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極限報道12 第2章 謎のシンクタンク ■暴力団が反撃食らう
都市開発本部長に取材
三友不動産の広報室長桜木佳代から大神のスマホに電話がかかってきた。取材を申し入れていた都市開発本部長の渡辺健が海外出張から帰ってきたので、取材を受けることができるという連絡だった。
渡辺都市開発本部長への取材には、もうひとり、橋詰圭一郎が一緒に行くことになった。「勘弁してくださいよ、大神先輩。あまり振り回さないでください。結局、伊藤社長殺人事件の取材チームに入ることになってしまった。『調査報道班』は開店休業状態でいいんですか。水面下に潜ってキャンペーンの端緒を探すのは目立たないけど重要なことだと思うんですがどうなんですか」
「伊藤社長殺人事件は根が深そうで、調査報道の手法も必要だと思う。確かに調査報道のネタ探しも大事だよね。でも君の実力をもってすれば同時並行で両方ともやれるでしょ。期待しているわよ」
「俺は大神先輩と違うから。1日は24時間しかないんですよ。先輩みたいに同時にいっぱいテーマを抱えてどうするんですか。ほかの記者も同じと思わないでほしいんですけど」
「うるさいな、文句多すぎ。とにかく私が橋詰君を指名したんじゃない。遊軍キャップの井上さんのご指名なんだから」
「わかりましたよ。行きますよ。それにしても、伊藤社長殺人事件の関係ならともかく、何で今、用地買収疑惑の取材なんですか? 井上キャップから関係資料を見せてもらいましたけど、後に回しても腐るネタではないでしょう。意味わからないですよ」
「それがまんざら関係ないとも言えなくなってきたのよ」。大神はわざと思わせぶりに言った。
「どういうことですか?」
「殺された伊藤社長と転落死した金子代議士との間につながりがあったことがわかってきた。伊藤社長は金子代議士に巨額の献金をするなど支援者の1人だった。そして伊藤社長が顧問をしていた『日本防衛戦略研究所』が主催するパーティに、金子代議士が出席して挨拶していた。結びつくでしょ。匂わない? その金子代議士が転落死したのは三友不動産が施主になって建設中の世界に誇る『タワー・トウキョウ』。三友不動産もなんらかの関わりがあるのかもしれない」
「ほー」。愚痴の多い橋詰が真剣な表情に変わった。
「金子代議士とのつながりは興味深いですね。取材を深めていく価値はありそうだな。でも、『防衛戦略研』と三友不動産関係の用地買収疑惑とはさすがに関係ないのでは? 今日の取材は用地買収の方ですよね」
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「まあね。でもどこで結びつくかわからないでしょ。取材していけば何かが出てくるものよ。私に任せて。さあ、行きましょう」
「何かが出てくるって、その楽観的な見通しはどこから来るんですかね。意味わかんねー」
三友不動産の会議室。都市開発本部長・渡辺健は紳士然としていた。もう1人、広報室長の桜木佳代が同席した。
「港区赤坂周辺の再開発における土地買収についてですが、とても複雑でなかなか一口で説明できないのです」と渡辺が言うと、桜木が続いた。「こちらも今社内で調査チームを結成して調べているところです。もう朝夕デジタル新聞さんは取材を詰めておられるようなので、今日はこちらから一から説明するのではなく、質問に答えるという形で進めていただけないでしょうか」
大神は「しまった」と思った。伊藤社長殺人事件関連の取材に追われ、用地買収疑惑については後回しにしていた。都市開発本部長から詳しい説明があるものと勝手に思い込み、それを受けて疑問点について質問していけばいいと思い、十分な準備を怠っていた。
「出たとこ勝負でいくしかない」と思った矢先、橋詰が「わかりました。それでは順を追って質問させてもらいます」と切り出した。
「おさらいになりますが、再開発地域の土地の買収がすべて終わらないうちに開発が始まった。それ自体異例のことですが、行き詰まった用地買収交渉を打開するために、暴力団を利用して一気に終わらせようとした。ここまではいいですか」。てきぱきと資料も見ずに、橋詰が概略を説明した後に次々に質問を繰り出していった。大神は驚いて橋詰の顔を見た。橋詰はしっかりと資料を読み込んでいたのだ。普段は「勘弁してください」が口癖で消極的な姿勢を見せるが、事前の準備は怠らず、大事な局面になると本気を出すのだと感心した。
「暴力団に任せたわけではありません。交渉を専門とする会社です」と渡辺。
「竹内興業は暴力団の息がかかった会社なんですよ。具体的には、暴力団竹内組のフロント企業。なぜ、この会社と交渉の委託契約を結んだのですか? 誰の判断ですか?」
「グループ企業である三友不動産開発社長の判断です。土地所有者との買収交渉が進まないことは、赤坂周辺の再開発事業に参加するすべての企業が出席した全体会議でも問題になった。親会社である三友不動産の後藤田社長の責任まで問われかねない状況にさらされて焦って、知人に紹介してもらった交渉専門の会社に連絡をとった。その会社は『1か月で決着させる』と言ったために、契約してしまったと聞いています」
「しかし、口ばっかりでうまくいかなかった」
「会社のやり方があまりにも荒っぽく、かえって土地所有者を頑なにさせてしまったのはご存じの通りです。膠着状態が続くことになりました」
「その後はどうなったのですか。竹内興業が一方的に交渉打ち切りを宣言したのですか?」。ここからは大神が質問した。
「それが――」。開発本部長はしばらく言いよどんでいたが意を決したように話し始めた。
「竹内興業はいきなり理由も言わずに交渉の現場から手を引くことになったのです。驚いた三友不動産開発社長が資産家一族に確認したところ、竹内興業の関係者が全く別の男たちに叩きのめされたらしいのです」
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「竹内興業が叩きのめされた? どういうことですか。暴力団同士の争いになったのですか。詳しく説明してください」
「それが、よくわからないのです」と渡辺が言うと、橋詰が詰め寄った。
「別のグループとはどこですか。一体誰が依頼したのですか。流れからすると資産家一族になりますね」
「資産家一族は依頼したことを否定しています。狐につままれた感じが今でも続いています」
以後はいくら聞いても「わからない」「知らない」しか返ってこなかった。
「これ以上はノーコメントにしてください」と桜木広報室長が突然、割って入った。「現在、社内で調査中なのです。中途半端な記事を書かれるとダメージが倍になります。できたら調査が終わるまで待ってほしいのですが」
「調査終了はいつごろが目途ですか」。大神が聞いた。
「まあ、あと3か月ぐらいですか。もっとかかるかもしれません」
「それは了解できません。後藤田社長にも話をあてて、大筋、認めてもらっています。そこまできて、記事にしないということはあり得ません。それこそ、書けるだけの情報を知りながら、書かなかったということになる。それは読者への裏切りです」。しばらくやりとりが続いた。
「わかりました。勝手にしてください。近日中に記事になるのですね」と桜木が聞いた。「これからは関係先に総当たりしていきます。その取材の経過にもよりますが1週間以内には記事にしたいと考えています」。そう言った後、大神は最も聞きたいことをずばりとあてた。
「『日本防衛戦略研究所』、略して『防衛戦略研』という会社をご存じですか?」
「いえ、私は聞いたことがありません」と渡辺が答えて、桜木の方を見て「知ってる?」と聞いた。
桜木は不審な表情を浮かべ、「それが何か?。今回の取材とどういう関係があるのですか」と言った。
「関係があるかないかはまだわかりません。ただ、いろいろなところで名前がでてくるので伺ったまでです」と言うと、「名前を聞いたことがあるぐらいで、どんな団体で何をしているところなのかは知りません」と桜木は答えた。「わかりました。ご存じなかったらいいです」と大神は取材を打ち切った。
帰りのタクシーの中で、橋詰が言った。「『防衛戦略研究所』について、都市開発本部長は本当に知らないようだったけど、広報室長はその言葉を聞いたとたんに表情がみるみる険しくなった。本当は詳しく知っているのではないですかね」
大神も同じことを考えていた。