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【短編小説】上原のおじさんの別荘は山の中①
代々木上原に住んでいたおじさんが亡くなった。
享年91歳だった。
母のお兄さんにあたる人で、母には妹が四人いて五人姉妹なのだが、その五人姉妹の長男だったのが、上原のおじさんだ。ただし、おじさんだけは異母兄弟らしく、母親たち五人姉妹とは明らかに人種が異なる人だった。
にがみばしった二枚目で、映画スターみたいにいつも白いスーツに身を包み、ギャングみたいな白い帽子を被っていた。見た目は恐そうだが、とても優しくて、お小遣いは自前の大きな財布から一万円をとり出し、手掴みで渡してくれた。
「そんなにあげないでよ。まだ小学生よ」
母が文句を言う。だが、それで折れるおじさんではなかった。
「男は小さいうちから金の使い方を知らなきゃダメなんだよ。厳しい世の中、渡っていけやしねえぞ。いいな、その金、ちゃんと使うんだぞ。貯金なんかすんじゃねえぞ」
そんなことを言うおじさんは、当然のごとく金持ちだった。
だいたい都会の一等地の代々木上原に大きな家を持っているのだ。そんな親戚、他にいやしない。おじさん以外の親戚はうちも含めて皆、極々庶民的なサラリーマン家庭だ。
さらに驚いたことにおじさんは、長野の山奥に別荘を持っていた。その別荘もとても大きな別荘で、夏休みには親戚の子供たち十人くらいとその親たちが集まって、皆で泊まりにいくのがいつもの夏休みの習わしだった。
朝から山に入り、カブトムシをとった。バーベキューなんてのを知ったのもおじさんの別荘だった。夜の花火は楽しく、星空は見たこともないほど文字通り煌めいていた。
おじさんも別荘が大好きだった。野菜を作ったり、日曜大工をしたり、葉巻をくゆらし、お酒を呑んでいた。
だから、お葬式もその別荘で行われることになった。
癌で体を動かすのが厳しくなってから、おじさんはほとんどこの別荘で過ごしていたらしい。奥さんは十年ほど前に亡くなっていたが、身のまわりの世話をしてくれる人はいたという。どうやらそれは愛人さんらしいと言うのだ。長野の別荘に向かう途中の車の中で、その話を姉に聞いた。
「なんだか、ほんとに映画かドラマの世界の人みたいだね、愛人なんて」
「ミキ姉ちゃんに聞いてみようか」
ミキ姉ちゃんとは、おじさんの娘さんだ。このミキ姉ちゃんが、またとびきりの美人で、一時期、タレントになってテレビのクイズ番組のレポーターのようなことをやっていたのだが、ある日、それを突然やめて、レポーター時に興味をもった民俗学の勉強を本格的に学ぶため大学に入った。それから世界中に出向いてフィールドワークを行うようになり、今では大学教授となって本を出版したり、TVのコメンテータとなって弁舌爽やか、明るい印象が茶の間に受けたり、その活動は数多の人の知るところとなった。もう70歳近いはずだが、TVで見るミキ姉ちゃんは、いまだにあのきれいなミキ姉ちゃんのままだった。
僕は姉と二人でおじさんの葬式に参列した。
僕の家は両親と兄と姉と僕の五人家族だったが、両親と兄はすでに亡くなり、残ったのは僕と姉だけだった。そういう僕も還暦を過ぎて、二人ともいつのまにやら老境に身を置く年齢になっていた。(続く)