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【短編小説】メメント・モリ

 業務用のSNSにメッセージが届いていた。内容を見ると、「プロフィールに書いていることは本当ですか?」とコミュニケーション能力に乏しいのだろうとわかる文章が短く書かれていた。
 どんな人間なのだろうと送り主のアカウントを見てみた。やはり、やたらとSNSに書き込みをしている友達や恋人の影が一切見えない、勉強だけはできそうな雰囲気を感じるアカウントだ。櫻井のこのアカウントに連絡をしてくる人はこういう人間が多い。彼らはコミュニケーション能力が無いから会社に馴染めず、常に不満を抱えている。かといって、コミュニケーション能力を高めることは一切せず、自分は変わることなく、お金を稼ぎたがる。だから、櫻井のプロフィール欄に書かれている「スマホ1つでお金を稼ぐやり方を教えます」という言葉に飛びつくのだ。

 ーこんばんは。連絡ありがとうございます。直接お話ししたいのですが、大丈夫ですか?

 そう返信すると、すぐに「大丈夫です」と返ってきた。携帯を見つめていたのかと思うほどの早さだ。時刻は既に深夜一時を回っている。よほど切羽詰まっているのか、そのあともすぐに「今からでいいですか?」などと、こちらの都合も考えずにメッセージが届いている。

 ー今からでも大丈夫ですよ。じゃあ、LINE教えますので、そこで話しましょう。

 数秒後、電話が鳴った。画面には園田蓮司と名前が表記されている。携帯に耳を当てると、案の定、くぐもった覇気の無い小さな声で「もしもし」と聞こえてきた。

『もしもし。櫻井です。園田蓮司さんですか?』

 返事がない。少し苛立って「もしもし」ともう一度呼びかけると、園田は慌てたように「こんにちは」と返してきた。それを聞いて櫻井は一気に活力を吸い取られていく気分になった。

『SNSを見て連絡してくれたんですね。ありがとうございます。眠いですか?』

 少し、おどけて聞いてみた。しかし、それでも園田は「いえ」としか反応してくれなかった。だから櫻井も「そうですよね」としか返せなかった。

『園田さんは人見知りですか?文面では普通だったのに、電話だとやけに静かですね。それとも僕が怖いですかね。大丈夫ですよ。いきなり怒ったりしないので』
『すみません。その通りで、僕は人と話すのが苦手なんです』
『ということは、その性格を何とかしたいってことですか?』
『いえ、性格を何とかしたいというよりは、この性格なので、仕事がうまくいかず、人間関係も築けていけなくて、眠れないし、お金もないしで。だから一人で働いてお金を稼ぎたいんです』

 櫻井は「そうですか」と返し、思わず頭を抱えた。コミュニケーション能力が乏しいから一人で働いてお金を稼ぐ。そんな考えの人間がうまくやれるわけがないだろう。

『わかりました。じゃあ、直接会いましょう。今週の土曜日に東京来れますか?』
『東京ですか…僕は神奈川に住んでいるのですが、こちらまで来れたりはしないですか?』
『ちょっと僕は忙しいので、できれば東京に来てほしいですね。神奈川ならそこまで時間かからないと思いますし』
『わかりました。遅れたらすみません』

 園田は『そろそろ寝ます』と言って電話を切った。櫻井は通話が切れた携帯の画面に向かって「だから駄目なんだよ」と吐き捨てた。

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 やはりというべきか、想像していたどおりというべきか、園田は遅れてやってきた。東京にあるカフェで午後三時だと伝えていたのに、十五分ほど遅れ、特に申し訳なさそうな様子もなく櫻井に向かって「あ、櫻井って人ですか?」などと目線も合わせず言ってきた。
 皺だらけの胸によくわからない英語が書かれたシャツに色の褪せたチノパン。髪はべったりとしていて、肌は荒れている。全体的に清潔感というものが微塵もない。そこも想像通りで、櫻井は怒る気すら起きなかった。

「いやー。それにしても、春なのに夏みたいな気温ですよね。熱くなかったですか?」

 カフェに入り、適当に喋りながら席に座った。園田は「はい」とだけ答え、目線も合わせず、座ると、きょろきょろと周りを見ていた。
 休日のこの時間でも東京だとカフェはそこそこ混んでいる。特にここのお店は櫻井と同じく個人事業主が多く利用しているため、パソコンで何やら作業をしている人があちこちにいる。ちらりと目線を動かせば、知り合いも何人かいる。

「こういう所に来るのは初めてですか?」

 きょろきょろと不審者のようにしている園田に声をかけてみても、やはり「はい」としか答えない。櫻井は小さくため息をついて、辛抱強く園田と向き合った。

「そういえば、電話で仕事の話ししましたけど、園田さんの会社はブラック企業何ですかね。大変そうですよね」
「はい。本当に最悪です。馬鹿にしてくる人しかいなくて、だからストレスがすごくて、ストレスが溜まるとミスをしちゃうんですよね。だから余計色々と言われて、またストレスが溜まってミスをしての繰り返しです。それになんか室内も暗いし、賃金も安いし、最悪です」

 だったらそんな所すぐに辞めて違う仕事探せばいいものを。と言葉にする気持ちをぐっと堪えて「運が悪いね」と笑って見せた。どうせ、この性格だ。仕事もできないのだろう。職場環境の良い会社に就職なんてできるわけがない。だから今の会社にしがみつくしかないのだ。

「そっかそっか。実は僕たちの組織もそういう人が多くて、みんな、色んな思いを抱えて頑張ってるんですよ。だから、園田さんもすぐになじめると思いますよ。あ、来た。こっちこっち」

 入口から白いシャツに黒いジャケットを羽織った鈴木がやってきた。今日もジェルで固めたパーマの髪は不自然で、怪しいセミナー講師のような雰囲気を放っている。鈴木はこちらに気が付くと、足早に歩いてきて園田のような動きで「うっす」と呟いた。

「この人は鈴木って言って僕と一緒に組織を立ち上げた人です。園田さんと似てるところあるから話ししてもらおうと思って来てもらいました」

 それでもやはり園田の反応は鈍く、鈴木と目を合わすことなく、頷くだけだった。

「こんにちは。鈴木です。単刀直入に言うけど、園田さんは現状に満足してないでしょ。わかるよ。俺と同じ目をしてるから。想像だけど、学生時代からいじめやらなにやらで人間関係がうまく作れなくて、勉強はしてたから自尊心は保てていたけど、大人になって就職するってなった時に、その勉強は全く役に立つことがなくて、結局、いじめてた奴らみたいな元気のいい人間が就職していってアイデンティティが壊れていったって感じでしょ」

 鈴木がそわそわと体を動かしながら早口でそう言う。人と話すのが苦手で、いつも貧乏ゆすりをして上半身を落ち着きなく動かしながら話すのは彼のいつもの癖だ。櫻井は付き合いが長いからこんな鈴木を見てもなんとも思わないが、初対面だとさすがに印象は強烈だろう。園田は目をまん丸にして口を半開きにしていた。

「あ、あ、なんでわかるんですか?」

 園田はやっと鈴木と目線を合わせてそう言った。よく見れば、少し涙ぐんでいるようにも見える。

「わかるよ。似た者同士だからね。だから、園田さんも絶対に成功すると思うよ。一緒に頑張ろう」

 何が「わかるよ」だ。当たり前だろう。俺たちに連絡してくる奴なんてこういう奴しかいない。順風満帆に学校生活を送って、友達がいて、恋人がいて、大学生や社会人を楽しく満喫している奴らなんて連絡してくるわけがない。奴らは現状に満足しているのだから変化を必要としていないのだ。

「櫻井もさ色々あったんだよ。今はなんかちゃらちゃらしてるように見えるけど、もともとはとんでもない暗い奴でいわゆるオタクだったしね。見えないだろ」
「そうなんですか。見えないですね」
「園田さんはアニメとか漫画とか好きなものはないの?」

 少し明るくなった園田に対して、櫻井も言葉を砕いて話してみた。

「うーん。アニメは詳しくないですけど、漫画は読みますよ。最近だと呪術廻戦とか好きですね」
「あー流行ってるよね。俺も聞いたことある。映画化もされてるやつだよね。なんか、あの、目隠ししてる、なんだっけ。二条城みたいな名前の…」
「五条ですね。人気のキャラクターです」
「それそれ。いいよねぇ」
「それじゃあ、そろそろ本題に入るね」

 鈴木が好きでもないアニメの話を無理やり盛り上げようとしている。園田が不審に思う前に会話を切り、櫻井は資料を取り出した。

「まず、僕たちがやっていることなんだけど、情報を販売するっていうことをやってるんだよね。簡単に言えば、コンビニで売っているパンとかおにぎりとか弁当とか、そういう食べ物が情報に置き換わったっていう感じ。鈴木だったら人見知りを治す方法を情報として売っているし、僕だったらイラストレーターの経験を生かして、絵を上達する方法を販売してる。イメージできてる?」
「はい。大丈夫です」
「で、どうやって販売してるかってことなんだけど、まずは自己分析をしてもらって、それから、何を販売するかを決めてもらって、決まったら顧客集め。それから売る。売った後のアフターケア。っていう形でやっていく。僕たちの組織はこの流れをしっかりと教えて、一人で稼げるようになれるまで世話をするって感じかな。わかる?」
「は、はい。大丈夫です」
「まあ、ここら辺は後々教えるから問題ないとして、どうする?やる?」
「やります」
「じゃあ、これにサインしてもらっていい?あと、入会金が三十万」
「三十万…」

 園田は明らかに戸惑った顔をした。それを見て、櫻井は思わず舌打ちをしそうになる。
 何を戸惑っているのだろう。こちらが無償で稼ぎ方を教えるとでも思っていたのだろうか。それではボランティアではないか。そんな都合のいい話があるわけがない。絶対にお金を払わなくてはいけないのだ。三十万なんて安い方だろう。こういう奴らはそんな覚悟すらないのに、良い思いだけはしようとする。そういう所が腹が立つ。

「大丈夫だよ。ほかの人たちは借金とかしてるから。稼げるようになれば借金も簡単に返せる。鈴木だってもともと借金してたし。大丈夫」
「でも、そんな大金。すぐに用意できないですよ」
「すぐじゃなくてもいいんだよ。これから消費者金融に電話してお金を借りてくればいい。すぐに借りられるよ。働いているんだから。今、電話しちゃおうよ。決断は早い方がいい」

 そう言って、強制的に園田に借金をさせた。働いているというのが嘘だった場合、借りられないのだが、借りられたから、少なくとも園田は嘘をつくような奴ではないということがわかった。
 園田はコンビニに行くために、席を外す。その足取りは確かなもので、不安や迷いなどは感じられなかった。

「あいつ。絶対ダメだろ」

 園田がコンビニに行った後、黙っていた鈴木が口を開いた。そんなことはわかっている。このカフェに遅れてきた時点で何もできないだらしない奴という性格がわかっていた。

「まあ、こっちとしてはお金さえ払ってくれたらそれでいいから。あとは、あいつが努力してお金を稼げるようになっても、努力できないでダメになってもどっちでもいいから」
「まあ、そうだな。それに、あの性格も変わるかもしれないしな。あまり期待してないけど。そういえば、半年くらい前に入会したあの男の子ってどうなった?確か、彼女のために頑張ってるとかっていう」

 園田が返ってきた。汚らしいバッグの中から封筒に入った三十万を確認すると、櫻井は改めて「ようこそ」と握手を求めた。その時、携帯が震えているのに気が付いた。画面を見ると、小此木と表示されていた。

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 小此木優を知ったのは、春ごろだっただろうか。彼女は小宮という冴えない顔色が悪く意志の弱い男の彼女だった。視覚障害を持っているという話で、興味を持った櫻井は、知り合いの医師である麻生に電話して、彼女とコンタクトを取ったのだ。
 一人、喫茶店にやってきた小此木は小宮が言うように綺麗で透明感のある容姿をしていた。綺麗なセンターわけにした髪も似合っていて、すらりとして読者モデルなどをやっているのではないかと思うくらいの美貌だったように思う。
 その小此木を見た、麻生は「ん?」と呟いた。それが何を意味するのかはわからなかったが、櫻井は小此木を席に誘導し、座らせると、いつものように自己紹介をして、目を治すという提案をしたのだ。
 これは、小此木のためでもあるし、小宮のためでもあった。少なからず、小宮には好感が持てていた。彼は見た目こそ悪いが、園田とは違い、おどおどしているが、性格がいい。なかなか骨もある。櫻井がちょっと厳しい言葉を投げかけたら、小宮も投げ返してくる。そういう男だった。だからそんな彼女の目を治してあげようと、善意で思ったのだ。
 しかし、結果的に小此木は提案を断った。はっきりと麻生の話を聞き、最後に迷う様子もなく、首を横に振り、帰っていったのだった。櫻井はその様子に少し後悔して、小宮に連絡しようとした。勝手に小此木と会って不愉快にさせたかもしれないのだ。謝ろうと携帯を手に取り、電話をかけようとした。それを、麻生は止めたのだった。約二カ月ほど前の出来事だ。

「こんにちは。どうしたんですか?」

 梅雨に入り、湿気が体を覆うような空気の中、櫻井と小此木は東京駅で待ち合わせをした。小此木は有名人だからか、マスクをして眼鏡をして変装のようなことをしている。

「ちょっとお話がありまして。好きなカフェがあるのでそこでいいですか?」

 小此木ははっきりとした口調で櫻井を見て言った。

「別にいいですけど、どうしたんですか?わざわざ会って話すようなことなんですか?」
「立ち話もあれなので。すみません」

 少し歩き、東京駅構内にある、ベーカリーカフェに小此木は入った。店内は焼き立てのパンの香りとコーヒーの香りがいっぱいで、若い女性には人気なのだろうと思わせるようなお洒落な作りになっていた。流れる音楽も心地よく、櫻井は今度から女性と話すときはこのお店を使ってみようと考えた。

「あの、先日はありがとうございました。わざわざお医者さんまで呼んでいただいて。でも、私はこれで満足しているので、本当に申し訳ないんですけど、お断りさせていただきました。すみません」

 何度も来ているのか、小此木は慣れた手つきでコーヒーを頼むと、開口一番そう言った。それなら小宮から聞いている。全く見えないわけではなく、ぼんやりと色や大きさはわかるくらいに見えているという話しだ。だから、治るかもわからない手術にお金は払いたくはないということだった。

「知ってます。小宮君から聞いてますよ」
「そうですか。それで、お願いなんですけど」

 小此木は綺麗な髪を垂らし、伏し目がちに呟いた。それを見て櫻井の胸には黒い靄が溢れてくる。こういう時の「お願い」は間違いなくろくなことじゃない。絶対に面倒なことだ。

「私、手術を受けて目が治ったってことにしてもらえないでしょうか」

 やはり、ろくなことじゃない。麻生の言うとおりだった。あの日、麻生は小此木が帰った後、しばらく考え込んでいた。そして言ったのだ。「あの子、たぶんだけど目が見えてるよね」と。

「どういうことですか?」
「簡単に言うと、目が見えていたということを言わないでほしいんです。お金は払います。だから内緒にしてほしいんです」
「意味が分かりませんね。なんでそんなことをする必要があるんですか?」
「いや、私、youtubeやってるじゃないですか。軽いノリで目が見えないみたいなことを言ったらそれで登録者数とか視聴回数とか増えちゃって。ちょっと有名になっちゃったんですよ。でも、もうさすがに嘘をつくのがきついし、ちょっとばれかけてるし。だから、目を治したってことにして、普通にyoutubeやっていこうかなって」

 小此木の顔にも声にも一つも罪悪感などは感じられなかった。あるのはばれた時の恐怖心だけで、隠れてタバコを吸う高校生のような雰囲気だった。

「そんなの僕たちに言われても知らないですよ。勝手にやればいいじゃないですか。目が治りましたって言えば、あなたのファンは信じるんじゃないですか?」
「だから、あなた方は私が目が見えてるっていうのを気付いたわけじゃないですか。だから、言わないでくださいってことなんです。その話です」
「それは別に構わないですけど」
「ありがとうございます。じゃあ、あのハゲの汚いお医者さんにも連絡しておいてくださいね。お金は渡しますから」

 そう言って、小此木は席を立った。最初に感じた綺麗で清楚な女性はもうそこにはおらず、ただ、自己顕示欲を満たすためだけの、浅はかで打算的な性格の悪い女性がいるだけだった。
  それから少しして、小宮が亡くなった。自殺だった。

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 やたらとにこやかに話す刑事は後藤と名乗った。櫻井を捕まえようとか、そういうことではなく、ただ、話を聞くだけだから安心してほしいと後藤は初めに言ったが、嘘くさい笑顔が不信感を抱かせた。年齢は若く、まだ二十代なのか、やたらと肌に艶があり、髪の毛の一本一本が瑞々しく生えているようだ。

「実はですね。小宮さんの所持品にノートがありまして。そこにあなたの名前があったんですね。だから今日は来てもらったんですけれども、どうでしょう。小宮さんは何か困った様子などありましたか」

 テレビで見たような個室に連れてこられると、何もしていないのにやたらと緊張する。園田や小宮などと話すときと同じく言葉がすらすらと出てこない。笑顔もぎこちなくなっている。後藤は最初に見せたようなにこやかな表情をしておらず、不審者を見るような目つきへと変わっていた。

「小宮君は仕事で出会ったのですが、お金には困っているようでした。職場の環境が悪くて、低賃金で、その状況を変えたいと連絡をしてきてくれました」
「なるほど。ちなみに、あなたのお仕事というのは」

 櫻井は少し考えた。仕事としている情報販売ビジネスは法律に違反しているものではない。ただ、褒められるようなことではないのだ。最近では副業として始めている人も多く、「絶対に儲かる」と謳い、お金を集めたうえで、儲からないため、詐欺だと言われている。そんなビジネスだ。もちろん、櫻井は詐欺などするつもりもなく、お金を出してくれた人には誠心誠意、絵の描き方を教えている。ただ、結果が出るかは本人次第なだけだ。だから櫻井は「絵を教えています」と短く答えた。

「そうですか。ほかには何か困っていた様子はありましたか?」

 後藤はそれ以上追及はしてこなかった。櫻井は安堵して、小宮の事を思い返していた。
 小宮はそもそも暗い人間だった。おそらく学生の頃から容姿に関して虐められていたのだろう。栄養失調なのかと心配になるくらいの細い腕に浅黒い肌。ストレスなのか髪は抜け白髪が目立っていた。顔も荒れており、どこを見ても外見は褒めようがなかった。だからか、内面だけは良くしようと努力していたのか、小宮はよく笑っていた。それに、言葉遣いがやたらと丁寧だたった。それくらいだ。

「わかりません。あまり彼については知らないです」

 そういうと、後藤はまたにこにこと笑って「わかりました。ご協力ありがとうございました」と言って櫻井は解放された。ドアが閉まる瞬間に真顔になったのを見て、やはり後藤は作り笑いをしていたのだと知り、櫻井は少しだけ、嫌な気分で警察署を出た。
 外に出ると、梅雨の晴れ間で空には青空が広がってた。そのため、空気は爽やかで普段の鬱陶しく思うくらいの湿気も知り合いが亡くなった気持ち悪さも和らいだように感じる。

「あ、お疲れ様です。こんな時間に珍しいですね」

 いつも利用するカフェに入り、パソコンを広げ、作業をしていると、後ろから声をかけられた。教え子であり、今では一緒に遊ぶほどの中になった根津が愛嬌のある笑顔を見せて後ろに立っていた。

「んー。いやちょっと用があって近くに来たからさ。そのついでに作業しようかなって思って」
「何かあったんですか?」
「いや、ちょっとね」

 根津は確か小宮とは面識があったはずだ。小宮が人見知りだというのをいち早く気付いたらしく、すぐに声をかけて仲良くしたのは根津が初めてだったと思う。おそらく似たような雰囲気を感じ取ったのだろう。だから、根津には小宮の事は言わないでおくつもりだ。

「根津はさぁ。この仕事していてどう楽しい?」

 根津は今では月に百万円ほど稼ぐ時もあるくらい成長した。最初の頃は園田や小宮と同じでおどおどしていて、頼りない男だったが、今ではお金に余裕ができたからか、声や立ち振る舞いに自信が漲っている。だから人もついてくるし、お金も入るようになる。最近では、自分が教える立場になり忙しそうにしているのをセミナーで見かけることもあるくらいだ。

「楽しいですよ。どうしたんですか?」
「なんかさぁ。俺らのやってることってこれでいいのかなって思ってさ」

 パソコンの画面には明日電話する予定の人の情報が載っている。年齢は22歳の男でSNSのアイコンや内容を見ている限りだと、アニメの情報や漫画の事を呟いていることが多い。もしかしたら、友達がほしいのではないかと推測できる。それならビジネスの話など一切せずに好きなアニメの会話をして一日盛り上がってやろうと櫻井はパソコンを見ながら考えていた。

「これでいいのかってどういうことですか?櫻井さん辞めるんですか?」
「いや、俺らのやってることって法に引っかかってるわけじゃないけど、褒められるようなこともしてないじゃん。根津は何だっけ。メンタルケアの方法を販売してるんだっけ。あれだってさ、効く人と効かない人がいるわけじゃん。効く人だったらいいけど、効かない人だったら一万円も無駄な金払わさせたわけじゃん。罪悪感とかないの?」
「ないですねー。それは全部そうなので。例えば、肩こりを治す塗り薬とか、腰痛を治す湿布とか。ああいうのも買ってみなくちゃ効果があるかわからないじゃないですか。効果があれば嬉しいし、効果がなければ悲しい。そんなもんですよ。それに加えて、僕たちは八日以内なら返金サービスもしているわけで、何も罪悪感はないですね」
「そうか。そうだよな」

 効果がなくて人が死んだとしてもか。などと言えるわけもなく櫻井はじっとパソコンの画面を見つめた。それから根津も何も言わずに、隣に座り、パソコンで作業を始めたようだった。櫻井はなんとなくそれが嫌ですぐに席を立って店を出た。
 小此木は小宮が自殺したと知ったらどうするのだろうか。あの性格だ。おそらく「私には関係ない」と言うかもしれない。それに彼氏ができたと言っていたし、そもそも小宮の事などなんとも思っていなかったのだろう。薄情な女だ。
 なんとなく、小此木のやっているyoutubeチャンネルを見てみると、今までの事が全くなかったかのように、今どきの顔に化粧をした血色のない男と一緒に映っているサムネイルが見えた。更新日は三時間前だ。やはり小宮の事などもう忘れているようだった。

『この人、ずっと目が見えてたらしいよ』

 腹いせにコメントを書き込む。こんなことをやってもどうせ彼女のファンたちには届かないだろうが、こうしておかなければ腹の虫がおさまらなかった。
 東京駅に着いた頃、櫻井の携帯が震えた。園田からだった。意外にも真剣にビジネスに取り組んでいるらしい園田は順調に課題をやってくれている。今回は「どうすれば集客できるか」とかそんなことだろう。

「あ、櫻井さん、前にいるのわかります?」

 交差点の向こうを見ると、信じられないくらいダサい服を着た園田が立っていた。近づくと、「教えてほしいことがあって」と黄色い歯を見せて笑う。

「いいよ。暇だし。俺の家にでも行くか。ビジネスのこと以外でも何でも相談してほしいし」

 すると、園田はまた笑って「どうしたんですか」と呟いた。櫻井も同じく笑い「それが普通だろ」と肩を叩く。園田が稼げるようになり、明るくなれば、櫻井のビジネスは意味がある。だから園田には頑張ってもらわなければならないのだ。
 雨は降っていない。今日一日は晴れのようだ。いつまでもこんな日が続くわけはないが、園田といるときは晴れだといい。そう思いながら櫻井は家まで歩いた。








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