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【No.10】水の声 水泳部員をぶっち抜く帰宅部員の奇跡の物語

夢の中

その夜俺は不思議な夢を見た。
それはとても悲しい夢だった。

小さな木造の家。表札には坂本とあった。
何処にでもあるかのような幸せそうな家族。
夫婦円満で、子供は二人。
一人目は男の子だ。ちょうど10歳くらいだろうか?
二人目は女の子。5、6歳くらいかな。
6畳一間の部屋で、ちょうど夕食を楽しんでいるところだった。
母親の背後にある棚の上には数多くのトロフィーやメダルが無造作に並んでいた。


場面が変わった。
室内プールだ。
ピッ、ピッと笛を吹く女性がいる。
先程の家族の母親だった。
ここはスイミングスクールだろうか?
恐らくこの女性の仕事場なのだろう。
この人も、生徒達も、とても楽しそうにしていた。
そこの生徒達に混じって、さっきの男の子がいる。
ふと脇を見ると父親と娘がガラス越しに見学している。

また場面が変わった。
暑い日差しの下のプール。
先程の女性だ。
スタート台に立ち、競技が始まった。
その泳ぎは、俺の泳法にそっくりだった。
周りが水中ドルフィンでいる中、この女性はバタ足泳法で水中を進んでいた。
水面に出てからのクロールのやり方も俺のとほぼそっくりだった。
その泳ぎは他に類を見ない『美しい泳ぎ』だった。
とても綺麗で、それでいてとても信じられないスピードで他を圧倒していた。
その女性は優勝し、メダルを手にしていた。
さっきの多くのトロフィーやメダルはこれだったのかと思った。


また場面が変わった。
…火事だ。
物凄い勢いで燃え盛る炎の中に小さな子供の影が二つ見える。
消防車がつき、水をかけようとしていたその時、さっきの女性が家の中に飛び込んでいった。
消防隊員たちはその姿を見るなり追いかけようとしたが、上司らしき人に止められる。
無謀だ。誰にだって分かる無謀さだった。


場面が変わった。
先程の家は全焼し、真っ黒に燃え尽きた木材からは白い煙や水蒸気が出ていた。
消防隊員たちが涙を流しながら黙祷を捧げていた。
黙祷している消防隊員たちの拳は震えるほどきつく握り締められ、何人かの手からは真っ赤な鮮血がにじんでいるようにも見えた。
父親は後から駆けつけたのか、スーツ姿で、泣いているのではなく、呆然とし、ひざまづいていた。

これは一体…?
その時だった。

『私の過去よ』
水の声だ。

俺はその声を聴いた瞬間、目が覚めた。
朝の光が窓に差し込んでいた。


つづく

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