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極限報道4 第1章 不連続死 ■代議士が転落死

ミサイルからビルを守る「エネルギー反射バリア」

     
 大神由希は、港区赤坂の高層ビルの展望台に立った。

そこから、官民合同で進められている一帯の大規模再開発予定地の全貌が一望できた。10以上ある巨大なクレーンが所狭しと並び、いっぱいに伸ばしたアームがゆっくりと動いている。

 「広いなー」と思わず声がでた。開発され尽くされたと思っていた都心の一等地のビル街にぽっかりと広がる空間。この一角の用地買収をめぐる疑惑について書かれたタレコミを読んだのが昨日。現場の様子をまずは自分の目で確認したくなり、早朝、自宅から直行した。
 
 20ヘクタールの広大な土地は、5年前まではどのように活用するのか決まっていなかったため、更地も同然だった。野球場やサッカー場などのスポーツ施設の建設案などが浮かんでは消えた。結局、スポーツ競技場の話は消え、敷地の中央に、完成すれば世界でもトップの高さを誇る「タワー・トウキョウ」が建設されることになった。

 企業や国の出先機関のオフィス、展示場、ホテル、レストランが入居する。すでに3分の2ほどの高さまでは完成しており、さらにその上を積み重ねていく工事が急ピッチで進んでいる。その横に国際会議場を中心としたエリアが広がり、囲むように大劇場、商業施設が立ち並ぶ。南地区は高層マンション群、北地区はニューヨークのセントラルパークを意識した都市公園の整備が進んでいる。

 開発費用として投下される資金総額は5兆円と言われている。第1期の街開きは2年後。すべてが完成するのは7年後の予定だ。最先端の技術を駆使して建設される未来都市に世界が注目している。特に、各国の国家機関、建築家、軍事関係者らが重大な関心を寄せているのが、「タワー・トウキョウ」だった。

 ミサイルが飛んできても最小限の被害で食い止める「エネルギー反射バリア」(エネーリア)がボタン1つでビルを包み込む構造になるという発表があったからだ。シェルターは地中深いところと相場が決まっているが、地上に高く突き出た建造物が短時間でシェルターに変貌するという触れ込みだった。このシステムは防衛省が責任を持ってあたる「国家プロジェクト」という位置づけで進められ、詳細については「最高機密」になっていた。
 

世界が注目する最新鋭の未来都市が誕生する

 土地は国有地のほか、三友不動産など民間企業が参加する大都市開発振興機構の所有となっている。民間企業側の幹事社は三友不動産があたり、大手の電力、ガス、ゼネコン、鉄道会社など10社の大企業が参加している。民間地区全体を5ブロックに分けて、各社がそれぞれに責任を持って開発を進めている。そして東部の一角が「タレコミ」にあった関西の資産家一族が所有する問題の土地だ。三友不動産の責任エリアで、「都市公園」を整備する地区にあり、水族館の一部が入る。ここだけはまだ、用地買収が済んでいない。
 
 全体構想は、これまで何度もメディアで取り上げられてきた。三友不動産も大都市開発振興機構も積極的に宣伝してきた。大神も事前に広報担当者に連絡しておけば、敷地内の見学について便宜を図ってもらえただろうが、1か月ほど先になることが予想されていたことから、この日は、展望台から全体を見渡してから敷地を囲む高さ5メートルの柵の外周を歩いて一周することにしていた。

 高層ビルから降りて、歩いて開発予定地に向かった。柵が数キロメートルにわたって続いている。出入り口は東南北に計3か所作られ、トラックや関係者の車がひっきりなしに行き交う。北門付近に着いたところ、サイレンを鳴らしたパトカーや救急車が相次いでやってきて、敷地の中に入っていった。

 門は開きっぱなしになっており、外から敷地内の様子を覗いてみた。500メートルほど先に建設中の「タワー・トウキョウ」があり、正面入り口周辺に人だかりができているのが確認できた。北門横の受付を兼ねた警備室を覗いたが誰もいない。「タワー・トウキョウ」で何かが起き、警備員もそちらに向かったのだろう。最も考えられるのは、工事現場でけが人がでたケースだ。それにしてはパトカーが少なくとも3台駆け付けるというのは多い気がしたし、今でも遠くからサイレンを鳴らしてパトカーが近づいてきている。

 大神は関係者を装い、何気ない様子で北門を通過し敷地の中に入っていった。もし誰かに呼び止められたら記者であることを話して、「取材ですが、なにか」とさらっと言えばいい。それでも出て行くように言われれば、従うだけだ。幸いなことに誰にも呼び止められることはなく、「タワー・トウキョウ」の建設現場まで行くことができた。なにやらあわただしくなっていた。非常線が張られ、制服姿の警察官が走り回っていた。緊急事態が発生したのは間違いなさそうだ。

 「あまり近づかないようにしてください」。非常線の内側で、作業用のグレーの制服を着た男が、「なにごとか」と集まってきたほかのエリアの工事関係者たちに声をかけて近づかないように注意していた。大神はその男に近づき、直接聞いた。
 「何があったのですか。事件ですか。パトカーが続々と駆け付けていますが」
 「建築中のビルから人が転落したんだ」
 「工事中の事故ですか?」
 「いや」と言った後、男は大神の顔を改めてじっと見ると、「どちらの方ですか?」と聞いた。

 「朝夕デジタル新聞の記者の大神です」と言いながら、名刺を渡した。
 「記者さんですか。現場到着が早いですね。通報してついさっき警察が着いたばかりですよ」と驚いた様子を見せた。
 「私は別の取材で来たのですが、パトカーとか救急車が走り回っているので何があったのだろうかと思って来ました。転落された方は亡くなられてしまったのですか」
 「即死ですね」

 「そうなんですか。亡くなられた方のお名前はわかっているのですか」
 「今日は政財界の人を招いての建設現場の見学会でしたが、参加した1人が転落したようです。体がひどく損壊していて、転落に間違いないでしょう。誰が亡くなったのかは、はっきりしてから発表があると思いますよ」。とても気さくに状況を話してくれた。
 「誤って転落なんてあるのでしょうか」
 「まだ状況がよくわからないんです。とにかく見学会の途中で1人の姿が見えなくなったが、みな急用で帰ったのではと思ったようです」と男が言った。
 
 「現場についてとても詳しいですね。よろしければ名刺をいただけませんか」と言ってみた。「あっ、すみません」と言って、男はポケットを探って名刺を取り出した。
 「三友不動産都市計画課長 田森翼」と書かれていた。30代後半ぐらいの感じだった。
 「三友不動産の方でしたか」
 
 「そうです。建築現場の責任者をしております。間もなく本社の幹部がやってくるので、その案内をするために、ここで待っているところです」。そう田森が言ったところで、黒塗りの車が2台、タワーに近づいてきた。
 「あっ、ちょうど来ました。うちの社の役員と上司の都市開発本部長です。それではこれで」。田森はぺこんと頭を下げて、ビルの正面前に止まった車に向かって走っていった。
 
 「丁寧な取材対応、ありがとうございました」。大神は田森の背中に向かって声をかけた。三友不動産の現場責任者の課長と名刺交換できるとは。全く予想もしない出会いだったが、取材しようとしていた用地買収の疑惑についても知っているような気がしてならなかった。「後日、連絡してみよう」。「田森翼」の名刺を大事にしまった。

 大神は携帯で社会部の井上遊軍キャップに電話をした。
 「港区赤坂周辺の再開発地区で転落死亡事故がありました」。井上キャップは電話の向こうで驚いたようだった。
 「早速タレコミの現場を見に行ったのか。行動が早いな。しかも突発的な事故に出くわすとは、大神らしいな。今警視庁クラブから一報が入ったところだ」

建設中のビルから転落死したのは代議士だった

 「亡くなった人は誰ですか」
 「民自党でも期待の星の金子康太代議士だ」
 「えっ、金子代議士ですか」
 「そうだ。誤って転落したのか、自殺なのか、あるいは、事件なのかまだ何もわかっていない。現場の様子はどうだ」

 「警察の人の数は増えていっています。初動捜査を徹底しようとしているのではないでしょうか。今日は政財界の人を招いての見学会があり、金子代議士も参加していて途中で姿が見えなくなったようです」
 「姿が見えなくなった? 誰も捜さなかったのか」
 「捜したけど見つからなかったようです。だから、『急用ができて先に帰ったと思った』と現場の責任者は言っていました」
 「そうか。そのデータは欲しいな。見学会と途中で姿が見えなくなったくだりを原稿にして送ってくれないか」
 「了解です。すぐ送ります」

 「それにしても昨日はIT業界の風雲児、伊藤社長、今日は金子代議士。ビッグネームの死が続くな。まさか転落も事件ではないだろうな。これ以上、忙しくなるのはごめんこうむりたい。事件でないことを祈るよ。ただ、大神がそこにいるというだけで事件のような気がしてしまうな」
 「そんな、『事件持ち』みたいに言わないでください。原稿、すぐ送ります」

 井上キャップは大神について、「引きが強い記者だな」と感心していた。事件である確証は今のところない。だが、偶然とはいえ、大きなニュースの現場に出くわす。それこそが、「事件持ち」であり、「スクープ記者」の真骨頂なのだ。

 大神は原稿と現場の写真をパソコンで送った後、見学会の情報を警視庁ボックスにも連絡した。間もなく警察回りの若手記者が到着したので状況を説明して引き継いだ。転落事故の現場を離れ、そのまま敷地の中を通って東方向の関西の資産家一族が未だに所有する場所に歩いて行った。

 1人で立ってみた。草が茫々と生えていた。風が吹き晒しで、大神の肩まで届く長い髪がたなびいた。視界に入る風景はどこにでもある荒地でしかないが、その水面下でどれだけの人間の欲と欲がぶつかり合ってきたのか。告発文にも、資産家一族の中でも訴訟合戦が繰り広げられてきたとある。暴力団も暗躍したとされる土地は、近い将来、最新鋭の建築工学を駆使した「未来都市」に変貌する。この土地が歩んできた歴史と未来に思いを巡らすだけでも興味は尽きず、時間が経つのを忘れてしまっていた。

(次回は、■内閣支持率10% 与党分裂か)


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