ものは考えよう-幸せを呼ぶ青い鳥はカメラ!だった
チルチルとミチルが、過去や未来の国を訪れて幸せの青い鳥を探す話はよく知られている。青い鳥は身近にいるんだよ、という寓話だ。でも、案外知られていないのが、私たちの身近にいる本物の青い鳥だ。日本ではルリビタキやオオルリだと思う。
これはルリビタキの写真だ。それこそ幸せなことに、2016年1月から3月までの短い間だったが、歩いて20分ほどの近所の森に美しい姿と鳴き声を披露してくれた。15cmくらいの小さなルリビタキを撮影するには、近づくと逃げてしまうため、遠くから望遠レンズを使う。この写真は一眼レフのデジタルカメラであるニコンD500に、焦点距離が500mmの望遠レンズをつけて撮影したものだ。人間が肉眼で見るサイズの15倍くらいの大きさで写真が撮れる。
ニコンD500は、還暦を迎えて野鳥撮影が好きになって手に入れたカメラで、その年齢までいろいろなカメラを使った。中学から使い始めたのが、父のカメラだった一眼レフのペンタックスSPだ。もちろんフィルムカメラである。被写体は男の子なら誰でも一度は好きになる鉄道。休みになるとペンタックスを持っては多摩川の鉄橋や都心の駅に通っていた。ただ、停車している機関車や走行する列車の撮影にはあまり興味がわかず、新しい表情の鉄道を求めてカメラを使いあぐねていた。そんなときに出会ったのが廣田尚敬著の写真集「魅惑の鉄道」(ジャパンタイムズ、1969年)である。
機関車の光るヘッドライトと雪まみれのディーゼルカーの前面。お地蔵さんや季節の花に溶け込む鉄道。もっとも印象的だったのは新幹線の先頭車両を真上から流し撮りした写真である。まさにそれまでの鉄道写真の既成概念を一掃した私が求めていた写真集だった。特に冒頭の「写真は心で撮るものである」という言葉は、今でも座右の銘にしている。
廣田氏が使っていたカメラがドイツ製のローライSLだった。ペンタックスSPは35mm幅のフィルムを使うが、ローライSLは同じ一眼レフでも6cmと少し大きなフィルムを使う中判カメラである。カメラは高価になるが、フィルムが大きいため、出来上がった写真が高画質になる。廣田氏の真似を少しでもしたかったこともあり、大学に入ってから一所懸命にバイトで資金を稼ぎ、日本製ではあるがとうとう中判カメラのゼンザブロニカを購入した。これも幸せなことに、ちょうど蒸気機関車の雑誌に写真を掲載する機会があり、高画質の写真は編集部にも大いに歓迎された。
その後、大学を卒業して就職し、ほぼ同じ時期に蒸気機関車が現役から引退したこともあり、鉄道写真からだんだんと遠ざかってしまった。ただ、カメラはペンタックスが古くなったために、ずっと欲しかったニコンの一眼レフを手に入れた。その頃のニコンといえば、ニコンF3がフラグシップモデルだったが高価で手が出ないため、実用を考えてコンパクトで使いやすいニコンFE2にした。被写体はもっぱら家族や子供だ。でも、可愛い二人の娘たちの成長を写真に残したという意味で、私の人生でもっとも幸せなカメラがこのFE2だと思う。これだけはカメラのキタムラに売れない。
40歳を超えて少し余裕が出てきて買ったのが、キャノンのフラグシップモデルであるEOS-1Nである。とはいえ被写体は家族と子供と変わらない。1999年の夏、大きなレンズとEOS-1Nを抱えて家族でアメリカ旅行に行ったが、ヨセミテの山に登るにも、サンフランシスコの街を歩くにも、あまりに重くて辟易してしまった。これがパナソニックの小さなデジタルカメラであるLUMIXを使うきっかけになった。30年以上お世話になったフィルムカメラのアナログからデジタルに乗り換えてしまった。
今でも小さなデジタルカメラを毎日持ち歩いている。被写体はちょっと気になったモノである。私の仕事は、人が使う道具やサービスを使いやすく楽しくする方法を実践することだ。カナカナ用語ではヒューマンセンタードデザイン(HCD)あるいはユーザエクスペリエンス(UX)デザインと呼ばれている。気になったモノの写真がグッドデザインの道具やサービスを考えるきっかけになる。街を歩きながら、駅で電車を待ちながら、バスやタクシーに乗りながら、大学で授業をやりながら、四六時中カメラ片手にグッドデザインのきっかけを探している。
野鳥、鉄道、風景、家族、デザインなど、被写体に合わせていろいろなカメラを使ってきた。被写体は、家族はもとより仕事でも趣味でも私にとって全て幸せの素といえる。チルチルとミチルにとって幸せを呼ぶのは青い鳥だったけど、私にとって幸せを呼ぶ青い鳥はカメラだ。
もっとも現代の青い鳥はスマホではないか。スマホで撮った写真をインスタやフェイスブックに投稿して、小さな幸せにひとりほくそ笑んでいる人もいるだろう。青い鳥を鳥かごではなくポケットに入れて持ち歩ける。いつでもどこでも幸せと一緒の時代になってしまった。
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