書籍【世界はなぜ地獄になるのか】読了
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◎タイトル:世界はなぜ地獄になるのか
◎著者:橘 玲
◎出版社:小学館新書
今の時代「正義」という言葉が、ネガティブな意味に使われ始めている。なぜこんなことになってしまったのか。
問題はこの複雑化した社会だ。
かつて単純だった時代は、「正義と悪」という分かりやすい対立軸が存在していた。
正義こそ善であり、善悪がハッキリしていたのだ。
昭和の時代は、テレビ番組でも勧善懲悪が当たり前だった。
それがこの令和の時代では見る影もない。
悪人であっても複雑な葛藤を抱えていたり、善人であっても実は裏の顔があったり。
勧善懲悪はあまりにもファンタジー過ぎる。
実際にそんな悪人も善人も存在するはずないし、薄っぺらな物語よりは物語に厚みが出た方が良いに決まっている。
映画やドラマは世相を反映しているものだが、現実の世界こそ複雑化している故に、こういう作品が生まれてくるのだろうと思う。
世界が網の目のようにネットワークで繋がって、情報は瞬時に駆け巡るようになった。
テクノロジーは進化し続けていて、すでに一般人レベルでは、その仕組みまで理解することができなくなっている。
我々はインターネットやスマホの仕組みを知らなくても、操作はできる。
それで十分とも言えるが、一方で、リテラシーの欠如が、思わぬ不幸を呼んでいたりする。
仕組みを知らずして、リテラシーを高めるのはなかなか難しい。
複雑化されたものであっても、「ここは押さえておくべき」というポイントがあったりする。
せめてその重要ポイントを押さえたいと思うが、その見極めにすら一定のリテラシーが必要だ。
どこまで追いかけても陽炎のようにつかめなくて実態がない。
そうしている内にも、テクノロジーは進化して、益々世界は複雑化していく。
そんな中で生まれたものが「キャンセルカルチャー」というものだ。
カルチャーなのだから、文化なのだ。
テクノロジーの進化が、数々の新しい文化を生み出したのは事実だが、この文化はあまりにも暗く、救いがない。
インターネットとは、そもそも権力の一極集中を避けるために、分散化されていることが特徴だったはずだ。
一部が壊れても、ネットワーク全体としては動き続けられるようになっている。
つまり、「分散化」「民主化」が実は思想の根底にあるのだ。
しかし実態は、巨大なGAFAを生み出し、権力を集中させてしまった。
だからこそ、インターネットを民衆の手に取り戻そうと、様々な試みが行われているとも言える。
純粋に新しいテクノロジーを開発して、巨大企業に挑戦することは良いと思うが、それが出来るだけでもかなり恵まれている一部の人だけだ。
大半の人は、権力の前でしかたなく跪いて、言うことを黙って聞くしかない。
その状況に業を煮やし、生み出されてきたものがキャンセルカルチャーだと言えるのではないか。
「自由こそ保障されるべきだ」という正義が、あらゆる差別を許容できなくしたのだ。
もちろん、差別は無くすべきだ。
一方で、自分の考え、思考を表現することは、自由なはずだ。
「私はこう思う」と自由に発言ができる一方で、その一言が、もし社会から不適切と受け止められた場合、大きく炎上し、発言した人の社会的地位は一瞬で剥奪されてしまう。
ほとんど人の怨念と言ってもいいような感情の渦は、インターネットというテクノロジーの力を使って瞬時に増幅されるようになってしまった。
古来から、人の恨みは恐ろしいと言われてきたし、怨念を鎮めるために数々の祈りが捧げられてきた。
しかし現代になって、怨念がいとも簡単に表出するようになってしまった。
人間は、なんと恐ろしい物を作り出したのかと思ってしまう。
有名人であれば、たった一つの失言で、総袋叩きにされ、この社会から抹殺されてしまう。
有名人でなくても、クラスの中で嫌われたら。
会社の中で居場所を失くしたら。
その情報はネットワークの中で拡散されて、永遠に残ってしまう。
相互監視による無言の圧力で、我々は息をひそめて暮らしていくしかない。
目立ったら終わりだ。そして、キャンセルされたら、そこで人生終了なのだ。
これをディストピアと言わずして、何というのか。
キャンセルカルチャーは恐ろしい。
一生地雷を踏まずに、安全に生きていきたい。
一番はインターネットに接続しないのが正しいのかもしれない。
しかし、交通事故に合いたくないから家から一歩も出ないようなもので、現実的な回答とはとても思えない。
スマホも持たず、SNSにも触れずに生きていくことは現代社会では不可能と言える。
人類史で見てみれば、現代ほど安全な社会はないはずなのだ。
食べ物は安価に手に入り、日常で命の危険に晒されるということは、ほぼあり得ない。
自由に発言できるというのも、現代ならではの特徴と言える。
しかし息苦しい。この息苦しさに辛くなる時がある。
社会を上手に渡り歩いて生きていくのは、本当に難しい。
この時代を素晴しいと言えるかどうか。
結局は自分次第ということなのか。
世捨て人にはなれないのだから、キャンセルカルチャーを理解して、リテラシーを高めていくしかなさそうだ。
(2024/11/27水)