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伊助くんのこたえ探し6(誰がために山はある 後編)

 下りは登りよりも膝にかかる衝撃が大きいなぁと伊助くんは歩きながらに思います。あとは下るだけと思うと、ほんの少しだけ伊助くんは何でこんなことやってるんだろうと思ってしまうようです。
 その度に自分を諭しているみたいですが、下り坂で踏み締める足の足首がフラフラ不安定なように伊助くんの心もつられてあっちへ行ったりこっちへ行ったりしているようです。

 こまめに休みながら歩き続けます。険しい道のりが続き、登りはたくさんの人とすれ違ったのに今はほとんど誰ともすれ違いません。少し後ろを一人のおじいさんが歩いているだけです。もしかして上級者向けの険しい道を選んでしまったのではないかと伊助くんは不安になってきました。
 道を確認しようとスマホを取り出してみても未だ圏外のままなので確認のしようがありません。いつか看板か何かが出てくるはずと信じて歩きますがその気配はありません。見つけたベンチで一休みしてさらに三〇分ほど歩いたところで開けた道に出ました。伊助くんはやった!と小さく喜びます。

 念願の看板が見えたので伊助くんは正面に立ちしっかりと眺めます。しかしその看板は左右に矢印が分かれています。左にはゲート、右にはお寺の名前が書かれています。伊助くんはもう一度携帯を取り出してみますが役に立ちそうにありません。元気であればお寺も見てみようかななんて思える伊助くんですが、もうすでに迷いかけているのは何となく感じています。しかしゲートは本当にゲートなんだろうか?ゲートなんて通ってきた覚えはないしなぁ。そんなよくわからないことを考えています。

 ゲートに向かうべきかお寺に向かうべきか運命の二択に迫られている伊助くん。不意に後ろから声をかけられます。

「おーい。どこに行きたいんだ?」

 振り返ると唯一伊助くんと同じルートを下っていたお爺さんがいました。

「お寺の方か?門の方か?」

 そう問いかけるおじいさんに伊助くんは正直に答えます。

「どこに行きたいんでしょうか?僕は」

「どこから登ってきたんだ?」
おじいさんが全てを悟り駆け寄ってきて尋ねます。

 伊助くんは神社の隣の登山道から登ってきたことを伝えるとおじいさんはやっちまったかという顔をしています。
「おまえ、それは反対の入り口だぞ。この山はA市とB市に入り口があるけど、あんたが登ってきた方とは別のB市の入り口の方におるんだ。」
 お爺さんが伊助くんの現在地を教えてくれました。伊助くんは何てこったと頭を抱えます。
「A市に戻りたいなら三〇分ほど上がったところに分かれ道があっただろう?そこを左に行かんとかんのよ。」
 今からまたこの険しい道を三〇分も登る元気はない。伊助くんは途方に暮れました。
「……そうなんですか。」
「俺は門のところに車止めとるから駅まで送ってやろうか?」
「え?いいんですか?!」
 伊助くんは天の助けに感謝しました。
「……でも登山の途中ですよね?悪いからいいですよ。」
「ええわ。何回も登っとるし、今日は今度連れを呼ぶためにルート確認とかかる時間を計りに来ただけだから。」
記録だけさせてくれ、そう言っておじいさんは腕時計と看板をポケットから取り出したデジカメでパシャリと納めます。
「ほい。それじゃいくか」
 そう言っておじいさんはゲートの方へと歩き出しました。ゲートから来たのかおじいさんはと伊助くんは少しSF感を感じながら追いかけて隣を歩きます。

「ずっと気になっとったけど、山登りはそんなスニーカーじゃなくてこういう登山靴を履いた方がいいぞ。」
 おじいさんは伊助くんの足元を指さしながらいいます。
「このぐらいの低い山ならアルペンの五千円ぐらいの靴でいいけど、高さがある山行くには防水とかしっかりした良いやつ買うんだ。」
 ふむふむと伊助くんは頷き、頭の中にメモをします、
「スニーカーだと足首が固定されとらんからグニャグニャとふらつくだろう?こういう登山靴履くとだいぶ安定して楽だから。」
「そうなんだ。ありがとうございます。今度ちょっと買ってみます。」
「おう、上二つぐらいが紐引っ掛けるだけのやつの方が楽だぞ。」
「なるほど。」
「あと携帯かなんかで地図出しとったのか?」
「そうなんです。でもすぐに電波なくなって看板頼りに歩いてました。帰りのルートもしっかり調べてメモしないとダメでした。」
 おじいさんは胸ポケットから四角い何かを取り出しました。
「これがあると自分のいる場所の緯度と経度がわかる。緯度と経度が分かれば自分がある場所がすぐわかるだろう?」

「わかるもんなんですね。」
 伊助くんは身が引き締まる思いで聞いています。
「あとは同じものが家にあって、自分になんかあると自分の場所を知らせてくれるものがあるんだわ。」
 伊助くんは勉強になるなと思いながらも山の厳しさを改めて感じました。
「あとはこういうやつだな」
 そう言って手に持っているスキーのストックみたいな杖を掲げます。
「確かに。」伊助くんは頷きます。
「これがあると倒れそうになってもサッと前に出してバランスとれるんだわ。」
 頭がいっぱいになってきたところで、おじいさんがまとめてくれました。
「緯度と経度がわかるやつと、なんかあった時に家で現在地の緯度と経度をうけとるやつ、そしてこのストックみたいなやつ」
 これが三種の神器やなとおじいさんはまとめる。なるほど登山靴は三種の神器というかマストアイテムということか。そう思っているとゲートに辿り着きました。ゲートは伊助くんが思っているよりゲートでした。
 ゲートを抜けて林道を下っていく。しばらく進むと車がたくさん停まっています。
「昨日は近くに停めれんかったんだわ」
 そう言いながらおじいさんは歩き続けます。車に着くと乗りやすいように前出すから待っとれと言って車を動かしてくれました。人の優しさって凄いなぁと伊助くんは考えます。でも今日は体を動かしたからか頭でぐるぐる考えることはせず、凄いなぁと感じてありがとうと思って終わりました。
 車に乗せてもらってクラシック音楽を聴きながら車は進み始めます。
「どっかの企業が土地買い占めてでかいソーラー建てとんどわ。」
 そういっておじいさんが目線を送った先には広い敷地いっぱいにソーラーパネルが敷き詰められています。フェンスの上には有刺鉄線が張られていて監視カメラ24時間作動中の看板がそこかしこに付いている。
 頭の中で浅井健一が何やっとんの?と吐き捨てる。

最寄駅の近くの信号で降ろしてもらう。赤から青に変わる間に伊助くんは出来る限りのお礼を伝える。

温泉はこっち側にはないからもう良いかと、伊助くんは家路につきます。少し肌寒さを感じながら、そういえばご飯を食べていなかったなと唐揚げ定食を食べて帰りました。

「ただいまー」
 家についた伊助くんはくまさんに駆け寄ります。くまさんはあくびをして顔を洗いながらおかえりと迎え入れます。
「どうだった?」
 くまさんの問いかけに伊助くんは準備不足だったことを正直に打ち明け反省しました。
「でも山頂で食べたせんべいは美味しかったし、登山に必要な三種の神器を教えてもらったよ。」

 あとは体を動かすとね、感謝が出来るんだよと伊助くんは言いました。

「なんでだろうね?」

 伊助くんが問いかけますがくまさんは答えません。満足そうにまた丸くなっています。

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