は行かなきゃ。別の場所へ。だから、次に生まれてきた時には仲良くして下さいね、兄さん』
そう言って君は何処かへ行ってしまった。誰も知らないどこか。手の届かないところへ、君は行ってしまった。
生まれることのなかった双子の同胞。
ずっと一緒に生きてきたのに。この同じ身体の中で。ずっとずっと一緒に、独りの二人で生きていく。そのつもりだったのに。僕を独り残していくなんて。僕は君がいなきゃ駄目なんだ。君がいなきゃ……、駄目なんだよ。
*
月日がどれ程流れようと。学校を出て社会に出て、厭々でも無理矢理でも他人との関わりを持って、愛想笑いと楽しくもない会話で日常を無駄に過ごしていても、いつまで経っても、どれだけ経っても、
「君が恋しいよ」
目の前にいる君にそう語り掛ける。
従兄の子供なんて。まだ言葉も話せないじゃないか。
君はいったい、僕をどれだけ待たせるつもりなんだい。
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三東 兼巳
憶病な少年
三東 水兎
生まれてこなかった双子の同胞