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極限報道6 第1章 不連続殺人 ■でた!「真相の究明」大神の真骨頂

「エネルギー反射バリア」を導入


 「港区赤坂周辺の再開発事業は、順調に進んでいるんですか。特集記事を読む限りではそう見えますが」

 大神は金子代議士が転落死した翌日、朝夕デジタル新聞社に出勤すると、経済部記者の柳田丈一郎の席の横に座って尋ねた。柳田は1か月前、再開発についての特集記事を広告面2ページを使って執筆していた。

 ビジネス局の要請でまとめたもので、下段5段は開発に参加している企業の広告で埋まっていた。広告特集とはいえ、進捗状況、開発の経緯、世界中から注目されている理由、誘致活動を活発化させているAIロボット工場、IR(統合リゾート計画)の見通しなど最新ニュースが盛り込まれ、読み応えのある内容に仕上がっていた。

 記者は、10を聞いて1を書く。記事の狙いに沿わなかったり、分量の関係で使われなかったりした重要なデータが、取材メモの中に眠ったままになっている。大神にとって本社に300人いる報道記者は貴重な取材源でもあった。

 「順調? そうとも言えないんだな。記事の上っ面だけを読んでいるようじゃ、わかんねえだろうなー」。柳田は語尾を大げさに上げて、ひょうきんに答えた。大神の3年先輩にあたり横浜総局時代に1年だけ一緒に仕事をした。
 経済部では都市開発・不動産部門を担当している。大阪出身で中学時代、漫才師を目指したこともあり、堅いイメージの経済部の中で異色の存在だった。
 謎かけのような回答に大神も「わかんねえーよー、全然」と調子を合わせて笑った。

大神は,、経済部記者柳田に再開発事情の実情を聞きに行った

 「でも『タワー・トウキョウ』への企業の入居予約が殺到していると書かれていますよね。超高額なマンションについても海外から問い合わせが来ているようですね。まだオープンはずっと先なのに注目度はハンパないじゃないですか」。大神は記事を読んだ感想を率直に言うと、柳田は得意そうに解説を始めた。

 「世界最高峰、最新鋭の建築技術が駆使されているのだから注目されて当然だ。特にミサイルによる爆破衝撃を緩和できるエネルギー反射バリア(エネーリア)の開発はその象徴だ。防衛省直轄で『秘密のベール』に包まれているが、世界の国々から、技術を盗もうとスパイが送り込まれているという情報もある。実用化されれば、国の重要施設や原発を守るために活用されることになるだろう。まさにSFの世界が現実化するわけだ」
 
 「エネーリアってどんな技術なんですか」
 「実は俺もよくわかっていない。日本では、2004年度からミサイル防衛(MD)システムの整備が本格化しているが、飛翔してくる多くのミサイルを同時に撃ち落とすのは極めて困難だ。そのため、着弾衝撃をいかに和らげられるかの新たな技術開発が進行中なんだ。ボタン一つで建物全体を強力な反発エネルギーを利用したシールドで瞬時に覆うシステムらしい。さらに、特殊な電波を建物側から発し続けて、ミサイルが接近する直前にその軌道を変えてしまう技術も検討されている」

「エネーリア」が完成すれば、ミサイル衝突の際の衝撃を和らげることができる

 「軍事大国ではすでに開発されているような気がしますけど」
 「もちろん世界中で研究開発が進んでいるが公表されている限りにおいてはビル全体を包むバリアの実用化はまだだ。大学や企業が研究している途中段階のデータも巨額な金を支払って買い込んで、参考にしているらしい。具体的なシステムは極秘になっている。今、報道機関も科学に強い記者を総動員してどんなものができるか探っている。判明すれば世界的なスクープになるからな」

 柳田はそこまで言うとふと我に返ったように、「ところで社会部の特ダネ記者さんがなんで再開発のことを聞きに来るんだ。さては開発をめぐる不正のネタをつかんだのか」
 
 柳田は社会部そのものをよく思っていない。社会部は不正を暴くというよりも、大企業は叩けばいいと考えているのではないかと感じることがある。企業に関わる事件、事故などを誇大に取り上げて、「けしからん」という上から目線で徹底的に叩く。

 書き散らかして書くことがなくなった後は、嵐が過ぎ去ったかのようにさっと撤収していく。事件後、企業が打ち出した再発防止策など前向きな取り組みは経済部にお任せとなる。柳田も社会部の尻ぬぐいをさせられ、苦々しく思ったことが何度もあった。

 大神は、赤坂周辺の再開発に関連して社会部に情報提供があったことを打ち明け、内容についてかいつまんで説明した。
 以前は、社会部、経済部、政治部とか、部が違うと大きな壁があって情報交換はスムーズにいかないこともあったが、新聞経営そのものが危機的な状況の中で、そんな「井の中の蛙」のようなことを言っている場合ではないというのが大神の持論だった。
 
 「三友不動産が交渉を暴力団のフロント企業に依頼したとなると大きな問題だと思います。なぜ暴力団を使うことになったのかをこれから取材しようと思っていたところです」
 「なるほど。キワモノのネタだな。でもそこまでわかっていたら、社会部で勝手にやればいいのに。書き散らかしてはい、終わり。あとは経済部さんよろしく。それでいいのでは。これまではそうだったぜ」

経済部V社会部 常に火花が散っている

 「なに言っているんですか。詳しい情報を持っているのであれば同じ社内で情報交換していくのは当然です。個人的には巨悪による疑惑や権力の不正についての真相を明らかにするためには、ライバル社と組んで、情報を交換してもいいと思っているぐらいですよ」
 
 柳田は手を叩いた。
 「出た、『真相の究明』。横浜時代からの大神の口癖だったもんな。まあ、俺自身の本音は大神と同じだ。他社と手を組むというのは時期尚早だが、同じ社内でいがみ合っていても仕方がない」と同調した。
 そして、再開発の現状について、特集記事で使われなかった情報を中心に時間をかけて大神に説明した。

 「用地買収がもめているということは知らなかった。今度三友不動産の後藤田社長にインタビューするんだ。それとなしに聞いておいてもいいよ」とさらっと言った。
 「えっ、社長にインタビューするんですか」。大神は驚いた表情を浮かべ、「私も同席できないでしょうか。ぜひお願いします」と頼んだ。
 社会部記者が取材を申し込んでも企業トップにはまず会えない。疑惑取材がメインになることが多く、トップがインタビューの中で失言でもしたならば、首が飛ぶ可能性だってある。容赦ないのが社会部だ。

 「同席? そりゃ、無理だろう。こちらは日曜版のフロントに掲載する企画取材なんだ。『決断の瞬間』というタイトルで、社長50人を50回で取り上げる。まあ、言いたかないが、よいしょ記事だな。俺に順番が回ってきたので、この前の広告特集で名刺交換した後藤田社長にお願いして受けてもらった。社会部の疑惑取材と一緒にはできないな。まず相手が嫌がる。強引に行ったら、こっちの企画までおじゃんだ」

 「やっぱりダメですか」。残念そうにしている大神を見て、気の毒に思ったのか、柳田は「別の日に設定してもらったらどうだ。社長は無理にしても担当部長が対応してくれるかもしれない。俺から広報室に連絡しておこうか。もっとも、社会部が土地買収の取材をしているということを相手側に明かしてしまってもいいのかな。手の内を明かしたらまずいなら、やめておくけど」と言った。

 「いや、土地買収にからむ疑惑の取材だと言ってもらって構いません。タレコミの内容が詳しくて、事実関係で揺るがないところはおさえました。さらに周辺取材で詰めるためには、暴力団に直接取材するしかないのですが、それはまだ早い。本丸である三友不動産から直接説明を受けてから周辺を固めた方がいいという判断です。直感ですが、事実関係については大方認めた上で『善後策を考えている』と言うのではないかと思います」
 
 「ほー、意外だ。普通は、社会部は隠密裏の取材で周りを固めに固めて企業側がどうしたって逃げられなくしてから最後にコメントを取るんだと思っていたけど」
 「取材の仕方は内容によるし、相手企業にもよりますよ」
 「まあ、特ダネ記者さんの勘はよく当たるからな。わかった。その段取りでいこう」

 柳田は横浜総局時代に大神の仕事ぶりを1年間見ていたが、舌を巻いたのは、あれもこれも片っ端から手を付けていき、取材しまくるバイタリティーだった。そして、確実に記事にしていく目的達成能力が際立って高かった。強い嫉妬を感じたものだった。
 「三友不動産も大変な記者に目をつけられたもんだ。無傷では済みそうもないな、こりゃ」。大神が去った後、柳田は独りごちた。

 2日後、柳田から大神あてに電話があった。
 「三友不動産の広報室長から連絡があった。今度のインタビューに大神の同席もOKだって。広報室長は反対したらしいが、後藤田社長が『構わない』と言ったらしい。びっくり仰天だ。『グループ企業が土地買収で暴力団に協力を仰いだということについて聞きますよ』って確認のために言ったら、広報室長は『どこまで答えられるかわからないが対応します』だって。不祥事関係の場合は、事前に質問内容を出させるが、今回は社長が『いらない』と言っているらしい。前代未聞だ。さすがは経済界のドンと言われているだけのことはある。肝が据わっている。ただ、誤算があるとすれば、『食らいついたら離さない』という大神の怖さを知らないことかな」
 
 「誤解を生むようなことは言わないでくださいよ。社長は暴力団の関与のことをすでに知っている感じでしたか」
 「そんな感じだな。大神が言うように、すべて認めるかもよ。そうそう、この前、建設中の再開発ビルから代議士が飛び降り自殺しただろう。社長も『いい迷惑だ』と言いながら気にしているようだ。自殺の動機とか警視庁の担当記者から聞いている?」
 
 「まだ飛び降り自殺とは断定していません。動機らしきものもつかんでいないと思います」
 「社長からは代議士の転落死の件は必ず聞かれるよ。情報のギブ&テイクも大事。情報収集しておいた方がいいと思うよ」
 「捜査に進展はなさそうですよ。でも警察情報をそのまま伝えるわけにはいかないと思いますが」
 「堅いこと言うなよ。言い方の問題さ。言える範囲のことをもっともらしい分析を加えて説明すればいいんだ。それで相手も納得する。おだてていい気分になってもらえれば、トップだし、貴重な情報を提供してくれるかもしれないぜ。最初から『言えない』と言ったらすべておじゃんになってしまう」
 
 「担当する警視庁記者に聞いてはおきます」。大神はしぶしぶ言った。

(次回は、■財界のドン 後藤田武士社長に取材)



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