『家族サービス』

待ち合わせは上野公園。今日は家族とお出かけ。妻と二人の子供を連れ、上野動物園に向かう。
『家族サービス』というやつだ。日曜くらいはゆったり過ごしたいが、仕方がない。今はこれが私の仕事なのだから。日曜の動物園は流石に家族連れでいっぱいで、たまの休日に家族サービスで駆り出された、くたびれつつも幸せそうな父親たちと、目が合うような、合わないような、そんな感覚を覚える。テナガザルを指差し、屈託のない笑顔を向けてくる4歳の息子と対照的に、9歳になる娘は妻にピッタリとくっつき、私と目も合わせてくれない。これくらいの年になると、私に対して色々と思うこともあるのだろう。それでも、途中レストランで昼食をとったり、餌やり体験をしたりしながら園内を一周するのはそれなりに楽しく、あっという間に感じた。

帰り際、ギフトショップに立ち寄る。
「二人でお土産でも見てきなさい」
「はーい」
姉弟がぬいぐるみコーナーに消えていくのを確認して、妻が小声で私に話しかける。
「すいません、今のうちに。これ、中身を確認してください」
「…はい。半日お出かけプランの代金、確認しました」
「今日はありがとうございました。あの子たちも楽しそうでした」
「それなら良かったです」
「では、あの子たちとレジに並んでくるので、今日はこの辺で」
「本日は『家族サービス』をご利用いただき、ありがとうございました。またのご利用をお待ちしております」

3年前、交通事故で妻と2歳の娘を亡くした。仕事の都合がつかなかった私を置いて、妻が娘を車に乗せて帰省する道中でのことだった。もぬけの殻となった私は、あれほど精励してきた仕事もあっさり辞めた。無職になってしばらく経ち、虚ろな目で求人雑誌を眺めていると、『家族サービス(株)』という派遣会社を見つけた。仕事内容は、血縁もゆかりもない依頼主の家族のフリをして、要求された役割を遂行するというものだった。家族に対するトラウマと、何かしら仕事をして脳の容量を喰い潰さなければという焦りが拮抗し、最終的には後者に天秤が傾いて『家族サービス』に登録した。仕事を優先し、家族サービスを怠ってきたことへの悔悟の念もあったのだろう。
私のような30代の男への依頼は、シングルマザーの家庭の父親役が多い。
日曜日にシフトが入ったり、依頼主の子供に良い顔をされなかったりは日常茶飯事だし、もちろん、死んだ妻と娘への気持ちが晴れることもない。
だが、それらも全部割り切ってやっているつもりだ。
今はこれが私の仕事なのだから。


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