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【短編小説】女々しい妖怪たちのパレード


 テレビをつけると夕方のニュースがやっていた。画面には仮装をした可愛らしい女の子がインタビューを受けている様子が映されており、それを見ているアナウンサーたちは口々に可愛いですねなどと口元を緩ませている。
 季節はハロウィンである。本来なら可愛らしい子供たちがトリックオアトリートと拙い英語で家にお菓子をねだりに来る可愛らしいイベントである。しかし、いつからかハロウィンは承認欲求に思考を奪われた醜く哀れな大人が町を練り歩く百鬼夜行のようなイベントと成り下がってしまった。彼らが通った後の道はゴミで溢れ、ここはスラムなのかと勘違いしてしまうほどだと聞く。最近では、そういった問題を止めるべく、行政があれやこれやと妖怪退治に躍起になっているようで、テレビでは可愛らしい子供たちのみを映している。それが功を奏しているのか、妖怪たちは町から消え「地味ハロウィン」などというわけのわからぬ言葉が聞かれるようになった。
 ただ、問題は解決したわけではない。承認欲求に心を支配され、百鬼夜行に繰り出そうとする醜く哀れな大人たちは消えてはいないのだ。抑圧された承認欲求は心の中で燃え上がり、どこかで爆発するのである。
 今、私の眼前にはそんな欲を満たそうとした哀れな妖怪と言っていい風貌の男が三人。虚ろな目でテレビを見ている。彼らは友達ではない。決して友達ではない。いきなり私の家に押しかけてきた悪い妖怪。安倍晴明に滅されるべき類のものだ。彼らは呪詛のような不平不満を口から垂れ流し、鍋を食べている。

「こんな、こんなはずじゃなかったのによー!」

 坊主頭の瘦せ細った妖怪が雄叫びをあげる。それを合図に他の妖怪たちもおうおうと泣き出したではないか。なんだこれは。

「おい溝口、なんでお前はすました顔してんだよ!お前だってこっち側だろ!泣けよ!現実に悲観しろよ!」
「断る」

 テレビを見るとまだハロウィンの特集が流れている。楽しそうな子供たち。可愛いと連呼するアナウンサー。ハロウィンは幸せなイベントのはずだ。仮装をして練り歩くならまだしも、妖怪が鍋を囲み、泣き叫ぶようなイベントではない。私はそんなハロウィンは断固拒否する。


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 良く晴れた日のことだった。馬車馬の如く働き、勉強をした夏の長期休みが終わり、十月に入ったある日、大学内でハロウィンイベントを開催するという情報が耳に入ってきた。この大学もそんな浮かれたことをするのかと疑問に思ったものだが、どうやらある学生が提案して催すことになったイベントらしい。ただ、学生がなんとなく考えて実行しようとしているようで、明後日の十月末日に自分の好きな仮装をしましょうというだけのイベントのようだ。そんな恥ずかしいことなどするわけが無いだろう。ハロウィンは子供たちがお菓子をねだりに来る可愛らしいイベントなのだ。仮装して練り歩くようなイベントではない。そんなことを考えながら普段通り授業の準備をして、耳を欹てていると、どうやら周りの学生たちは私とは違い、前向きに仮装することを楽しみにしているようだ。あちこちでハロウィンの話題が聞こえるではないか。
 あぁ、この大学も阿呆が多くなったものだ。学生の本分は学業にあり。どうでもいいイベントにうつつを抜かすなど言語道断。ノートや参考書と向き合い、手を動かして、頭にできるだけの知識を詰め込むことだけをやっていればいいのだ。

「よおよお。隣の席、失礼」

 私がノートを読んで復習をしていると、隣から嫌な声が聞こえてきた。見ると、案の定、坊主頭で眼鏡をしている痩せ細った体の兵頭が座ったではないか。兵頭は座ると何を準備するわけでもなく栄養失調なのかと心配になるくらいの骨ばった腕を動かして忙しなく携帯をいじっている。

「金曜日にハロウィンやるみたいだな。知ってた?仮装して授業受けていいらしいよ」
「噂で聞いてた。興味はない」

 隣を見ることなく返事すると、大きなため息をついて前髪のないおでこをぺちっと叩く音がした。

「そんなだから友達いないんだよ。ノリだよノリ。こういうのに参加して友達とか彼女とか作らないと。勉強だけしてても人生楽しくないだろう」
「友達も彼女もいない君に言われたくはないね。そんなことをして友達やら恋人やらができたとしてもそれは友達と言えるのか?どうせ、半月後には一切話さなくなってるだろ。意味があるとは思えない」
「友達はいるから。お前と違って友達はいるんだよ」

 兵頭は不愉快を声に滲ませて言った。確かに友達はいる。ただ、仲が良いかと言ったら話は別だ。兵頭の性格は極めてねじ曲がっており、以前起きた不愉快なことをずっと覚えている。何かあるたびに「前こんなこと言っただろ」などと、耳元で飛んでいる蚊のようにしつこく煩く口にするのだ。だから皆、兵頭の前では何も言わないが、陰でめんどくせー奴と不満を口にしている。それに兵頭は気付いている様子だが、だからと言って性格を直そうとしないところが彼の恐ろしいところである。

「摂津も佐治もやるみたいだし、溝口もやろうよ。この際、彼女とか友達を捕まえて青春を謳歌してやろうぜ。このままじゃ寂しいだろ。彼女くらいほしいだろ」
「彼女がほしいのは君だろう」
「まあまあ、別に彼女作らなくてもさ、楽しいからやろうよ。もう大学二年だよ。三年になったら就活とかで大変になってくるんだから、遊ぶなら今のうちなんだからさ」
「大人になっても遊ぼうと思えば遊べるだろう。無理に今遊ぶ必要もない。勉強の邪魔だ。去れ」
「去らない。あ、安野さんだー。おはようー」

 安野さんのおかげで兵頭は去り、平穏が訪れた。私は再びノートに目を落とし、復習を始める。ハロウィンイベントなんてくだらないことは忘れよう。学生の本分は学業だ。恋愛だのイベントだのそんなことは二の次である。

「あ、お疲れお疲れー」
「お疲れさま」

 しかし、またしても私の本分を邪魔する人間が現れた。隣にもさもさした頭の腹の出た男と小柄で中世的な女の子と間違えそうな男の二人だった。名前は何だったか…いつしか兵頭と一緒に会話をしたことがあったのだが、忘れてしまった。

「溝口君はハロウィン何かするの?」

 もさもさしている男は参加するのが前提で話しを進めてきた。実に不愉快である。私が参加するとでも思っているのだろうか。だから「参加しない」とノートを見たまま言った。

「俺は迷ってるんだよね。ママがそういうのは参加した方がいいって言ってたんだけど、何にしようかなって思ってさ。俺に似合うのをママが買ってきてはくれてるんだけど、似合わなそうでさー。佐治だったら似合うと思うんだけどね」
「僕はもう決めてるから。セーラームーンはちょっと無理。摂津もやめた方がいいよ。狼男とかでいいんじゃない?」

 他所でやってくれないか。私は復習をしているのだ。参加することのないハロウィンの話などしたくもない。参加するなら後ろにいる兵頭と会話をしてくれ。ここにいるなら勉強をしてくれ。
 授業が始まるまであと一分ほど。摂津と佐治の二人はずっとハロウィンの話しをしている。そんなにハロウィンが楽しみなのだろうか。兵頭が言っていたように、ハロウィンを通して友達や恋人を見つけるのに躍起になっているのだろうか。確かに今の会話を考えると二人とも恋人や友達が多そうではないが。

「お、二人とも来てたのか。ハロウィンやるよな」

 兵頭がやってきて言った。

「当たり前だろ。俺たちはこの際に友達や恋人を見つけてやるんだ。今度こそ」
「俺も色んな人がいると思うから友達になれたらいいなって思ってる」
「そうだろう。そうだろう。頑張ろうぜ。恋人を見つけて溝口を笑ってやろうぜ。このがり勉野郎ってな」
「うるさい。たかがハロウィン。そんなので恋人や友達が出来たら苦労しないだろ。どうせ何にもならないで終わるだけだ。それだったらその時間勉強してた方がましだね。学生の本分は学業」

 兵頭がまたおでこを叩いて不愉快な声を出した。それを真似して摂津と佐治も声を出す。

「頭固すぎだろ。石かよ。石って呼ぼうかな今度から」
「好きにしろ」
「溝口君さ、皆が楽しんでる中、勉強してる俺かっこいいとか思ってるならドン引きだからやめた方がいいよ」

 佐治にそう言われ、思わず石になってしまいそうになったその時、後ろから甘い匂いと小鳥のような声がした。三人は振り向き、だらしなく頬を緩ませている。まるで催眠術師に操られている人形のような表情だ。滑稽である。

「兵頭君。今日のサークル休みだって」

 安野さんは柔らかそうなカーディガンを羽織って上品に笑ってそう言った。彼女は学年一の美女というわけではないが、その物腰の柔らかさと誰にでも優しく接する性格のため、女神と言われている存在だ。彼女が窓の近くに立つと、逆光のため、後光が差しているように見え、思わず手を合わせて拝みたくなるほどである。

「ありがとう。そういえば安野さんはハロウィンやるの?」
「うん。やる。こういうの好きだから。何の仮装するかは言わないけどね。皆もやるの?」
「もちろん。こういうの好きだからさ。楽しみだね」
「楽しみだね」

 女神はそう言うと去って行った。心なしか日が陰り、窓から差し込む日差しが弱まった気がする。

「楽しみだなー。安野さん何の仮装するんだろう。やっぱり女神かな。それとも何かのアニメのコスプレかな。どれにしても可愛いだろうなー。俺らも何するか考えよう。しょうもないコスプレとかしたら馬鹿にされるだけだし、頑張ろうぜ」

 くだらない。ハロウィンなんて頭の悪い連中が歩くだけの低俗なイベントではないか。誰がそんなものに参加するか。ただ、耳を欹ててみると相変わらずハロウィンの話しをしている人がほとんどである。私より頭の良いであろう学生も皆、ハロウィンの話しをしているではないか。

「俺も…やってみようかな…」

 ぼそりと呟いてみる。誰にも聞こえないだろうと思ったのだが、兵頭は聞こえたのか、悪魔が獲物を見つけたときのような顔を見せた。

「あれれぇ?興味ないんじゃなかったのかなぁ?彼女も友達もいらないんじゃなかったのかなぁー?」

 耳元で兵頭がねちねちと言う。それを見て笑う摂津と佐治。この姿を安野さんが見ていてくれないだろうか。そう思って後ろを向いたけれど、安野さんはお友達と話しておりこちらを気にもしていなかった。

「溝口くーん」
「黙れ」

 やっとチャイムが鳴り、教授がやってきた。学生の本分は学業である。しかし、一日くらい休むのもまた良し。友達と恋人がいれば尚良し。安野さんならさらに良し。

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   学校に着くとすでに好きな仮装をした学生たちで溢れかえっていた。最近よく見るアニメのキャラクターややたらとお金をかけてそうなよくわからない仮装の者もいる。狼男や白い布を巻き付けた神様っぽい仮装をしている者もいた。
 皆、楽しんでいるようで、堂々と歩いている。時には写真を撮られたり、そのキャラクターになりきってお菓子をねだったりしていた。ハロウィンという特別な日だからだろうか、普段誰にも話しかけられない私にも話しかけてくる人がいるほどである。なるほど、これは兵頭の言っていた通りだ。参加をすれば簡単に友達や恋人が出来そうだ。そうとなると私も着替えなければ。
 近くのトイレに向かう途中、廊下の隅のほうで、昭和時代の学生服を着た眼鏡姿の痩せ細った男が地縛霊のように立っているのが見えた。あれは戦死した学生の地縛霊の仮装だろうか。どことなく兵頭に似ているような気もするが気のせいだろう。奴は友達がいると言っていたではないか。きっと今頃友達と構内を練り歩いているに違いない。あんなふうに地縛霊のように立っているわけがないのだ。

「溝口くん。おはよう。遅かったね」
「トリックオアトリートオア成仏」

 塩を持ってくればよかった。そうすればこの地縛霊を成仏させられるのに。
 トイレに入り、衣装に着替える。その間も兵頭はトイレの前でぶつぶつと何やら呟いている。私を呪おうとしているのだろうか。しかし、それは無理だろう。今日の私は地縛霊とは対をなす存在なのだから。

「お、溝口。それは…アイヌ民族のコスプレ?北海道出身だっけ」

 関東生まれだしこれは陰陽師のコスプレだ。不勉強な奴め。そんな言葉をぐっと飲み込み。私はトイレを出た。途端、歩いている人の目が気になる。彼らは私たちをどう思っているのだろう。恥ずかしい奴らとでも思っているのだろうか。皆、ちらりとこちらを見ては何事もなかったかのように歩いていく。恥ずかしい。このままでは私も地縛霊になってしまいそうだ。
 しかし、私には大きな目的がある。こんなところでうじうじとしていられない。安野さんを見つけなければ。この機会に安野さんと仲良くなって連絡先を交換して仲良くならなければいけないのだ。

「行くぞ兵頭。ところで、それは何の仮装なんだ」
「昭和の学生」

 一階には安野さんはいないようだった。正面玄関のあたりにはうろうろと浮遊霊のような男子学生が多くいて、仮装をしていない女子学生に声をかけてはお菓子を配っていた。彼らはホストなのか何なのかよくわからない仮装をしている。おそらくだが、私や兵頭たちと同じでこの機会に知り合いを増やそうという目的なのだろう。滅してやりたい。

「むかつくわー。あいつら。見てみろよ。ほとんど仮装してないだろあれ。よほど自分の容姿に自信があるんだろうな。で、入り口で女の子にちょっかい出してるんだよ。むかつくわー。女の子たちがちょっと笑顔なのもむかつくわー」

 嫉妬丸出し地縛霊の兵頭があの人たちを呪わないうちに私は二階へ上がった。二階にもやはり様々なコスプレをしている人がうろついている。しかし、一階ほど賑やかではない。皆、写真を撮ったり会話をしたり、姿こそ普段とは違うが、それ以外は日常と変わらない光景だ。
 ここになら安野さんはいるのではないか。彼女はおそらく一階のような騒がしい場所は苦手だろう。しかし、見渡してみても安野さんの姿は見えなかった。それどころか、またしても隅に佇む地縛霊が目に入ったではないか。今度はなんだ。あれはなんだ…

「あ、二人も来てたんだ。すごいコスプレだね」
「トリックオアトリートオア成仏」

 摂津は目が合うとこちらに寄ってきた。どうやら私は地縛霊を引き寄せやすい体質らしい。困ったものだ。これでは生娘の安野さんは寄ってきてくれないではないか。

「それはなんだ?」

 もじゃもじゃした髪とコートとマフラー。完全に冬の格好だ。もしやただの冬支度などと戯言を言うことはないだろうな。あれだけ私に発破をかけておいて、自分は手抜き仮装なんてしていたらこの場で滅してやるぞ。

「あ、知らない?最近有名な漫画の主人公だよ。ママがこれなら似合うしいいんじゃないかって言ってくれたんだ。似合ってるでしょ」

 携帯で調べてみると、一覧に恐ろしいくらい顔の整った俳優の画像が出てきた。確かにもじゃもじゃした髪でコートでマフラーは着けているけれども。体型が正反対である。摂津は不摂生極まりないだらしなくなった主人公と言ったところだ。

「似合ってるとは思うけど、暑くはないか?」
「めっちゃ暑い」

 近くでよく見てみると、額に汗を滲ませている。手も汗ばんでいるのかしきりにズボンでこすっていて、黒いズボンにシミができていた。

「ところでなんでこんなところで突っ立ってんの?誰かと待ち合わせ?」

 自分も同じように突っ立っていたくせに、兵頭はにやにやしながら摂津にそう言った。この意地の悪さは昭和の学生の真似ではないだろうが、摂津は何も気づいていないのか、ただただ目を左右に泳がせ、このキャラクターの真似をするには何を言ったらいいのか迷っているようだった。

「僕は常々思うんですが、兵頭君は自分を客観的に見ることができていない。だからちょっと痛い」

 おそらく、摂津はこのキャラクターの真似をしていて悪意は微塵もないのだろうが、兵頭にはその言葉が雷のように体を突き抜けたようだ。何も言えずに口をパクパクと動かし、ただただ摂津を見つめている。摂津はそんな兵頭のことなど露知らず、どうだ似ているだろうと言わんばかりのご満悦な笑顔を見せていた。実に滑稽である。
 そんな兵頭と摂津を連れて、私はコンビニへと向かった。授業が始まり、教室の前には誰もいなくなってしまったのだ。今、安野さんがいるとしたら図書室かカフェテリアかコンビニのどれかだ。もしくはまだ学校に来ていないか。
 兵頭の話しによると、安野さんはお友達とコンビニ前のスペースで座って話していることが多いということだった。それなら会える確率は高いではないか。それに、安野さんのお友達とも知り合いになれる。一石二鳥だ。
 しかし、コンビニに向かっても安野さんの姿はなく、コンビニ前の長テーブルには仮装すらしていない学生たちが多く暇を潰していた。彼らは反ハロウィン勢なのか、仮装をしている私たちを見ては目を合わせて笑う始末。私は思わず、その場から逃げ出し、すぐにカフェテリアへと向かった。その間、私たちは一言も発さなかった。まるで、これから妖怪退治に向かう陰陽師さらがなの面持ちであっただろう。

「あ、なんかあそこ人だかりできてない?」

 摂津が言う方向を見ると、確かに人だかりができていた。それにカメラのシャッター音と女性の嬌声も聞こえてくる。よくよく目を凝らしてその中心を見てみると、ピカチュウの着ぐるみを着た女の子、いや、佐治がいるではないか。佐治はその中世的な顔と小柄な体格を生かして、女の子に大人気の着ぐるみの仮装をしているのであった。奴の思惑通り、女の子たちは可愛い可愛いと憑りつかれたように呟き、一心不乱に携帯の向け、写真を撮っている。

「ナウマクサマンダバザラダンセンダンマカロシャダソワタヤウンタラタカンマン!物の怪よ!立ち去るがいい!!」

 集団に近づき、大きな声でそう唱えると、女の子たちはこちらを向いた。佐治に向けていた好意的な目とは打って変わって、痴れ者を見るような侮蔑の感情が目にわかりやすく滲んでいる。

「こわ。キモ。くさ」

 私の呪文のおかげで我に返った女の子たちはどこかへ消えた。これで彼女たちは救われたのである。その反動で私の目からは涙が溢れそうになっていのだが。

「あ、皆、どうしたの?何その格好。面白いんだけど」
「いいよなぁ!お前はイケメンでよぉ!俺だってイケメンに生まれたかったよチクショー!なんでお前の周りには女の子がいるんだよ!」

 兵頭が佐治に向かってそう吠える。

「俺だって男に見られなくて大変なんだからな」

 佐治が少し苛立った表情で言った。佐治も佐治で苦労はしているらしい。

「安野さん見なかったかな。探してるんだけど」
「見てないよ」

 見てないか。でも、佐治のような可愛らしい顔をした男に尻尾を振って近寄るような女性ではないということが分かった。それだけでも良しとしよう。それにしても、ここにもいないとなると、安野さんは授業中なのだろうか。それとも、学校に来てないか、もしくはすれ違いの連続で会えていないか。

「あ、兵頭君たちだ。面白い恰好してるね。ハッピーハロウィン。お菓子あげるよ」

 佐治と頭を悩ませていると、後ろから甘美な声が聞こえてきた。間違いなく安野さんだ。やっと見つけた。よし。勇気を出して連絡先を聞こう。そして仲良くなって恋人にするんだ。頑張れ。私ならいける。なんといっても、稀代の陰陽師、安倍晴明なのだから。

「はい。これ。手作りのクッキー。美味しいよ」
「ありがとうございます」

 振り向くと、ジブリのキャラクターの仮装をした安野さんがいた。頭にある大きな赤のリボンが可愛らしい。しかし、そんな可愛らしい安野さんがどうでもよくなるくらいの衝撃が私に走った。隣に私たちとは正反対の雰囲気から顔からスタイルから何から何まで非の打ちどころのない美男子が立っているではないか。その途端、手が震え出した。喉も閉まり声が出なくなった。まさか…まさか…

「安野さん、そちらのお方は…」
「小宮君だよ。昨日一緒にクッキー作ったんだ」
「初めまして。小宮です。すごい仮装ですね」

 ものすごく柔らかな声。丁寧な言葉遣い。ゆったりとした所作。男の私でも惚れてしまいそうなほどだ。こんな人がまさか彼氏だとでもいうのか。いや、何も考えまい。何も聞かなければ衝撃は少なくて済む。ここはこのままやり過ごそうではないか。
 震える手で包装紙を開け、クッキーを一口食べた。バターの芳醇な香りが口いっぱいに広がる。甘さは控えめで紅茶と一緒に飲みたくなるような上品な美味しさだった。

「二人は付き合ってるんですか?」

 佐治が言った。

「・・・うん」

 二人は照れたように俯き、頬を赤らめた。

 膝が笑っている。歩き回った疲れと精神的ショックが膝に集まったようだ。このままでは倒れてしまう。頑張れ。立て。立つんだ安倍晴明。このままでは私が滅せられてしまうぞ。

「お、お、お似合いですね」
「ありがとうございます。杏花と仲良くしてくれてありがとうございます」
「ははは。そ、そんなことないですよ。こちらこそ仲良くしてくれてありがとうございます」

 杏花ちゃんというのか。名前すら知らなかった。考えてみれば、私は安野さんのことを安野さんという苗字しか知らなかった。それ以外は何も知らなかった。

「じゃあね。ハッピーハロウィン」

 安野さんと小宮某は幸せそうに手を繋いで歩いて行った。その後ろ姿からは幸せそうな空気が溢れており、二人がいる空間だけ花が咲きそうな暖かな空気で包まれているようだった。

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 それからどうやって駅に着いたのか覚えていない。着替える気力もなくなった私たちは仮装をしたまま改札を通り、ホームに地縛霊のように一列に並んで佇んでいた。誰も言葉を発さずただただ下を向いて冷たい風に吹かれいている。
 電車がやってきた。この時刻だとまだ人は少ないようで、大部分は空席だった。ぽつりぽつりと学生らしき若い子がいるくらいだ。
 最寄り駅に着くと、私は何も考えず家まで歩いた。そして家に着くと、なぜかみんなが着いてきていることに気が付いた。

「ここは君たちの家ではない。帰れ」

 皆を締め出し、家に上がると強烈な空腹感と疲労感に襲われた。そういえば今日は何も食べていない。それにずっと大学内を歩き回っていたから足が鉛のように重くなっている。
 冷蔵庫にある野菜や肉を鍋に入れて火をかけた。鍋は数分でぐつぐつと煮えだし、部屋の中に良い匂いが充満していく。

「溝口よーい。開けてくれよー。寒いよー」

 ソファに座ってゆっくりしていると外から声が聞こえた。帰る気配がない。警察を呼ばれても面倒だから入れてやることにするか。

「寒かったよ溝口。鍋ありがとうな」

 三人は家に転がり込むなり、なぜか鍋をごちそうになる気でいた。とても不愉快ではあるが、しょうがないので箸と器を用意するとこちらに手を合わせて「ありがてぇありがてぇ」と鍋を食べだした。

「それにしても、安野さんに彼氏がいるとは思わなかったな。しかもめちゃめちゃかっこよかったし」
「いや、あの性格で彼氏がいないわけないんだよ。安野さんならアラブの石油王でも恋をするだろう。それくらい魅力的な人だ。俺たちに話しかけてくれるだけでも奇跡ではあったんだ」
「しかも見た?佐治が『付き合ってるんですか?』って聞いた時のあの顔。俺はもう目を潰したくなったね」

 三人が暗い顔をして口々に不満を漏らす。たまらずテレビをつけて空気を変えようとしたところ、運悪くニュース番組でハロウィンを取り上げているところだった。

「こんな、こんなはずじゃなかったのによー!」

 兵頭が天井に向かって吠えた。その声は天井で跳ね返り、私たちの頭へ降ってくる。摂津と佐治は兵頭に影響されたのかおいおいと泣き始めたではないか。

「おい溝口、なんでお前は澄ました顔してんだよ。お前だってこっち側だろ!泣けよ!現実に悲観しろよ!」
「断る」

 私がそう言うと三人はさらに勢いを増しておいおいと泣いた。私はその三人を見て、なんとも言えない気持ちであった。
 携帯でSNSを見ていると、私たちの写真が撮られ、拡散されているのだ。それも「なんか陰キャが仮装してるんだけど皆下向いててマジでウケる」「怖すぎるんだけど。百鬼夜行じゃん」という嘲笑の文章とともにだ。これはすでに学校の人たちにも知れ渡っているようで、私たちは特定もされている。すごい勢いで笑いものになっているのだ。

「でも、友達は増えるんじゃない?知名度も上がったと思うし。まだ二年だしこれからじゃないかな。それに安野さん以外にもいい人はいる。何なら大学外でもいいと思う」

 三人は顔を上げてこちらを見た。涙は出ていない。なんだこいつら。

「まあ、それもそうか。たかがハロウィン。別に大したことないよな。次はクリスマスだ。とりあえず鍋食べようぜ」
「それは俺の鍋だけどな」

 みんなが楽しそうに鍋を食べている。何も知らなくてもいい。明日になれば嫌でも知ることになる。それまでは楽しもうではないか。
 テレビを見ているとまだハロウィンの特集がやっていた。可愛い子供たちが仮装をして楽しそうに練り歩いている。同い年くらいの若者も楽しそうに練り歩いている。
 学生の本分は学業である。練り歩くくらいなら勉強をしていた方がましだ。しかし、こうして鍋を楽しく食べられるなら一日くらい練り歩いてみるのも悪くはない。





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