宵闇亭キ片「生還」
ゆっくりゆっくり落ちていく
落ちて落ちて落ち果てて
幾億の星々に看取られて
月の憐れみを背に受けて
ゆっくりゆっくり落ちていく
この世の果てのその果てまで
空を巡り山も川も海も目も呉れず
昼の陽に侮られ
夜の闇に嘲られ
落ちて落ちて
そして辿り着いた
たったひとつ
この広い宇宙の中で
ただ一つ
僕を許してくれる
君のいるこの小さな部屋
*
言葉の添え木「生還」
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小さな頃から落ちる夢をよく見る
階段から、屋上から、空から
何処からでもとにかく落ちる
落ちて落ちて、その都度僕は絶望を味わい
急加速で落ちるのに
意識はゆっくりで
じわりじわりと絶望を味わわされ続け
そして
いよいよ地面に激突――と云うところで目が覚める
それは凄く現実的な夢
本当に起こった事だと錯覚するほど
時間反復してるんじゃないかと本気で思ったこともある
もしくは予知夢じゃ……とか
でも現実で経験した墜落はそんなものじゃなかった
物理的に落ちたことはない
少なくとも夢以外に記憶はない
ある日突然、それまで僕の占めていた地所を失い
普通だったことが普通でなくなり
まるで僕は
人間という地位から蹴落とされ蟲か何かになったように
僕は学級の身分制からも追いやられて
人としての僕は存在を失った
それからはもう何をしても巧くいかない
勉強も人間関係も全て
暴力は受けなかった
その代わり徹底的に無視された
誰も彼もが僕を避けた
初対面の人までもが僕をいないものとして扱った
夢を見る
落ちる夢
何度も何度も
落ちる
始めは怖かった
今は、期待の方が大きい
このまま地面に叩き付けられたら
もう目醒めなくても良いんじゃないか
そんなふうに思う
けれどふと思う
なら現実に跳んでしまえば良いじゃないか
謂わば、何度も何度も練修してきたようなもの
跳ぶのは怖い
でももう、慣れている
さあ、今日こそは……
そして、目が覚める
また、夢だった
絶望の一日がまた始まる
*
そんな時だった
君と出合った
それは夢の中の出来事だったのかも知れない
もしかしたらそうじゃないのかもしれない
夢の中では数えきらないほど
現実ではおそらく初めて
学校の屋上から飛び降りようとした時
君がいた
優しく微笑んで
優しく抱きしめてくれた
アタシがいるよ
独りじゃないよ
僕は涙を流し
嗚咽を漏らし
言葉にならず
ぐしゃぐしゃな心で
君にお礼を言った
それから僕は跳ばなくなった
君はずっと傍にいてくれる
家でも学校でも
優しく微笑んで
優しく抱きしめてくれる
誰からも相手にされなくても
君がいる
それだけで僕は満たされる
僕はもう夢を見ない
*
もしかしたら、
目醒めるのも、目醒めてからも
僕の人生全てが夢なのかも知れない
それでも好い
ただ君が傍にいてくれるなら
全てが嘘であっても
それでも、僕は幸福でいられる
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務妻宏樹
全てに絶望した少年
安刈 悠李
死んでしまった少女、地縛霊