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極限報道11 第2章 謎のシンクタンク ■防衛戦略研 設立趣意書

大神、舞踏会の招待状を受け取る


 大神は、惨殺された伊藤青磁の家で、妻亜紀から話を聞いた。青磁は、「日本防衛戦略研究所」(防衛戦略研)の顧問を務めていた。そして、亜紀も「防衛戦略研」のことを知っているという。

 「青磁さんが「防衛戦略研」に入会したのは、そもそも誰から誘われたのですか?」
 「知らないわ、というか忘れた」
 「どのような活動をしているのですか」
 「名前の通り、日本の防衛について研究しているところじゃないの? 詳しいことは私にはわからない。聞いてもいないしね。そうそう、『防衛戦略研』主催の舞踏会には主人と参加したことがあるわ。それと主人が残した資料の中に関係する書類もあるはずよ。主人の荷物は今、執事が仕分けしているところなの」

 そう言うと、亜紀夫人はすぐに机の上の専用電話の短縮番号を押した。同じマンションの上の階の部屋にいた執事につながった。その部屋は、伊藤社長が仕事用に使っていたという。

 「そこに確か、『防衛戦略研』の関係書類があるでしょ。持ってきて。まとまっていなくてもいいから。今、ここに新聞記者が来ているの。発表するのよ。だからすぐに持ってきて」。そう言うだけ言って通話を切った。
「まだ、書類の整理はできていないようね。でも発表するから、と言っておいたから」
 
 「発表ですか?」
 「そうよ。といっても記者は大神さん1人だったわね」と言うなり「ハハハ」と笑った。
 「舞踏会はどんな感じでしたか?」
 「なんだか秘密会のようだったわ。ほとんどの人が仮面を被っていたし」
 「仮面ですか」
 大神は驚いた。いろいろな立場の人がいる。防衛に関してもいろいろな意見が飛び交っている。だが、仮面をつける必要はないのではないか。参加はするが自分の身元を明かしたくない人物が多いということなのだろうか。

 「どんな名目で開かれた舞踏会なのですか」
 「資金面で援助している人に年に1度のパーティで楽しんでもらおうという趣旨だと思うけど。また多額の寄付をよろしくという意味合いがあるのでしょう」
 「仮面をつけていない人で記憶に残っている人はいませんでしたか」
 「うーんと、忘れたわ」
 「金子代議士は参加していませんでしたか?」
 「あっ、いた、いた。金子さんは仮面をつけずに挨拶していたわ。やっぱり政治家は顔を売らないと。票も金も欲しいのに顔を隠していたらなんにもならないわよね。主人が応援していたわ。献金もいっぱいしたはずよ。パーティ券なんかもまとめて買ってあげていたわ。とても感じのいい人だった。確か、ビルから飛び降りて自殺したんだっけ」
 「自殺かどうかはまだ確定していません」
 
 「そういえば、思い出した。競泳の遠藤駿選手がいた。なかなかのイケメン。次のオリンピックでメダルが期待されていてとても格好よかった」。遠藤は来賓として挨拶に立ったという。
 「そうだ」。夫人が手を叩いて、自分の机に戻り抽斗をかきまぜた。封筒の束をいくつも持ってきた。
 「今度舞踏会があるのよ。えっと、これこれ」。夫人が一番地味な封筒を取り出して大神に渡した。

舞踏会のご案内
伊藤青磁さま
伊藤亜紀さま

6月11日(日)午後7時より
城香寺邸(世田谷区)にて
年に度のお楽しみ会への出席をよろしくお願い致します。

日本防衛戦略研究所 常務取締役 権藤 洋介

 シンプルな招待状が2枚あった。 
 「あなた、そんなに『防衛戦略研』に興味があるなら、舞踏会に行ってみたら」
 「でもこれは社長と亜紀さん宛ですよ。私は寄付もしていないし」
 「いいのよ、関係ない。主人が亡くなる前に届いたの。2人で出席と返事を出したけど、私はこの日、軽井沢に行く用事があって行けないから。受付でこのカードを渡せば入れるわ。あなたは私に成り代わって入ればいいのよ。もう1人は友人とでも言えば大丈夫。会社の人か彼氏にでも付いて来てもらったらいいのよ」。突然、夫人がにやにやしだして言った。「この舞踏会、普通と違うって言ったでしょ」

ミステリアスなパーティの招待状は2枚あった

 「なんでしたっけ」
 「頭悪いわね。もう忘れたの? 仮装なのよ。仮面をつけなければいけないの。仮面を持っている?」
 「持っていません。お祭りとかで売っているものとか、能面ぐらいしか思い浮かびません」
 「私の仮面を貸してあげるわ。ドレスをきちんと着ていくのよ」。そう言うと、夫人は棚に飾ってある仮面を2つ取り外して持ってきた。男性用と思われるものは地味だったが、婦人用は黄金色で相当派手だった。

 「これをつけるんですか。やっぱり奥様に成り代わって出席するのは抵抗があります。ダンスも踊れませんし。やめておきます」
 「あなたは度胸も勇気もないつまらない人ね。若いのだから冒険しなきゃ。ダンスは踊らなくていいのよ。普通の晩さん会と思えばいいから。まあ、その招待状と仮面は持って帰りなさい。気が変わるかもしれないでしょ」

 ドアが開く音がした。初老の執事が段ボール箱を2つ、カートに積んで運んできた。段ボール箱には、マジックで「防衛戦略研・関係資料」と書かれていた。
 「こちらは社会部の敏腕記者らしい大神さん。『防衛戦略研』に関心があるんだって。主人からなにか聞いている?」。夫人が執事に大神を紹介しながら聞いた。
 「『防衛戦略研』ですね。社長は本業とは関係がないのに相当、振り回されていましたね」

 「といいますと」。大神が尋ねた。
 「亡くなられる前の半年ほどは頻繁に会合などに呼び出されていたのです。顧問でしたが、肩書以上のことをやらされていると嘆いていました。さらに、立場が上がってこれからもっと忙しくなりそうだと困った顔をされていました」
 「顧問ということですが、具体的には何をしていたのでしょうか」
 「わかりません。私は社長が時々愚痴ったりするのを聞くだけですから」
 大神はいろいろと聞いてみたが、執事は具体的な内容についてはなにも聞いていないようだった。「それでは私は作業が残っていますのでこれで」と言って出て行った。段ボール箱の中には、資料類が乱雑に積まれていた。

 「これをみんな見てもいいのですか」
 「どうぞ。主人が生きていれば許さなかったと思うけど、もういないし」。そう言うと目に涙を溜めた。大神は資料に目を通し、重要と思われる書類をチェックしていった。その間中、夫人は容疑者として名指しした人物たちを強い口調で批判し続けていた。
 夫人は巨額の遺産を手にする。会社のオーナーとして君臨し、大株主としての配当収入だけで巨万の富が流れ込んでくる。しかし、資産についての関心は薄く、なにより犯人逮捕に懸命だ。犯人が逮捕されるならば、財産のすべてを投げ出してもいいという。

 「心底愛していたのだな」と実感した。一途なのだ。いつもド派手な服装をして、ちょっと抜けているところもあるが、裏表はない。ただ、調子のよさは危ないなと思った。人に騙される典型的なタイプだ。それこそ、怪しい探偵が「犯人を突き止めますがお金がかかります」と言って近寄ってきたら、湯水のように支払ってしまうのではないか。
 
 段ボール箱の一番底に、小さな宝石箱があった。開けてみると、USBメモリーがしまってあった。
 「このUSBメモリー、中身を調べましたか」
 「ああ、それね? 執事が調べようとしたけど、ロックがかかっていて開かなかった。パスワードがわからないとか言って」
 「暗証番号のヒントもないのですか?」
 「ずっと前に聞いたけど忘れたわ。確か宇宙に関係する言葉だった感じがする」

伊藤青磁社長は宇宙に魅せられていた

 「なんで宇宙なのですか?」
 「なにか名付けることがあるとすべて宇宙がらみなのよ。娘の名前を決める時も主人は『宇宙(うちゅう)』とか『宙(そら)』にしようとしたから、それだけはダメと言って、私好みの『楓』にしたのよ。主人は子供の時から天文学に興味を持っていてね。このマンションの屋上にも、本格的な天体望遠鏡を自費で取り付けて夜な夜な観測していた。マンション住民も使っていいことになってみな喜んでいたわ。若いころには、彗星を見つけたことがあって命名したこともあるんだって。将来は宇宙旅行事業も展開すると言っていたわ」

 「わかりました。USBメモリーを持ち帰って解読にチャレンジしてもいいですか?」
 「勝手にして」。大神はカバンにしまった。
 「資料は警察には提供していないのですか」
 「自宅にあった資料は事件直後に大半、持っていったわ。今整理しているのはその残り。2日後にはまた来て、残りの必要書類を押収していくことになっているはずよ。それまで誰にも見せるなと言われたけど、私の勝手でしょ」

 「防衛戦略研」の取締役会の議事録や株主総会用の資料を読み進めると、徐々に全体像が浮かび上がってきた。

 戦後まもなく一般財団法人として設立された。防衛大学校の教授らが中心となった独立系のシンクタンクだったが、10年前に株式会社になった。現在の本社の住所は、新宿区四谷。関連会社として、マーケティングや世論調査の実施を主業務とする「防衛調査会社」、大学と連携して防衛に関する技術研究を担当する「防衛研究所」、武器、防具類を製造、販売する「防衛商会」の3つの会社があり、「防衛商会」にはワシントンにも支社がある。

 会社の趣意書で世界平和を謳っていた。最新の事業計画では「サイバー攻撃への対応」「ウイルス兵器」についても記されていた。

(日本防衛戦略研究所・設立趣意書)
人類が求めてやまない世界の平和。大国の覇権争いの中にあって、日本はどういう道を進むべきだろうか。唯一の核の被爆国であることから、平和の希求にリーダーシップを発揮していかなければならない。同盟国との緊密な連携をとりつつ、アジアにおいては先頭に立ち、世界各地の紛争の解決に尽力する。防衛についての調査、研究を行うと同時に、防衛省の方針を広く国民にわかりやすく伝えていく。

(202✕年~ 事業5か年計画)
・政府が推進する防衛に関する政策を、学術、技術、実践面で協力し支えて   いく。防衛に関する世論調査を定期的に実施する。

・世界は民主国家と専制国家の間での覇権争いに突入した。日本は専制国家 の仲間入りを一時的に果たし、将来的には新しい形の民主主義体制を世界に先駆けて確立する。新・民主主義構想を提起する。
・憲法を改正して大統領制にし、強いリーダーシップの下で防衛力、戦闘能力を強化し、他国を攻撃できる能力を充実させる。
・危機が迫っているミサイル攻撃、サイバー攻撃、ドローン攻撃、ウイルス兵器に瞬時に対応できるような態勢を整えるための研究を進める。
・先端ICTの軍事利用を強力に推し進めていく。
・AIの戦闘利用を積極的に進めていくための研究、開発を進める。

 設立趣意書は公けに発表しているもので、公式ホームページにも記載されている。事業5か年計画は内部資料とみられ、かなり突っ込んだ記述がみられた。

 「どこかで聞いたことのある内容だな」と大神は思ったが、すぐに「孤高の会」の主張に類似していることに気付いた。
 
 大神は半日かかってすべての資料を読み込み、一部をスマホで撮影した。これらの資料類は、社に戻ってから「機密文書扱い」として厳重に保管され、続報を書く時の参考資料になった。

(次回は、■暴力団が反撃食らう)




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