【目印を見つけるノート】680. 感情も使いようで脳にはキャベツ
感情的にならないように、というのは自分でもそう思いますし、しばしば推奨されていますが、「使いような場合もあるな」ときのうのオリンピックを見ていて感じました。
自分のパフォーマンスや創造性を高める目的に限っては、使いようだと思います。
例えば、
ベートーヴェンが交響曲第三番『英雄』をナポレオンに捧げようと思って作ったけれど、ナポレオンが皇帝になったのを知って捧げるのをやめたというエピソードがあります。「人々の自由と平等の牽引役かと思ったら、これまでと同じ専制君主になるだけかよ」ということですね。
子どもの頃読んだ伝記にはベートーヴェンが怒って楽譜の表紙を破る挿し絵がありました。現在ではその話にもいろいろ説があるようですが、楽譜を消した跡があるのは事実です。https://wso-tokyo.jp/classic_fusetsusho_vol-3/
ベートーヴェンは感情の強い人でした。機嫌のよいときと悪いときの差が激しく、女性に幾度も熱烈な愛情を捧げていました。ですので世渡り上手の宮廷お抱えになるというような道はたどりませんでした。庇護者は常にいましたね。ただ、若い頃から家族の面倒を見るなど苦労人でしたし、後年はよく知られているように、耳が全く聴こえなくなるという困難にも遭いました。感情が立っていても、人の心に無頓着だったわけではないでしょう。
それらは自身の演奏や曲にストレートに映し出されているのではないかと私には思えます。外で攻撃的になるなどして発散するのではなく、自分の作品に最大限に生かしていたということです。
たとえ『英雄』を捧げるのを止めたとしても、それは素晴らしい曲で今日も残っているのです。
感情も使いようではないでしょうか。
それで素晴らしいものが生み出せるのならば。
カラヤン指揮、ベルリン交響楽団によるベートーヴェン交響曲第3番『英雄』
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今はブレイン・ストーミング的なことをしています。頭の中にあるものをわさわさ出していく作業。自分の頭の中に何があるのかというのは、意外と自分でも分からないものです。やってみると面白いですよ。そうですね、今よく浮かぶのは高校生のときの山川出版社の教科書の表紙ですね。
どうしてそこ?
紫がかった色でした。
資料探しに続いての、このような作業が好きです。
きのうはキャベツばかり食べていました。
脳にはキャベツが必要なようです(私の場合)。
もうすぐ書きはじめようと思います。
初めての国、初めての時代。
それでは、お読みくださってありがとうございます。
尾方佐羽
追伸 明日🎵