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極限報道5 第1章 不連続死 ■内閣支持率10% 与党分裂か 

風雲急の世界情勢


 大神が社に戻ると夕刊が刷り上がっていた。
 「民自党の有力代議士が転落死 建設中の港区赤坂の大規模再開発地の超高層ビル」という見出しだった。
 
 金子康太代議士は、秋田を選挙区とする当選3回の52歳。
 大規模再開発地の高層ビルで政治家や財界人を招いての見学会が行われ、金子代議士も参加していた。共に参加した政治家の1人は「途中で金子代議士がいなくなったことに気づいたが、所用で先に帰ったのだと思った。転落なんて信じられない。誘導するスタッフについていけば誤って転落するなんて考えられない」とコメントしていた。また別の財界人は「混乱を極める政界を引っ張るリーダーになれる有能な人材だっただけに大変惜しい人をなくした」と語った。

 金子代議士がどっぷりと浸かっていた政界は混とんとした状況が続いていた。
 磯川幸助総理大臣が率いる民自党政権は末期症状を呈していた。民自党内の選挙資金をめぐる裏金や脱税疑惑が浮上し、国民の強い批判を浴びた上に、特定の宗教団体との癒着も明らかになり、更なるダメージを受けた。都会や地方で続いた建物の爆発はテロリストの仕業とされるが、犯人をあげることはできていない。国内外の喫緊の課題に対し有効な対応策を打ち出せていない磯川内閣の支持率は、世論調査で10%前後を推移していた。

磯川政権は国難に有効な手を打てず、支持率は下降を続けた

 世界情勢は混乱の極みだった。国家間の戦闘が勃発、内紛が頻発していた。軍事超大国の「ノース大連邦」が領土拡大を謀って隣国に攻め込んだ戦争は、世界を巻き込む大戦に発展した。ネットによるフェイクニュースの拡散、不正がまかり通る選挙、長引く経済不況で民主主義そのものが崩壊の危機に瀕していた。専制国家、独裁国家が次々に台頭し軍備を増強、領土拡大路線の矛先が民主国家や軍事力の弱い国々に向かっていた。

 民主主義を標榜する「ウエスト合衆国」の大統領は、「自国ファースト」を掲げ、経済最優先の施策と強大軍事力を誇示した世界戦略を展開。前政権がとってきた施策をひっくり返す過激な内容の大統領令を次々に発令した。
 そんな中、南部の地方都市でスーツケースに入っていた小型核爆弾が爆発して数万人の死傷者がでて、都市が封鎖された。「ウエスト合衆国」の強引な世界戦略に反対するテロリストによる犯行だった。

狙われたウエスト合衆国。小型核爆弾が破裂した

 世界中で不穏な空気が流れる中で、日本の国家防衛も岐路に立たされていた。
 東アジアで緊張が走った。 
 1月に日本海で起きた「中大陸国」との衝突は世界を震撼させた。日本の漁船に対して、「中大陸国」の警備艇が発砲。漁船は沈没し、3人が行方不明になった。駆け付けた日本の海上保安庁の船が応戦した。

 「中大陸国」の警備艇は被弾したことから海域を離れた。この事態を受けて、「中大陸国」の広報官が、日本に対する攻撃の準備態勢に入ると宣言。日本も「防衛出動」が発令され、陸、海、空の自衛隊が臨戦態勢にはいった。

 「中大陸国」の軍事増強は凄まじい勢いで進んでいる。個別目標誘導複数弾道(MIRV)の発射能力の向上などミサイル戦力の増強のほか、核弾頭の保有数は増え続けている。国内で活用していたAI監視網の軍事利用もここ数年で一気に進んだ。

 中大陸国が日本との戦闘に本格的に口火を切った場合、日本のダメージは計り知れない。同盟を結んでいる「ウエスト合衆国」の空母は沖縄に集結。一触即発の事態が1か月にわたり続くなどかつてない緊迫した状況に包まれた。

 「ウエスト合衆国」と「中大陸国」の水面下での交渉を経て、緊迫した事態はいったんは沈静化したが、「中大陸国」は激しい日本批判を繰り返している。長距離弾道ミサイル1000発を沖縄、東京、大阪、名古屋、北海道を中心に日本各地のターゲットに照準を合わせていつでも発射できる態勢にあると公言した。さらに水面下で組織的なサイバー攻撃を繰り返した。AIが指揮をとっていた。
 
 防衛問題について磯川総理は、国会での答弁や記者会見ではどんなに突っ込まれても、「同盟を結んでいる『ウエスト合衆国』と『南方民国』と連携をとりながら万全の態勢で有事に備えている」「日本国の防衛に全力を挙げる」と繰り返すだけだった。「すでに有事ではないのか」と野党から突っ込まれても同じ答弁を繰り返すだけだった。

 経済もどん底まで落ち込んだ。失業者は街に溢れ、各地でさまざまな名目のデモが繰り返された。市民の鬱屈した憤りが時に暴動となって警察と衝突、けが人が続出し、逮捕者も増えていった。
 
 長く与党として君臨してきた民自党に分裂がささやかれ始めていた。副総理の丹澤仁一朗をトップに仰ぐメンバーが、「孤高の会」という名称のグループを結成。憲法改正による大統領制への移行、防衛・攻撃力の強化、核兵器の独自開発、サイバー戦争勝利のための態勢整備、将来の新しい民主主義確立のための一時的な独裁、専制国家の樹立、AI大臣、AI事務次官の任命などを掲げた。

 国民は過激な思想を受け入れやすくなっていた。「孤高の会」への参加メンバーは増え続け、野党からも同調者が現れ、最も左寄りの共民党代議士までもが「孤高の会」に加わったというニュースが流れた。丹澤副総理は、当面は現政権を支えていくと表明しているが、政治の世界は「一寸先は闇」だ。秋にも、「孤高の会」を母体として新党が結成されるのではないかと噂されていた。

 「孤高の会」の広報を担当するのは民自党副代表の下河原信玄代議士。山梨県出身の58歳。弁舌が巧みで「記者からの要望が強いため」として定期的に記者会見を開いている。そんな中で、「孤高の会」の中核の1人で、将来を嘱望されていた金子代議士が建設中の超高層ビルから転落死した。防犯カメラも設置されていない場所からの転落で、さまざまな憶測を呼んだ。
 
 下河原代議士は金子代議士が死亡したことについて「『孤高の会』の発展に心血を注いできた金子さんの死は、日本にとってあまりにも大きな損失だ。日本は宝を失った。謹んでお悔やみ申し上げます」とコメントを発表した。

 (次回は、■でた!「真相の究明」大神の真骨頂)



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