【目印を見つけるノート】183. 「田子の浦」を現地で詠んでみたこと
きょうは朝から移動中です。
体温計やらココアやら除菌シートやら……OK。
富士川の辺りでしょう。
前にも書いたことがありますが、川だけは何となく把握しているのです。
まだ静岡側は冠雪していませんね。
⚫検証! 田子の浦
なぜ、富士山を撮りたくなるのでしょうね😃
とても不思議です。私がミーハー(古語?)だからというのはありますが、昔からそのような感覚はあるのですよね。
田子の浦ゆ 打ち出でてみれば 真白にそ
富士の高嶺に 雪は降りける
(山部赤人)
この句に記憶違いがないかとググりましたら
「現在地付近」と出ました。あ、偶然😁
そう、学生の頃、正月2日にこの句を検証したくて、行ってみたのです。
正月の2日に。
思いついたのが昼頃で、すぐ東海道線に乗りましたが、富士駅だったかな……結構時間がかかって着いた頃にはもう日が暮れかかっていました。駅前でタクシーの運転手さんに、
「あのう、田子の浦って歩いてどれぐらいかかりますか」
ギョッとする運転手さん。
「歩いたら結構あるよ」
そうか……と私はタクシーに乗ることにしました。
※当時は無鉄砲でしたが、自分の名誉のためにいうと、スマホも、個人で使えるGPSもない頃の話なのです。ということをご理解いただけると幸いです。
恥ずかしげに申し添えると、現地で地図を買う持ち合わせもなかったということですね😅
タクシーの運転手さんはとても心配していました。
「あそこに行っても何もないよ」
私は海岸に松原の図を想像していて、回りに店がないという意味だと思っていたので、
「ああ、そうですよね」と何気に流してしまいました。
「ここですよ」と運転手さんは車を止めて、まだ心配そうでした。私がお金を払って降りようとすると……。
「あそこに公衆電話があるから、帰るタクシーが来なかったらここに電話してください」と名刺を下さったのでした。
親切な方だなあとわたしは思い、海に向かって歩きだしましたが、すぐに辺り一面がオレンジ色であることに気がつきました。黒く浮かぶ建物群がすぐ前にあることも。
その一帯は工業地帯でした。
それでも平日ならば、工場が稼働していて人がいてもいい時間ですが……正月2日です。人っ子ひとりいやしません😭
私はとても怖くなりました。
恐らく、どなたでも心細くなります。
太鼓判です。
今はどうなのでしょう。変わっているかもしれません。
それでもここまで来たのだからと、無人の工場群を通り抜けて、真っ暗な海岸に出ました。遠くに高速道路のライトが見えたような、見えなかったような。私はつぶやきました。
田子の浦ゆ 打ち出でてみれば 真白にそ
富士の高嶺に 雪は降りける
雪は降っていませんでしたし、
富士の高嶺は当然見えませんでした。
私はその句をつぶやくともう他にすることがなく、来た道を戻り運転手さんから教えてもらった公衆電話ボックスにたどり着きました。運転手さんの言う通り、タクシーどころか車など1台も走っていません。
ふうとため息をついて、私は大学の先輩に電話をしました。
「先輩、あけましておめでとうございます」
「ああ、おめでとさん」
「先輩、私は今、田子の浦にいます」
「へえ」
「和歌を詠んできました」
「それは風流だねえ」
誰かに報告したかったのですね。
電話を切ると、私は道路に向き直りました。すると、目の前にタクシーがすっと止まりました。私は遅ればせながら手を上げて乗りこみます。
さっきの運転手さんの顔が見えました。
心配なので、待っていてくださったそうです。
😢
私は何度もお礼を言って、無事に帰途についたのでした。
〈教訓〉
・下調べはした方がいい
・忠告はきちんと聞いた方がいい
・お金は十分に持っていた方がいい
・昔のままであることの方が珍しい
今でもあの句を詠むと、オレンジ色が脳内に広がります。
⚫お籠りクラフトとばら
再掲ですが、単発では載せていなかったかな。このネックレスを持ってきました。
ばら、けさは水をあげてきました。
それではまた、ごひいきに。
おがたさわ
(尾方佐羽)
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?