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今夜は月が綺麗だよ 金沢

帰りの車、一人。
夜の8号線はまるで高速道路。
聞こえるのは車のエンジン音だけ。
発売からずっとカーステレオで聴いていたアルバム。今夜はあえて聴かない。


うちに帰るとリビングには子どもたちの寝顔。
夫はひとりで晩酌をして待ってくれていた。


買ってきたちょっといいビールを夫に渡し、わたしはノンアルコールビールで、今日の話をする。

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物販の列で先頭に並ぶ彼女に会うのはいつぶりだろうか。もう2年?3年?近い。大阪尾崎世界観の日が最後だった。
でも、会えばつい最近まで会っていたような気持ちになる。

地方のライブに各所から集まって、特に観光をするでもなくファミリーレストランに入る、いつもの光景。
今までと違うのは、育児の話をしていることだ。
みんなもう母だ。わたしなんか1番子どもっぽいのに二人も産んでいる。時が経つのは早い。

コロナ禍で10周年のライブがなくなった。県外のライブに行くのは難しくなり、そんな中、やっと迎えた今日だ。特別じゃないわけがない。

のんびりしていたらもう開場の時間で、急いで会場へ向かう。ややこしい入場者の手続きやチケットのチェックを済ませてホールへ入る。ついにツアーがはじまる。

ライブ前のあの吐きそうになる感覚。懐かしい。これがライブだ。手が震える。どうしてこちらの方が緊張しているのか。

BGMが途切れる。始まるのか?とみんな静かになるが、また曲が始まる。異様な雰囲気。

ーーそしてついに、暗転。

静かに登場するメンバー。
暗くてもわかる、全身白い、幸慈さん。
いつも変わらない、拓さん。
そして、切り揃った前髪と金髪の襟足はカオナシさん。
最後に現れたのが愛してやまないクリープハイプのフロントマン、尾崎さんだ。
ストライプのシャツ。
いつもは足元を確認するのだけど、今日はそんな余裕もなかった。
久しぶりに見る姿に、曲がはじまってもないのに泣けた。
変わらずそこにいてくれた。
わたしのだいすきな、クリープハイプ。

インストから始まったライブ。(のちにわかったがこれは映画「どうにかなる日々」の劇伴音楽「なんてことはしませんでしたとさ」だった)
何の曲に繋がるのか、と思ったら1曲目は「料理」だった。
アルバムを引っ提げてのツアー。
1曲目からしっかりとわたしたちの心を掴んでいく。
尾崎さんは生活をより感じる曲を作るようになったと思う。
言葉遊びが楽しくて明るい曲調だけど、横にいる妻はちょっと怖い人なのかもしれない。

次の曲のイントロを聴いて隣の彼女の手を掴む。
すぐにあの頃に引き戻してくる強烈な歌い出し。
「君の部屋」がはじまるといつも歌詞をよく聴いて確かめる。
誰にも言えない秘密のインターフォン。
「ヘラヘラしながらピンポンダッシュ」していた。
「あの時確かに押した」僕じゃなく
そこにいたのは、ちょっと情けない姿の僕で、嬉しかった。

3曲目「月の逆襲」
尾崎さんの「じゃあね」がすき。今日のライブを振り返りながら聴くのにちょうどいいな。
最近、めっきりラジオを聴くことは減ってしまった。
だけど、今日くらいはずっとラジオや色々な媒体を介してこの夜の中にいたい。

ピンク色の照明ではじまったのは「四季」
桜の色。ピンクってやっぱりエロいよな。
ピンクから水色へ、オレンジへ、また白のような水色へ。
この曲のおかげでどんな季節も輝いて見えるようになった。
ただひたすらに生きている毎日。子どもの寝顔にごめんね、と謝る日もある。だけどこの曲はどんな毎日も、どんな季節も、許してくれる。

春も夏も秋も冬も、すきだ。
やっぱり涙が溢れていた。

聞き覚えのあるインストではじまったのが「イト」
だけど手拍子でモヤモヤする。
タン、う、タタン、うん。と叩く人がいるが、
うん・タ、うん・タ。が正解じゃないのか。
久しぶりに聴いて、ほら、やっぱりわたしたち踊らされてるな。ってちょっと笑ってしまった。

息をつく暇もなく、「しょうもな」
シンプルにかっこよい曲。
ちゃんと届いてるよ。って
尾崎さんに、クリープハイプに、伝わるように手を挙げた。

「ニガツノナミダ」
目が回りそうなくらい曲が展開していくから乗るのが難しい。
ソフトバンクのCMで使われたからたくさんテレビから流れてきた。
タイアップに縛られつつ好きにやっちゃってる感がすき。

カオナシさんの妖艶な歌声ではじまったのは「しらす」
やっぱりあの踊りは覚えた方が良かったかしら。と
ちょっと頭の片隅で思いながら聞き入ってた。
しかし、途中から尾崎さんの鎖骨の辺りが気になってそわそわしてしまったのが本音。
アレンジが面白かった。
ピアノだけじゃなくてユキチカさんのギターでメロディを弾いたりして。子どもたちのコーラスがないとかっこいい仕上がりになっていた。

クリープハイプのメンバーのシルエットがとてもかっこよく照らされてはじまったのが「なんか出てきちゃってる」
尾崎さんの息遣いとか言葉ひとつひとつをしっかり聴こうとして固まって、息ができなくなりそうだった。
曲が終わって誰もが反応できないままでいたら
「キケンナアソビ」のイントロ。
クリープハイプの新しい一面を魅せてくれた曲だよなあと思う。
ちなみに息子はキケンナアソビを「クリープハイプ」だと思っている。

ピンク色の照明に聞き覚えのあるコードが鳴る。
ああ、「栞」だ。
春、新しいことが始まる季節。
どうしたって明るくて前向きな春の歌が多いけど
尾崎さんは下を向いてた。
でも、ただ下を向くんじゃなくてその中で大切なものを見つけてくれた。

迷っても止まってもいつも今を教えてくれた栞

本当に大切にしている歌詞だ。
武道館の多過ぎる紙吹雪を思い出してちょっと笑ってしまった。

この辺からだ。情緒がおかしくなったのは。
今は2022年だよね?
このコード。照明の色。まさか。
隣の彼女の顔を見る。
嘘じゃない。
「オレンジ」だ。

あのオレンジの光の先へ。
色んなところへわたしを連れて行ってくれた、オレンジ。
この曲がなければ今のクリープハイプはないだろう。
この曲はクリープハイプにとっても、太客にとってもとても大切な曲だと思う。
節目の年のツアーにオレンジを入れ込んでくれたことに感謝したい。

爽やかな風が吹いているような曲「すぐに」
愛の点滅、3色買ったよね。
カップリングが色々違って、カオナシさんが歌う曲を尾崎さんが書いた。

銀紙の中に閉じ込めた

っていうフレーズがぽくなくてすきだ。

ライブでどうやってするんだろう?と思っていたのが「二人の間」
アルバムの中ですごく好きだったから聴けて嬉しかった。
色んな音がして可愛い。

ちょっと詰まった感じではじまった「モノマネ」
メロディがすごく切なくてそこに乗る歌詞も物悲しい。
「ボーイズENDガールズ」も聴きたかったなあ。
帰ってこないあの日々を歌ってくれてる曲。

この曲もやるのか…と思考が停止した

何も心配ないから忘れたりしないからもっと優しく手を繋いでよ

あの頃の気持ちを引っ張り出してえぐられた。
ヒッカキキズが疼く。

尾崎さんがマイクをとって、話し始めた。
暗くて、青いライトが少しだけ照らされて表情は見えない。
昔の彼女の話。
口移しでもらった食べかけのゼリーはメロン味だった。
でもメロン味というのは、本当はメロンの味じゃなくて砂糖水に香りと色がつけてあるだけだ。
あの時の感情は、そんな見せかけの偽物だったのかな。

出会った頃に言ったセリフは

動けなかった。
言葉をひとつひとつ噛み締めて
あの頃と引き換えにある、今の幸せを思い出したあと、このツアー、わたしはこれで最後だって思ったらちょっと辛くなった。
でも、やっぱり、あの時と今は違ってそれでいいよなって、半々の気持ちになった。
みんなの、わたしたちの、わたしの、曲だ。
あの頃をちょっと思い出して、
胸がギュッとした。

複雑な気持ちでいたら衝撃的なイントロが始まった。
隣の彼女もわたしと同じ表情をしていた。
「左耳」のイントロ。
わたしのクリープハイプとの出会いは
YouTubeの左耳だった。
いかにもサブカルが好きそうなマッシュヘアの変な声のボーカルが寝転がって歌ってるのが印象的だった。
まさかあの曲をここ金沢で聴いてるなんてあの頃は思いもしなかった。
鳥取から茨城へ出てきたばかりの10代のあの頃には。

畳みかけるように「手と手」
どれだけあの頃夜中の3時が朝になってバイトや授業をサボったか。
サラサラマッシュの小花柄シャツに赤いスキニーの尾崎さんが懐かしい。思い出が溢れ出す。
ちょっと思い出す、どころじゃない。
一瞬で10年前に引き戻される。
あの頃はライブに行くためにバイトをして
ライブに行くためにバイトをサボっていた。

極め付けのイントロ、膝から崩れ落ちるアラサーが2人。
クリープハイプの曲で1番好きと言っても過言ではない「ABCDC」
この曲が聴けるとは思わなかった。
めちゃくちゃになりながら手を挙げる。

眠れない夜のこと
Aメロにもならない人生ぶら下げて
瞼の中ではね
あの頃の君が笑ってる

人生って生活って、一つの曲みたいだ。
本当にそうだよな。
この歌詞とメロディを書いた人は天才だよ。
何度聴いたか分からないこの曲をまたライブで聴けて嬉しかった。

「ex ダーリン」のバンドver.
弾き語りの曲!というイメージだったけど
違う。
バンドで、自信を持ってるから
撮り直したんだ。
尾崎さんを信じて黙って聴いてよかった。

このツアーでキーになる曲。
やるってわかってたけど、想像以上によかった。上を見上げると、月だった。
尾崎さんも月に向かって何度も顔をあげていた。

最後のMC。
尾崎さんはちゃんと暗い現実を受け止めてくれる。
「こんな状況だけどまた会おう」と言ってくれた。
元気で、生きて、また会いたい。
「風に吹かれて」を聴くと
東京のど真ん中、都会の中の緑、野音で聴いたあの時のライブの雰囲気を思い出す。
都会なのに草の匂いとか木漏れ日とかちゃんとして
死にたいけど、でも生きようって、思えた。
生きる。また、会いたいから。

君はまだ 生きる 生きる 生きる 生きるよ

予定調和的なアンコールはなくて
全部出し切ってライブを終えてくれるクリープハイプがサッパリとしていてすきだ。
ちゃんと言葉で届けてくれる尾崎さんがすきだ。


もぬけの殻。終わった。わたしのツアーが。

そして、最初に戻る。

リビングに寝ている子どもたちを、ぎゅうと抱きしめた。
あったかい。
わたし、ライブ行かない間に二人も産んだんだ。
こんなに子どもと離れたの初めてで身体がしんどいのに満足感がすごくて
でもやっぱり今日だけっていうのが悔しくて。

だからこんなnoteを書いてしまっている。

夜中の2時だ。
きっとあと1時間くらいは色んな感情で眠れない。
覚えておきたいことがたくさんあるはずなのに全て、脳から、手から、こぼれ落ちていく。
産後ボケには辛い。
アップルミュージックのプレイリストを検索してこのnoteを書いている。みんなよく覚えているな。

あとどれくらいがんばれるだろうか。
このライブの効果はいつまで続くだろうか。
終わったからもう効果切れかな。
そんなことないといいのだけど。

日常に戻る。
日常があるから、非日常を楽しめる。
非日常から戻ってきて日常を実感する。
やっぱりライブっていいや。
はやくまた行きたいよ。
それまで待ってるね。

丁寧に1曲ずつお礼を言うフロントマンに
こちらこそ、と丁寧に返事をしたい。

朝になる前に寝よう。

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