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【No.7】水の声 水泳部員をぶっち抜く帰宅部員の奇跡の物語

ある日、俺はいきなりの親父の仕事の手伝いである場所に連れて行かれた。
その場所はある財閥のマンション兼事務所といったところか?
何か理解しがたい不思議な場所だった。

商品を大量に運び、疲れたところで秘書の方がお茶を出してくれた。

そして、その後に表れたこの財閥の社長が親父になにか話し始めた。
ビジネスの話であろう。個人的にはどうでも良い話は聞かなかった。
そしてしばらくした頃、親父が俺を手招きして信じられないことを言うのだ。

親父『純、お前水泳好きだったな』
俺『ん? うん』
親父『会員制のプールあるから好きに泳げ』
俺『は?』
社長が会話に混ざりこむ。
社長『君が私のビジネスの最初のお客様だな』

意味が分からなかった。
帰りの車の中、俺は親父からその事を聞かされた。
結論から言ってしまえば、あの社長は室内プールを作った。
そのプールは会員制でお年寄りのスポーツの場にするというものだった。
慈善事業の一環である。
そこのお年寄り専用のプールで好きに泳げというものだった。
家から少し遠かったが、自転車で通えば一時間もあれば到着できる場所だった。

俺『明日から行っていいかな?』
親父『おう、行け行け!』

水泳の神様はこの迷える子羊の俺を見ていてくれたのかもしれない。
本気でそう思った。

お年寄り専用のプール。
でも、プールである事は変わりはなかった。

鈴木に勝ちたい。
新木の期待に答えたい。
校内水泳大会まで、後ちょうど一週間。
俺は本気で水泳大会に挑む事になる。


次の日から、俺は学校では禁止されていた自転車通学を始めた。
学校近くの駅まで自転車をこいで、そこから歩いて登校。
授業中は寝るか外と新木を見て過ごし、学校が終われば即座に自転車がある駅に向かい、そこからプールに向う。

睡眠はバッチリ。
体力温存200%強(笑)
完全に泳ぎに専念できる。
誰の指導も受ける必要もない、水の声との会話が楽しめる素晴らしい時間が俺には待っていた。

初日、そのプールに行くと、受付の女性に最初は不振がられたが、自分の名前を言ってすぐにOKだった。
『小川様ですね。オーナーから聞いております。どうぞ。』

小川様だって。 俺が何様かってね(笑)
俺はちょっと上機嫌だった。
しかしその上機嫌は一瞬で覆される。

プールが変な形だ。
流石は『老人用プール』
変に丸い。
いや。25メートルはあるのだが、角がなく、変に丸い。
尚且つ水がぬるい。
流石、慈善事業だ。
老人に優しいつくりであった。

贅沢を言ってる暇はない。
この間にも鈴木は着々と力をつけているに違いない。

俺は軽い準備体操をした後に、妙な形の生ぬるいプールで泳ぎ出した。

クロールを今以上に研究しない限り、例え水の声の指示があろうとも鈴木には勝てることは出来ないと思っていた。
そして、ヤニで汚れまくっていた肺を元に戻すためにはとにかく泳ぎ続けるしかない。
水の声よ、教えてくれ。
今以上に早くなるためにはどうすればいい?
しかし、水の声は思いもしない答えを俺に突きつけてきた。

『今の君ではあの人には勝てっこないよ』
俺『え?』
『今までと違う』
俺『何が?』
『全て』

俺は水の声が何を言ってるのか分からなかった。
水の声は続けて答えてくれた。

『私はあなたから離れない。でも、泳ぐ時のあなたの無心な心に私は話しかける』
水の声は続けて言ってくる。
『今、あなたには目標ができた。誰かの為に泳ぐ。私はその想いに力を貸す。でも、そのせいであなたは傷つかないだろうか? あの人は自分の力だけで戦う。あなたは私の力を使って闘う。フェアじゃない』
俺は逆に突っ込んだ。
俺『じゃ、何故この前の勝負であなたは焦った? それこそ俺と同じじゃないか?』
続けて言った。
『誰かの為に必死になっていけないのか?』
『それで傷つかない?』
俺『傷つく事なんかない。俺にはあなたの声が必要だ。水の中にいる時にだけ出会えるあなたの声が。』
『…わかったわ。』


この時の俺にはこの意味が良くわかっていなかった。
後に起こる事が、この時水の声という天女は知っていたから、あえてこんな事を聞いたのだろう。
しかし、俺もその時はまだまだ13歳の子供だった。
後の事など、何も考えていなかった。
そう。水の声はもっと深い意味の事を言っていたのだ。
それは、水泳大会当日に知る事になる。
その時は、目の前ことで精一杯だった。


『今日から大会までの私の指示は厳しいよ。覚悟は出来てる?』
俺『望むところだよ。俺、負けたくねぇ。初めてなんだ。何かに必死になるって』
『…わかったわ。ついてきてよ。』
俺と水の声の猛特訓が始まった。

俺はとにかく泳ぎ続けた。
無我夢中に、馬鹿が付くくらいに泳いだ。
水の声はいつも以上に全てにおいて指摘してくる。
何処をどうすればいいか。
水の流れを読むにはどうすればいいか。
何もかも、今まで自分が予想もしなかった指示をしてきた。

このプールの閉館時間まで俺は泳いでいた。
終わる頃には、指先がふやけるくらいだった。
疲れていた。でも、心地いい疲れだった。


翌日、学校で新木が俺の目の前に来てこういった。
新木『何で練習来ないの?』
俺は黙るしかなかった。
教えたら終わりだと思っていたからだ。
鈴木に知られては困る。
俺はあの日以来泳いでいないという事を周りを通じ、鈴木に知らしめる作戦を立てていた。

俺『最初に言ったろ? 練習になんか出ねぇって』
新木『小川君の泳ぎ見たいよ。みんなそう思ってるよ』
俺『面倒なんだよ。人からどうのこうの言われながら泳ぐのが』
新木『なんで?水の声は指示してくれるんでしょ?あの話は嘘だったの?』
俺『あれは嘘じゃねぇ。とにかく、今は何も言えねぇから』
新木『…』

新木は少し悲しそうな顔をしていた。
俺は後悔してしまった。
そんなつもりじゃないのに。

立て続けに鈴木も来る。
同じような事を聞かれ、答えに困る俺。
でも、俺は鈴木に対し、これだけは言った。
俺『お前に負けねぇ。本気で行くから』
鈴木はどことなくにこやかでいてくれた。
鈴木『俺も。負けないから。』

その後二人で大会まで話さない様にしようと決めた。
お互いに認め合う、これがライバルというものか?
どことなく良い様な悪いような…
例えようもない感覚だった。

そして、俺はその日も老人プールに通った。


つづく


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