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暗黒報道⑪ 第二章 「報道弾圧」

■「マスコミ規制法」ではアウトだ


 国会では、最大の焦点である憲法改正についての審議と同時に、報道適正化法(通称「マスコミ規制法」)の制定についての議論が大詰めを迎えていた。
 「孤高の党」は与党第一党になり、政権を握って以後、メディアに対する厳しい規制を敷き、報道の自由を制限しようと画策してきた。
 テレビと新聞、ネットの報道部門を一括して管理するという構想もその一つで、そのための組織として、内閣府に報道管理局が新設された。
 マスコミ規制法が法制化されれば、大半のテレビ局の役員職に国家公務員が複数出向することが内定した。出向者はみな危機管理担当の役員に就任すると言われている。政府や国に対する批判記事が事前に検閲されるような事態が想定され、ネット上には「テレビからニュースが消える」と書かれた。
 この日の衆議院予算委員会では、内閣官房長官が、マスコミ規制法の成立後に、報道機関が厳守すべき8項目について、パネルを使って説明した。

①    海外での取材は届け出が必要
②    誤報、虚報は厳しく処罰
③    国家を貶める報道の禁止
④    全記者を対象とした研修と試験制度の導入
⑤    政府発表のニュースを最上ランクの扱いとすることの徹底
⑥    政府に関係する記事出稿の際の内閣府への事前連絡
⑦    テレビ局の報道内容を審査するBPO(放送倫理・番組向上機構)の廃止
⑧    メディアによる世論調査の禁止

 

規制か弾圧か。日本独自の項目が設けられた

 世界の独裁国家がとっているマスコミ対策を参考にしたものだが、日本独自の項目もあった。官房長官が順番に説明している間、国会取材にあたっていた記者からどよめきが起きた。あまりにも厳しい内容に、「うそだろ、専制国家かここは」「権力チェックではなく、権力迎合が社是になってしまうぞ」という声が飛び出した。記者だけではなかった。委員の国会議員も信じられないといった表情で隣の席の同僚と、「本当にこんな規制をかけられるか」「正気の沙汰ではないな」とつぶやき合っていた。
 8項目が実現すると、記事は政権与党の意向に沿ったものにならざるを得なくなり、報道機関は大打撃を受ける。野党は「民主主義の死を意味する」と反発した。

国会での審議。「シンパ」の正体が明らかになる

 メディア規制の審議の中で、「孤高の党」の代議士が質問に立ち、「オールマスコミ報道協議会」のパーティでの大惨事を取り上げた。国家公安委員会委員長が「誠に由々しき事件である。みなが参集し、くつろいでいるパーティ会場で起きた事件で悪質極まる。現在、大阪府警において、捜査を続けておりますが、一刻も早い犯人検挙に全力を挙げているところであります」とお決まりの答弁をした。

 質問者は、水本夏樹が事情聴取を受けたことについても「重要参考人が浮かんでいるのではないか。逮捕は近いのか」と質し、答弁者として、マスコミ規制法の成立にむけての実務を担当する内閣官房副長官の蓮見忠一を指名した。警察庁警備局長の経験者で、頭の回転が速く、「カミソリ」という異名がつけられている。
 「事情聴取した女性は、あくまでも参考人であり、現時点で容疑者ではありません」と蓮見が答えた。
 「犯人ではないということですか」
 「捜査中のことですので詳しいことは控えさせていただきます。繰り返しますが、現時点で容疑者ではありません」
 「朝夕デジタル新聞社が前打ちのように書いた記事については読みましたか」
 「読みました」
 「あの記事についてはどう考えるか」
 「なぜ、あのような記事が出るのか理解に苦しみます。重要参考人としていましたが、あたかも容疑者が浮上し、逮捕が時間の問題であるかのような記事の書き方になっていた。しかし、いまだに逮捕にいたっていない。つまり誤報です。にもかかわらず記事の削除どころか、訂正もお詫びもない。紙面での手当を何もしていない。説明責任を果たしていないわけです。報道機関として無責任極まりない。犯罪的だといっても過言ではない。そもそもどういう意図があってあのような記事を書くのか、朝夕デジタル新聞社に聞いてみたいですね。あれだけの大事件ですから警察は総力を挙げて捜査しております。きっちりと証拠を積み上げて犯人を検挙します。その時は発表します。その発表をなぜ待てないのか。警察による事情聴取の前に、記者は参考人に『ヒ素を入れたのではないか』とあてている。一般論としてそのようなあて方をすれば相手は警戒して理論武装してしまう。事件の解決に支障をきたすわけで、捜査妨害でもあります」。報道内容についてこれまでにない突っ込んだ答弁だった。

 朝夕デジタル新聞社警察庁キャップの興梠は、警察庁記者クラブのソファに横になって国会中継を見ていた。蓮見の答弁を聞きながら一気に機嫌が悪くなった。
 「水本夏樹が容疑者であり、逮捕することになる」と興梠にリークした「シンパ」は、この蓮見だったからだ。夜の会食の時に話し出したのだが、ささやくといった感じではなく、はっきりと明言した。その席には、与党の政治家と共に、蓮見の後輩になる警察庁警備局長もいた。警備局長は毒物混入事件については一言も話さなかったが、興梠にとって警備局長の存在は、リークの内容が真実に違いないと信じ込んだ大きな要素になった。

 記事が出て誤報騒ぎになった後、蓮見に何度も連絡をとろうとしたが無視され続けた。警備局長にあたると、「私はその件は全く関知していないし、何も知らないし聞いていない。蓮見さんに聞いてくれ」と言うだけだった。「蓮見氏が夏樹を逮捕するとあの場で言いましたよね」と確認の意味もあって聞いたが、「私は別のことを考えていて蓮見さんが何を言ったのか聞いていない」と言った。

 国会で質問者が続ける。
 「現在、審議中の報道適正化法、通称マスコミ規制法では、あの記事は摘発されるのか」
 「完全にアウトです。誤報ですから。記者と責任者は処罰されることになるでしょう」
 「記事は署名です。大神由希という記者が容疑者と勝手に決めつけた人物に対して取材をかけて、一問一答まで掲載しています。この犯人視報道を放った大神記者個人の責任は問われるものですか」
 「信じられないような誤報を書いたわけですから、法が施行されれば当然処罰の対象となります」
 「朝夕デジタル新聞が書いた『重要参考人浮かぶ』の記事ですが、私は不思議なことに気が付いたのです。大神記者が書いた『一問一答』が東京で発行された記事には署名入りで掲載されているのに、大阪の記事には掲載されていない。一体どういうことなんでしょうか」

密談。マスコミ規制法をめぐる審議は出来レースだった

 「国会で政府に質問する内容ではないだろう」。興梠が毒づいた。確かに、新聞社に聞けば済む話なのだが、敢えて国会の場で質問しているところが、「孤高の党」と蓮見との出来レースを感じさせた。
 「重大事件の予測記事は、書かれた本人の人権侵害につながるだけでなく、国民に誤解を与え、惑わすものです。東京と大阪で最も重要な局面で紙面構成を巡って判断が分かれ、紙面掲載にブレが生じるなど前代未聞のことではないでしょうか」

 東京と大阪の紙面は毎日、異なっている。地域性を重視すれば当然だ。東西で重要性が異なってくるテーマもある。本社ごとの編集責任者のニュース感覚の違いが紙面構成に影響することもある。
 今回の「一問一答」の掲載をめぐっては、確かに、東京本社と大阪本社のデスク間で事件の見通しについての見解の相違があった。しかし、それはよくあることであり、読者に説明する必要のない内部事情だ。

 蓮見はそうした事情をすべて承知した上で、あえて国会の場で苦言を呈した。新聞社内の問題や編集権にも、これからは政権が首を突っ込んでいくぞという意思表示でもあった。
 質問は続いた。
 「まだ、法律は施行されていませんが、大神記者から事情聴取する予定はありませんか」
 「検討します」
 「大神記者の署名記事以外、ほかの新聞社やテレビ局のニュースで誤報はあるのか」
 「あります。すでに報道管理局に設置した『誤報・虚報調査特別委員会』で毎日チェックし判定しております」
 「その誤報リストを国会に提出することを求めます」
 委員長の裁定で、最近の記事の一覧表が委員に配られた。いずれも「誤報・虚報調査特別委員会」が誤報と虚報と認定した記事ばかりだった。1か月だけで18本にのぼっていた。

(次回は、■大神 事情聴取に応じるかどうかで悩む)


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