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伊助くんのこたえ探し2(教えてラッパーさん)

伊助くんは今日も部屋の真ん中のベンチに座っています。
今日は考え事をしている様子はありません。手に持ったスマートフォンをジィーッと覗き込んで小刻みに揺れながらニヤニヤしています。

猫のくまさんが伊助くんに近づき声をかけます。

「ニヤニヤしながら何を見てるの?」
 伊助くんは耳だけくまさんの方に向けながら応えます。
「MCバトルを見てるんだよ。」
「ヒップホップの人の罵り合いのやつ?」
「ちっちっち。くまさんわかってないね。罵り合いじゃないのよ。バトルなのこれは。ドゥーユーアンダスタン?」
「罵り合いとバトルは何が違うのさ?」
 聞いた自分が悪かったと言わんばかりに大きなあくびをしながらくまさんが尋ねます。
「うーん。罵り合いっていうと相手が悪い、おれが正しい、強い弱い、カッコ良いカッコよくないって相手を叩きのめし合うって感じじゃない?」

 伊助くんは一息ついてまた続けます。
「でもバトルはさ、叩き合いじゃなくてバトルなわけよ。攻撃があったら防御もあって、ぶつかり合った結果を評価されてジャッジが下されるわけ。スポーツみたいなもんと言ったらいいのかな?互いの力にリスペクトを持ってぶつかり合うっていうのかな。」

「ふーん。そうなんだ。じゃあおやすみ。」
「でも大事なことを伝えられていない気もするな。こうなったらラッパーさんに教えてもらおう。」
 伊助くんはそう言うとスッと立ち上がり、くまさんが「え、無理にはいいよ……」とそれとなく遠慮しているのも聞かずに呼びかけます。

「おーい!ラッパーさーん!いますかー?」
 ドゥンチャドゥンチャとリズムに乗ってラッパーさんが現れました。
「ワッツアップ?なんだってんだよブゥゥーラァー?」
 「こんにちはラッパーさん」と言って伊助くんは頭を下げます。
「頭なんか下げんじゃねぇよ!ブゥゥーラァー」

「MCバトルって罵り合いじゃなくて自分の力をぶつけ合うバトルですよね?」
「HUH?何言ってんだ?腑抜けたフロウかましてんじゃねぇよ。バトルは殺し合いに決まってんだろ。ユーノー?」
「殺し合いですか?」
「たりめーだ。おれたちゃキルするために磨いてんだスキル」
 飛び出すライムに伊助くんはおーっ!と思わず拍手して高鳴ります。
「目の前の相手ぶった斬る気がないのなんかお客さんはすぐに見切るぜ。観客は刺客。刺客まとめてオーバーキル。手に汗握るスリル。クスリよりもたまんねーぜこのフィール。リスクは承知さ聞き飽きるほどにな!」
 伊助くんはフゥー!と高々に手を挙げています。くまさんは向こう向いて寝てしまっています。
「何のために戦うんですか?」
「何のためにって言うか負けらんねぇのよ」
戦わなかったら負けないんじゃないかと伊助くんは思いましたがグッと言葉を飲み込みます。
「でも怖くないんですか?」
「だから磨いてんだスキル。好きだけじゃ超えられねぇ壁があるから。一撃必殺のパンチラインぶち込んでぶち破るためにな。そのギリギリ見えるあの高みにおれは行くぜ。Keep it realだピース。」

 ありがとう!と伊助くんはブゥゥーラァーと帰っていくラッパーさんを見送りくまさんの方に向き直ります。寝息をたてている柔らかな丸い物体を揺り起こします。

「ねぇくまさんわかったよ!MCバトルは殺し合いなんだよ。そのためにみんなマジでスキル磨いてんだ。」
「物騒だねぇそれは。なんでそんなことをやってるんだい?」
「ギリギリの高みにいくためだって!そのためにスキル磨いてパンチラインで好きだけじゃ超えられない壁をぶち破るんだよ」
「壁って?」
「しまったなぁ。それは聞いてないぞ。」
 おーいラッパーさーん!

「…………。」
 ドゥンチャカラカと帰っていったラッパーさんが戻ってくることはありませんでした。

「困ったなぁ。ラッパーさんたちの殺し合いの果てにある高みが何なのかわからないぞ。」
猫のくまさんは伸びをして顔を洗いながら、隣でワタワタしている伊助くんを落ち着かせます。
「でもそれはラッパーさんの人生だからね。」
「それもそうだね。」そう言って伊助くんは座りました。ふと考えてくまさんに質問します。
「でも気づけばさっきも知らないうちにラッパーさんに打ち負かされていたなぁ。僕の人生ってずっとこうなのかな?言いたいこと言えずに抱え込んで生きていくしかないのかなぁ?」
 そう言って伊助くんはおーいおいおいと声をあげて泣き出しました。くまさんはやれやれと前足でそっと伊助くんの手を取ります。
「いいかい?伊助くん。今ここにラッパーさんはいないよ。今きみが言い返せる相手は一人だけなんだよ。誰かわかるかい?」
「ひとりだけ?まさかくまさんじゃないし……。」
 ハッと気づいた様子の伊助くん。

「人生ってずっと自分とのMCバトルなんだね。今みたいに僕自身が自分をディスってきたら、ちゃんと真剣で言い負かすよ。その度にパンチラインを僕の人生に刻むんだ。」

「そうかい。人間って忙しいね。自分と戦い続けるなんて。」
 くまさんはやれやれとあくびをしてまた丸くなりました。

 伊助くんはあぁよかったよかったとか言いながらアニメを見始めました。

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