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極限報道7 第1章 不連続死 ■財界のドン 後藤田武士社長に取材

疑惑のすべてを認める


 朝夕デジタル新聞社会部の大神記者は3日後、経済部記者の柳田とカメラマンに同行して、東京・大手町の三友不動産本社を訪れた。

 3人は15階の社長室に案内された。広々とした社長室の中央に堂々とした大理石のテーブルが据えられ、クッションの効いたソファーが並んでいた。三友不動産側は後藤田武士社長のほかに、広報室長の桜木佳代が同席した。
 
 柳田が「今日は取材に応じていただきありがとうございます。しかも、社会部記者も同席で」と切り出すと、後藤田社長は「構わんよ。何を聞いてもらってもいい。桜木君にストップをかけられるまでは、私の知る限りのことは、できるだけ話そう」と応じた。

 後藤田は堂々たる体格で、威圧感を漂わせていた。深い刻みのある顔立ちは経済界の重鎮らしい貫禄を感じさせる。にこやかに笑みを浮かべるが、ふと相手の様子を窺うように見つめた時の眼差しには、一瞬で相手を射抜く冷徹さが潜んでいた。大神は無意識に背筋を伸ばしていた。
 
 三友不動産は財閥系の大企業だが、後藤田は50代初めに社長になり、M&Aを積極的に展開。売り上げを着実に伸ばし、盤石の社内体制を敷いていた。柳田による1か月前の「広告特集」は評判がよく、終始機嫌がよかった。一方、桜木室長の顔は強張っていて、相当緊張している様子だった。

 柳田のインタビューが始まった。
 「決断の瞬間」というのは、ぎりぎりまで追い詰められた時にトップが下した究極の決断について、その時の心境、決断した理由、その結果がどうなったかについて聞いていく企画だった。「今だから言える」というハラハラドキドキした緊迫の状況や失敗談をいかに引き出せるかがカギとなる。
 
 後藤田社長が「決断」のエピソードとして取り上げたのは、まさに港区赤坂の再開発に三友不動産がメインで関わることになった5年前のことだった。当時はまだ跡地利用について国や経済界で喧々諤々の議論がかわされていた。土地の所有者が複数いて議論百出、まとまる気配は全くなかった。そのうちに、海外の投資家が土地を買い占めようと動き出した。

 「混乱の極みに陥っていた時に大物政治家が俺のところにやってきて、『まとまった土地利用をしたい。そのために、後藤田さん、一肌脱いでくれ』と言われたんだ。会社の利益だけを考えればリスクは大きい。土地買収も難航していたしね。ただ、日本の将来のことを思うと、うちが手を挙げなければと悩んだ末に進出することを決めたんだ。やるからには世界一を目指そうと、土地活用についてのコンペを逆に提案した。うちの社も優秀な人材を集めて、精一杯斬新な案を考えた。なんとしても世界に誇れるものにしたかったんだ」
 
 「決断の決め手になったことはなんだったんですか」
 「大袈裟に聞こえるかもしれないが、日本を愛する気持ちかな。経済が低迷し、世界に誇れるものはアニメぐらい。国際的にも孤立に近い状態になってしまった。このすべてに落ち込んだ状態から抜け出し、日本が世界のリーダーになるために、先頭に立とうと思った。この場所を世界に誇れる象徴にしようと考えたんだ」

 「反対はなかったのですか」
 「ほかの役員はみな反対だった。『こんな開発に手を出したら会社が潰れる』と言う者までいた。『俺の方針に反対する奴は去れ』と役員会で啖呵きったよ。『敵は殺す』というのがもう1つの俺の信条だ。一度決めたら邪魔者は排除してでも突き進まなきゃ、社長なんかやっている意味ないだろう」

 「今の社長の発言は活字にすると誤解を招く恐れがあるので削除するか、表現を丸めてください」と桜木室長が割って入った。「わかりました」と柳田は同意した上で、「そうした経過を経て今や、世界から注目されるようになったわけですね。ミサイルによる爆破衝撃を緩和できるエネルギー反射バリア、通称エネーリアの開発計画は社長の発案ですか」と聞いた。

 「そうだ。今から開発するのであれば特長がなければならない。世界中の開発業者が注目するものを創造しようと考えたんだ。地震など災害対策は当たり前のことだ。さらに世界で最も求められていることはなにか。あちこちでミサイルが飛び交っている騒乱状態の中で、100%は無理でも、被害を最小限に食い止める都市作り、ビル建設を旗印にしたんだ。世界ではいろいろな研究所でバリアについての開発は進んでいる。後は実際の都市計画で生かしていくだけなのだ。国家事業として進めなければ金がもたない。防衛省とも相当掛け合ったよ」

 すでに1時間が経過していた。柳田が質問している間、大神は不思議な感覚にとらわれていた。流暢に話す後藤田の姿を見ながら、以前、どこかで会った気がしてならなかった。だが、思い出せない。勘違いかもしれない。

 柳田のインタビューが終わりに近づいた時、柳田が大神に目配せした。
 「それでは私の取材はこの辺で。これからは大神記者の質問に移させていただきます」
 大神が引き継いだ。「今の話の関連で2つほど質問させてください。『タワー・トウキョウ』はまるで『現代の要塞』のような印象を持ちました。首相官邸関係の施設とか防衛省は入居するのでしょうか。屈強なビル構造からすると、日本の防衛拠点の一つとして考えておられるのかと思ってお話を聞いていました」

「タワー・トウキョウ」は現代の要塞だ

 「いい質問だ。だが、残念なことに今は言えない。方向性は決まってはいるのだがね。秋に発表する段取りで進んでいるが、大神さんには少し前に連絡するよ。特ダネにしたらいい」

 「ありがとうございます。サイバーセキュリティ対策は万全なのでしょうか。そのバリアを張れば、サイバー攻撃にも耐えられるのでしょうか」
 「重要なポイントだが、これまで質問されたこともない。万全だと言っておこう。『現代の要塞』と言われたが、『近未来の要塞』なんだ。世界の中心になると言ってもいい。ゆくゆくは国連の組織が入ってもおかしくない。詳しい話ができないのが残念だ」

 「改めてお話を伺える日を楽しみにしています」と大神は言って本題に入った。「タレコミ」で指摘された内容、土地買収にあたっての暴力団の関与について質した。

 「関西の資産家の林一族との間の用地買収交渉ですが、暗礁に乗り上げた後、暴力団山手組系竹内組のフロント企業である『竹内興業』が相手側との交渉に乗り出した。しかし、話し合いが決裂すると、林一族側で交渉にあたった人物らに対して殴る蹴るの暴行を加え、大けがをさせた。さらに、竹内興業は三友不動産の関連会社からも着手金数千万円を受け取っていながら、別に金を要求し、1億円もの金を脅し取っている。傷害と恐喝事件。不動産業界トップの三友不動産の企業としての責任が問われる案件です」と言って、持っている情報をできるだけ詳しく話した。

 後藤田は腕を組み、目を閉じて聞いていた。大神の説明が終わった後もしばらく沈黙が続いた。部屋中に張り詰めた空気が流れた。大神が「事実関係に間違いないですね」と言おうとしたまさにその時だった。「今、君が言ったことは私も報告を受けているし正しい」。後藤田がゆっくりとした口調で言った。社のトップがあっさりと認めたことに大神は驚いた。

 「反社会的勢力に交渉を依頼したということを認めるのですね」
 「『暴力団だとは思わなかった』とか『関連会社が勝手にやったことだ』とかダメージを和らげたいところだが、そうはいきそうにないな。関連会社が暴力団を使った理由は、交渉期限が迫っていたにもかかわらず林一族が交渉に応じる気配がなかったというのが理由だ。林一族内で内紛があり、まとまらなかったらしい。だが、それで反社会的勢力を使うなんてとんでもないことだ。親会社の社長として謝罪するしかない」と言って頭を下げた。カメラマンがカメラのシャッターを切った。

 「交渉が決裂した後、暴力団は関連会社を脅して1億円を受け取っている。そんなお金を支払う道理はないはずなのになぜ渡したのですか」
 「関連会社の社長は、自分の裁量で暴力団を利用して失敗した。そして『暴力団を利用したということをばらすぞ』と逆に脅された。恐怖と不始末の発覚を恐れて金を支払ってしまった。裏社会に人脈があるとか自慢していても所詮は素人社長。暴力団に本気で脅されて、まともな判断ができなくなったのだろう」

 「警察には届けていないのはなぜですか。恐喝の被害者ではないですか」
 「暴力団との関係が明るみにでるのは企業イメージとして最悪だ。遅いと言われようが、今から警察に届けて、1億円についても返還請求の訴訟を起こす」

 「この件については記事にします。その際、社長のお話をコメントとして使わせていただきます」と念を押した。
 「構わんよ。すべて私の責任だ。ただ正確に頼むよ。再開発はこの問題以外でもいろいろと難題が噴出していてね。まあ、巨大プロジェクトなので計画通りにいかなくて当たり前なのだが。今回の問題も、新聞社に投げがあったわけだが、表面化するのは時間の問題だっただろう。早いうちに表に出した方がかえっていい。大変な痛手を被るがやむをえない」

 「私は『投げがあった』とは言っていませんが」
 「それは明らかだろう。これまで取材が入った形跡は全くないのに、社内でもごく少数の幹部しか知らない極秘事項の全容を一記者が把握している。社長である私が知らないこともあったぞ。内部からの告発があったとしか思えない」

 「社長はいつ報告を受けたのですか」
 「3か月ほど前だったかな。危機管理の担当役員から説明があった。君が今説明したのとほぼ同じだ。すぐに社内で徹底的に調べるように指示した。すでに中間報告がまとまっている。今は処分を含めて再発防止策を練っているところだ」

三友不動産では、社内調査がすでに行われていた

 黙って聞いていた桜木が口を開いた。「大神さんの話を聞いていて思ったのですが、当社の中間報告の内容がそのまま朝夕デジタル新聞に流れたのかもしれません。危機管理担当として責任を感じます。ところでいつ記事になるのですか。記事になれば報道機関からの問い合わせに答えなければならないので教えていただければ」
 
 「もう少し経過など細かい部分を取材してからになります。竹内組側に渡った正確な金額、1億円を脅し取られた時のやりとり、最後にどうやって関係を断ったのかなどの詳細を知りたいので、買収交渉を直接担当している責任者の方を紹介していただけませんか?」。厚かましいと思ったが言ってみた。
 「構わんよ。取材に応じる者を決めて桜木君から連絡させる」。後藤田はあっさりと言って、その場で桜木に指示した。

 「ところで話は変わるが、民自党の金子代議士の転落死については社会部はなにかつかんでいないか」と聞いてきた。柳田が言った通りの展開になった。
 「記事にした以上につかんでいることはありません。自殺なのか、事故なのか、あるいは事件なのか。警察も捜査中でまだ断定したという情報は入ってきていません」
 「まあ、誤っての転落か、自殺だろうな。建設工事中で、危ないところは確かにあった。あの後、危険な場所を探し出して急遽、柵を付けたよ。世界各地から見学希望者が次々にやってくるので、二度とこんなことがあってはならない。金子代議士は見学会に参加する直前に、1階に設けてある現地事務所に立ち寄ってくれて、私としばらく話したんだ」

 「社長も見学会に同行したのですか?」
 「現地事務所には行っていた。見学者全員を対象にした全体説明会の冒頭でお決まりの挨拶をしただけだ。見学には同行していない」
 「社長は金子代議士を以前からよく知っていたのですか」
 「もちろん。熱心な勉強家でね。好奇心も旺盛。行動力もあった。将来、国を引っ張ってくれる人材だと期待していた。再開発もバックアップしてくれていた。だからとても残念でならない」。ため息をもらした後、「また警察の見方など新しい情報が入れば教えてくれ」と言った。

 大神は、「警察情報は発表前にお伝えするわけには……」と言いかけたが、柳田が先に「わかりました」と元気よく答えていた。

(次回は、第2章 謎のシンクタンク ■AI戦争に巨額出費)





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