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道後温泉に流れる柔らかな時間の話(前編)

前回(ラーメン旅情)で四国旅行をしたと書いた。愛媛の道後温泉に始まり、高知の仁淀川にダイブして、香川でうどんを食べ、徳島のお遍路第一札所と第二札所を参ろうと思っていたが、旅の後半はひどい大雨であったので大塚国際美術館に変更した。今回は道後温泉がなかなか、いや、とても素敵な温泉街であったという話。

ちょうど旅行の前にドラマ「坂の上の雲」の再放送を見ていたこともあり、伊予の国というのはたいそう偉人が多いのだなと思いながら道後温泉へと向かった。旅行サイトで宿を予約していたが、そういえば駐車場はあったかしらと急に不安になり、車の助手席で電話をかけてみた。はあい、と電話に出た女将さんに駐車場について尋ねると、女将さんはきょとんとして今日は予約は入っていませんけれども、という。あれ、どうしようと電話口でうろたえる私に女将さんはいいですよ、今日は空いていますからいらっしゃい、と朗らかに言う。お言葉に甘えてそのまま予約をとり、夕刻に到着した。背の低い70代くらいの女将さんが一人で切り盛りしている小さな宿だった。女将さんは扉を閉めてちょうだいね、猫が入るから、と言いながら招き入れてくれた。荷物を下ろして座布団に腰をおろすと、女将さんが冷たい麦茶と温泉街の観光地図を持ってきて、街の地理を手短に教えてくれた。道後温泉本館の湯はリニューアルしてからたいそう熱くなった、あなたたち若いから大丈夫でしょうけど、と付け加え、自由に出入りしていいから、と言い残して引っ込んだ。

女将さんの入れてくれた麦茶(飲みかけ)

浴衣に着替えて街に出る。道後温泉本館は実に立派な建物であった。立派な鬼瓦を見上げると、屋根の上には道後温泉のシンボルである白鷺が羽を広げていてなんともオリエンタルである。神の湯、霊の湯の2種類の湯がそれぞれ男女別になっているので、一つの建物の中に計4つの浴場があり、プランも入浴だけのものから、茶菓子がついて休憩できるものまであった。我々は霊の湯で、湯上がりの茶菓子と休憩のついたプランにしてみた。内装は歴史を感じさせつつも、程よく手が入っていて清潔感があり、快適だった。シャンプー類やドライヤー、化粧水も揃っている。9月は夏休みと行楽シーズンの間であり、温泉が一年で最も閑散とする時期であると、温泉地出身の恋人は言う。実際どうなのかは不明だが、確かにその日はほとんど貸切状態であった。とろみのある熱い湯だった。中央の湯釜から湯がこんこんと流れ出る様を見ながらゆったりと湯に浸かった。石でできた湯釜には何やら漢詩と、大国主命と少彦名命(道後温泉に所縁のある出雲の神様)が彫ってあった。浴室の壁はの一面はタイル張りになっていて、やはり大国主命と少彦名命の伝説の一場面が青色で水彩画風に描かれていた。女将さんから聞いたとおり、湯はとても熱かったので5分ほどで上がり、休憩室で茶を飲んだ。程なく上がってきた彼はいい湯だった、とさっぱりした顔で言った。どこか批評するような言い方であったが、少しばかり偉そうな物言いをしても嫌な感じがせず、むしろ無邪気で可愛らしく見えるのが彼の不思議な魅力であった。

(後編に続く)

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