仁淀川でのあまりに馬鹿馬鹿しい思い出たち
件の四国旅行の記録の続きを書こう、と思っている。思っているのだが、順番的に次は高知の仁淀川の話になる。私は躊躇っている。なぜなら、仁淀川での思い出はあまりにも下品で低俗で馬鹿馬鹿しいものだからである。私は夏目漱石先生のようなユーモラスだが知性と気品を湛えた文章に憧れており、差し出がましくも、自分もこのペンネームのもとではそのような文章を綴りたいと願っていたのだ。この悩みのために筆が止まっていたわけだが、仁淀川のチャプターを飛ばすわけにはいかないので、ここで観念する。
道後温泉から仁淀川の渓谷に向かって山道を運転して移動した。ナビがあまりに曲がりくねった山道を時速40キロで走る想定で到着予想時刻を出してくる。とてもじゃないけど時速20キロでしか走れず、到着時間がみるみるうちに遅延していく。膨らんでいく負債を背負っているようないやな気分になり、車内はどんよりとした空気になった。
仁淀川ではとあるアクティビティを予約していた。アウトドアサウナである。テントサウナでかんかんにほてった身体のままに、仁淀川に飛び込んで整ってしまおうというなんとも素晴らしい企画だ。あまりに聞こえの良い企画なので期待をしすぎていたのだが、空が曇っていたりテントサウナの温度にムラがあったりしながらも、それでも期待に背かない素晴らしい体験であった。我々の山道運転の疲労は清らかな水と共に流されていった。事件は3回目のクーリングをしている時に起きた。恋人がおしっこをしたいと言い出したのだ。川中で放尿することは、施設に付属している虫だらけのぼっとん便所で用を足すより遥かに心地よいだろうことは想像に難くなかった。たしかに川で放尿しないでくださいという注意は受けていないが、現代を生きる文明人として如何なものか。さらに、下流でキャニオリングをしていた外国人たちの姿が私の脳裏に過ぎり、どうしたものかと彼の方を振り返ると、彼はすでに恍惚の人であった。私はあちゃあ、と思いながらもぶはっと吹き出した。しまいには3〜4匹の小魚が彼の股間に集まり太ももをついばみ出す始末であり、もうたまらなかった。彼は、おしっこってやっぱり黄色いんだなあ、と仁淀川の透明度を史上最悪の形で表現した。
我々はバンガローに滞在し、夕食はバーベキューをした。バーベキュー場は我々2人の貸切であった。いや、正確には3人であった。バンガローの管理人なる60代のおっさんがずっとつきまとっていた、もとい、世話を焼いてくれたのである。このおっさんがなかなかの曲者であった。火おこしの準備をしてくれたり、蜂を駆除してくれたりというところまでは良かったが、このおっさんは大のおしゃべり好きであり、我々の食事中はずっと彼の独壇場であった。彼はよさこい祭りの話が十八番であり、よさこい祭りは「きょ〜うきら〜んぶのせかい」であると独特の抑揚で言った。覚えている限り5回は言った。この「きょ〜うきら〜んぶのせかい」はたちまち私と恋人の間で流行語となり、何かあるたびに小声で「きょ〜うきら〜んぶのせかい」と囁いてはゲラゲラと笑い転げた。最後はおっさんが「オトナの花火大会」とかなんとか言って手持ち花火を持ってきた。なかなか粋なことするじゃない、と感心していたのも束の間、線香花火で負けた人は一発芸をしようと最悪の提案をしてきた。案の定彼は線香花火の必勝法を知っており、私と恋人が一発芸をした。彼はオリジナルのなんとも言えない一発ギャグを、私はおっさんのリクエストでいきものがかりの「ありがとう」を歌って終宴となった。
翌朝は恋人と渓谷を散策した。渓谷は息を飲むほど美しく、薄荷色の淵の写真を何枚も撮った。目も当てられない記事になってしまったが、仁淀川自体はほんとうに美しいところなのでぜひ訪れてみてほしい。