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肉腫発覚!経緯まとめ①

がんの種類→低悪性線維粘液肉腫

右太もも付け根あたりに大きめのしこりがあったので近所の整形外科を受診→大学病院受診→生検手術→切除手術(2024年3月13日)をしました。
検査の結果、低悪性線維粘液肉腫だと判明。
(腫瘍の大きさ約13cm 幅6cmぐらい)
非常に稀な希少がんの一つだそうです。
経緯等残せたらとnoteを書きました。

#希少がん
人口10万人あたりの罹患率(発生率)が年6例未満の稀ながんで、数が少ないため他のがんに比べて患者が診療上の不利益を余儀なくされているもの。(肉腫の会たんぽぽより引用)

#肉腫
全身の骨や軟部組織(筋肉、脂肪、神経など)から発生する腫瘍を骨軟部腫瘍と言い、悪性の骨軟部腫瘍を肉腫(英語ではSarcomaサルコーマ)と言う。
悪性腫瘍全体に占める肉腫の割合は約1%に過ぎない。(希少がんセンターより引用)

#骨・軟部腫瘍
→良性・悪性どちらも含む言い方

#肉腫
→悪性の骨・軟部腫瘍 希少がんの一つ

-----------発覚した経緯など-----------

2022年
▼4月
仕事を退職 鬱のため

▼5月
躁転する
数十万を散財してしまう。

▼6月〜8月
上記がきっかけで鬱転
食事も水もほとんど摂れなくなる
体重が70kg代→40kg代へ
足が細くなった結果、右太ももに拳大サイズのしこりを発見(このとき29歳)
この時点では痛みなし。
色々と心配事もあり放置を決め込む。

2023年
▼12月 31歳
激鬱
右太ももが夜中に痛みだす。割と痛い。
(熱湯をかけられたような説明し難い痛み)
しこりが少し大きくなっている気がする。

2024年
▼1月
躁転
やはりしこりの中身が気になり近所の整形外科に行く。(躁転してたからいけた…😇)
この時痛みは消えていた。
病院ではMRIを撮られ、太もものしこりは軟部腫瘍と言われる。
専門の医師でなければ診ることができないとキッパリと言われ、専門医のいる大学病院を紹介される。
(丁度2週間後に大学病院に行った)

軟部腫瘍と告げられた後にネットで調べると9割以上は良性、悪性は極めて稀であると書かれていたのでしばらくは安心していました。

軟部腫瘍の専門医は全国に200名もいないらしく、通える範囲の大学病院に先生がいて本当によかったです。

2月
いざ大学病院へ

▼初診 2024/2/8
受付からほとんど待たずに診察室に呼ばれる。
入ると主治医の先生はすぐに笑顔で挨拶をしてくれて、すごくホッとしたのをよく覚えています。
すぐに問診が始まり
腫瘍に気付いたきっかけを聞かれ、鬱で2〜30kg以上痩せたときと答えると「鬱でそんなに痩せる?!」とすごく驚かれたことに私もビックリしました。
触診もされた後
肺のCTやレントゲンなどの検査に行くよう指示される。

2回目の診察
肺に異常がないことを説明される。
先生に「本当によかった×2」「とても大事な事なんだよ」と言われる。
本当にしみじみと言ってくださり
「私より私の命のこと心配してくれてる🥹」と感じたのと同時に「悪性を強く疑われてる?!」と気付きはじめたところで、すぐに入院の説明が始まった。
全身麻酔をして生検手術をするとのこと。
来週2/16に入院。2/19に手術。
私の都合など聞かれず日程が決められていた事と、初診ですぐに手術と言われたことに驚いた。
状況が飲み込めないまま入院の説明が終わる。
その後、
「家族には必ず連絡したほうがいい、絶対に」
「覚悟は決めといた方がいい」と言われる。
「じゃあ次は病棟でね〜」と送り出され診察が終わる。

▼入院 2/16(金)
今回の手術はちょっと強引すぎると不服に思いつつ、はじめての入院、手術でドキドキしていた。
(全身麻酔をすごく楽しみにしていた)
入院後すぐに別室に呼び出され手術の説明が始まった。
手術に必要な説明と悪性だった場合、今後どういう治療(手術)をするのかという話をされた。
良性だった場合の話はこちらが切り出すまで無かった。
ちなみに私の場合は良性であっても切除した方がいいとのこと。

▼生検手術2/19(月)
13時開始予定が早まって10時手術開始に。
手術時間は2時間もかからなかったはず
尿管カテーテルもされませんでした。
完全に目が覚めたのは16時ごろ
ちょうど教授回診があって教授と主治医から
これから頑張ろうね的なコメントをいただき
かなり複雑な心境になりました。
太ももを2cmほど切られてましたが痛みは無く、痛み止めも飲まなかったです。
翌日退院。
検査結果は2〜3週間後と言われる。

▼外来受診2/29(木)    退院1週間後
予約の30分前に呼ばれる。早すぎる。
診察台で傷口の確認をした後
先生から近くのイスに座るように促される。
(嫌な予感がしたので診察台から動かないようにしていた…)
移動してイスに腰掛けようとしたときに
「検査結果が出た。ほぼ悪性で間違いない」
と告げられる。
・完全に確定したわけじゃない
・検査もまだ続けている
・しかしながらほぼ悪性で間違いない
・良性の可能性は数%
と言われた気がする…(あまり覚えてない)
続けて「(布団の場合)9割以上治る」とも言われました。
私の頭の中は真っ白で何も考えられないというより「本当に悪性だったわ…」「そもそも治るとは?」「再発・転移の可能性は?」「抗がん剤治療はするのか?」「すごくお金がかかる」「今後どうしよう」などの疑問点が噴き出していました。
その時、予定していた友達との約束をふと思い出し「16日に友達と鎌倉行くんですが!!」と伝えると
「それは順番を変えた方がいいね。
手術の後にいつでもいけるからね。
命の方が大事だから。命が大事。」と。
当然ですが反論できませんでした。
また、入院予定日等は既に決まってました。
半年前から予定を擦り合わせていた友達との約束。この予定を励みに生きてきたので
先生の前でうなだれたのを覚えてます。


悪性だったので全身のがん検査(PET検査)を
することになり、先生が書類を記入しているときに「希少がんってやつですか…?」と聞きました。
「希少がんのなかでも希少のがん」だそうです。日本国内で1年に1人見つかるか見つからないかレベルなど、かなり珍しいタイプだということを説明していただきました。
検査の予約を取ってもらい診察終了

衝撃すぎたのか次の入院するまでの間はほとんど記憶が飛んでいます。
X(Twitter)で沢山の人達に励ましてもらって
何とか生きていたって感じです。
本当に感謝しています。

続きは②へ

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