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恋と呪い④

恋と呪いと山吹

 セミの鳴き声も聞き飽きてきた八月の下旬。私は一人、部屋で考え込んでいた。大学三年生である私の学友たちは既に就職活動なるものを始めていて、インターンシップや会社説明会に足を運び、準備を整えているらしい。そうでない学友たちは学校のブランドを生かし、芸能関係の仕事をする予定だったり、絵や音楽ができる人はyoutubeに作品を投稿しつつ、プロを目指している。
 私には何ができるだろうか。勉強はしているものの、特にやりたいこともなく、就きたい仕事はない。音楽や絵画、小説などの才能もない。他人と密にコミュニケーションを取り、人脈を広げてきたわけでもない。ただただ勉強だけをしてきた空っぽな人間なのだ。

「せんぱーい。あそびましょー」

 外から声が聞こえる。蝉の声と同じくらいか、またはそれ以上に鬱陶しいい存在のお出ましである。

「いやぁ、それにしても外は暑いですね。残暑でござんしょ」
「今日はどうした?何かあった?」
「別に何もないですよ。どうしてるのかなって思っただけです。すっかり有名人ですもんね」

 先日、おかしな駅に迷い込んだ動画を山吹がyoutubeに投稿したところ、とてつもない反響があった。それはネットニュースにも取り上げられ、夏の恐怖映像などという番組から取材依頼があったほどだ。もちろん、台湾の動画のこともあり、最初は辛辣なコメントが目立っていたけれど、あの男が思っていた以上にオカルト界隈では有名な存在だったらしく、「これはすごい!噂通り、いやそれ以上だ」などと自身のyoutubeで動画を紹介したため、信ぴょう性は増し、批判的なコメントは減り、肯定的なコメントが圧倒的になった。
 そして、それ以上に話題になったのが、私の発言だ。「パパー!ママー!助けてよー!」と取り乱した姿が思いのほか滑稽に映っていたようで、そちらもネットで話題になった。動画が投稿された直後には山吹のSNSにとんでもない量のコメントが届いたほどだ。

「パパとママは何か言ってました?」
「恥ずかしいからもっと大人になってくれって笑ってた」

 私の母と父は四十代半ばだが、世間の流行には敏感で、SNSもyoutubeもしっかりと楽しんでいる。だから、私の動画もいち早く知ったようで、あの動画が公開されてからすぐに連絡は来た。山吹には言っていないが、本当は言葉にならないくらい腹を抱えて笑っていた。電話で話している母は面白すぎて言葉が出てこなかったようで、何を言っているのか聞き取れなかったし、父は近くにいたのか電話の向こうから「パパー!ママー!」と真似をする声が聞こえていた。楽しそうで何よりだったが、顔から火が出るほど恥ずかしかった。

「大学に行きたくないな」
「大丈夫ですよ。友達が増えるんじゃないんですかね。案外、面白いんだねって言われるんじゃないんですか?ほら、先輩は人見知りだしとっつきにくいところあるじゃないですか。だから、この動画がかえって先輩に親しみやすさを与えてるはずですよ」
「そんな都合よくいくかな」
「そうですよ。それに、就職だってうまくいくかもしれませんよ。面接のときにこの話をネタにできますし、何なら面接官が動画を見て知っているかもしれませんよ。よかったですね」
「それなんだけどさぁ。就活どうしようかなって思っててさ。自分に何ができるのかもわからないし、何がしたいのかもわからないんだよね。妖怪や都市伝説より怖いよ。就活」

 私と山吹が通っている大学は世間一般的には有名で日本では一番頭が良いとされている大学だ。だから、就活なんて余裕だろうなんて思っている人たちは多いのだが、実際は全く違う。今までずっと勉強をしてきたからか、私のようにコミュニケーション能力が欠如している人や好きなことに一生懸命なため、協調性がない人がかなり多い。それに家がそこそこ裕福で、経済的にも恵まれているから、絶対に就職しなければ!なんていう危機感もない。好きでもない、尊敬もできない人たちと一緒に仕事をするくらいなら起業して好きな仲間と仕事をしてお金を稼ぐという考え方をする人が多いのだ。

「先輩はコミュ力低いですもんね。まあでもそんな焦ることないんじゃないですか?人生は長いですし、どうせ仕事に就いても三年以内で辞める人なんてたくさんいるんですから。それに、仕事に就かなくても…」

 その時、玄関のチャイムが鳴った。カメラを確認するとあの男が立っている。気持ち悪い笑みを浮かべて。

「すみませーん。海ちゃんいますかー?」
「あ、四方田さんじゃないですか。どうしたんですか?」
「ちょっと話があってやってきました。入れてください」
「いいですよ。どうぞ」

 山吹は勝手にロックを外すと四方田を招き入れた。四方田は先日と同じような格好で汚らしく、香ばしい臭いを体から発している。全身に消臭剤をぶちまけたいくらいだ。
 山吹はそんな私の気持ちなど知る由もなく、四方田にお茶を入れ、お団子を差し出した。もちろん、お茶もお団子も私のものである。

「いやぁ、あの動画。すごくよかったですよ。もう見た瞬間に鳥肌立ちましたね。まさか、本当に動画を撮れるとは思わなくて。しかも、面白い映像も一緒に撮れていて最高ですよ」

 四方田はぶひひと気持ち悪い声で笑い、こちらを見た。何歳なのかわからないが、ちらりと見える白髪が汚らしい。髭も剃っていない。不衛生ここに極まれりといった容姿だ。そんな四方田が私を馬鹿にしている。以前の私なら激昂し、怒り狂っていたであろうが、ここには山吹がいる。震える手を沈めてお茶でも飲もうではないか。

「それで、話しというのは?また何か新たな噂があるんですか?」
「そうなんですよ。海ちゃんにとっておきの情報があるんです。一週間後にこの付近でお祭りがあるのは知ってますかね。七夕祭りなんですけどね」

 四方田が山吹を名前で呼んでいるのが気になるが、山吹本人が気にしていないようなので指摘するのはやめておこう。確か、ここの近くの川の近くでお祭りがあるのは知っている。少し前にチラシが届いていた。

「そのお祭りには伝説がありまして、会場に笹が用意されてるらしいんですよね。そこに願い事を書いた短冊を括り付けると願い事が叶うらしいんですよ。もちろん、それには方法があるんですけど」
「へぇ。どんな方法なんですか?」
「その願い事に関したアイテムも一緒に括り付けるらしいんですよ。例えば、この人と結婚したいとかだったら、相手の大切にしている物ですね。お金持ちになりたいだったらお金ですかね。そんな感じです」

 四方田は興奮気味に語っていた。おそらく山吹の事を好きなのだろう。しかし、山吹の表情をよく見てほしい。どう見ても、興味を失った子供の顔をしている。何を話しているのか聞いてもいないし、興味もない。もう四方田の名前すら忘れてそうな表情だ。

「すごくないですか?確実に願い事が叶うらしいんですよ。なんでも、そのお祭りは由緒正しきお寺が主催していて…」

 部屋の中に四方田の声だけが響いている。山吹は完全に興味を失っていて、沈黙しているし、私は蚊帳の外だ。四方田が話すのをやめれば空調の音が聞こえ、気まずい沈黙の時間が訪れるだろう。

「どうですか、行きませんか?」
「行きません。興味がないので」

 山吹がきっぱりと言い放つ。いつものふざけた調子とは違い、声が低く暗い。表情も真顔で四方田とは一切目を合わせない。女の子が興味のない男に口説かれている時の姿だ。大学で何度かこの光景に遭遇したことがある。女の子は興味のない男にはとことん冷たいのだ。その時の様子は幽霊くらい怖い。

「海ちゃん。もしかして、俺の事嫌い?」
「はい。嫌いです。あと、勝手に家に来ないでください。怖いです。家の場所教えてもないですし、どうせ私か先輩の後を尾行したんでしょ。今度、この辺をうろうろしてたら警察呼びますからね」

 山吹はにこりともせずそう言うと、四方田は半べそをかきながら帰った。

「いやあ、あの人やっぱり関わらなかった方が良かったですかね。今まで出逢った妖怪や幽霊よりも怖かったですよ」
「まあ、山吹も彼と同じようなことをしてるんだけどね。勝手に家に来て、ご飯食べてるからね。怖いからね」
「それはそれ、これはこれです」

 そう言うと、山吹はソファに寝そべりあくびをした。妖怪「寝そべり女」とでも名付けておこう。

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「お祭りって本当にあったんですね」

 調べたところによると、四方田が言っていたお祭りは本当に存在し、週末に開催されるらしい。ホームページがあるということはそこそこ大きなお祭りなのだろう。短冊の話しも本当のようで、こちらはあまり有名ではないらしいけれど、知る人ぞ知る恋愛成就スポットらしかった。毎年、県外から噂を聞きつけたカップルがやってきては笹に願い事を書いた短冊を括り付け、帰っていくらしい。私と山吹はそんなものには全く興味がなかったため、今までまったく知る由もなかった。

「なんか有名らしいよ。あの人の言ってたこと本当みたいだね。興味あるの?」

 山吹はソファでゴロゴロとアザラシのように転がり、暇を持て余している。やることがないなら帰ればいいのにと言いたいところだけれど、四方田がまだ周りをうろうろしている可能性があることを考えると山吹を一人にするのは危険だ。山吹がいくらきつく言っても、所詮は小さな女の子で、男には力では絶対に勝てない。押し倒されたら何もできないだろう。

「そうですね。行ってみてもいいかなって…」
「ん?興味あるの?恋愛成就だよ?山吹、お前、まさか…そうか。そうだよな。山吹も考えてみればニ十歳の女の子だもんな。恋愛の一つくらいするよな。悪かったよ気付かなくて。行っておいで。俺、応援してる。ファイト山吹。君のその容姿なら静かにしていれば大抵の男はいちころさ」
「いや、そうじゃなくて。恋愛成就のことなんですけど、どうやら失敗すると呪われるみたいなんですよね。今調べたら出てきました。結構酷いらしいですよ。彼女が事故に遭って入院したとか、彼氏が受験に失敗して暗くなったとか、そんなことが書いてありますね。だから、これは願い事を叶えてもらうんじゃなくて、短冊を括り付けた時点で呪われたことになるんだと。そういう噂がちらほらと出てきます」

 山吹の声が少しだけ明るくなった。表情も輝き、だらしなく寝ていたセイウチが獲物を見つけたような顔をしている。四方田と話していた時とは大違いだ。

「よし。というわけなんで、週末、予定空けといてくださいね。では、お邪魔しました」
「え、本当に行くの?噂でしょ?その、事故とか偶然かもしれないし、受験失敗は自分のせいだし、呪いとかあるかわからないじゃん」
「だから行くんですよ。今までだってそうだったじゃないですか。猫山も赤い女の子も別の世界に繋がる駅も、確証なんてなかったじゃないですか。でも、行ってみたら本当だったじゃないですか。だから、行ってみる価値はあるんですよ。じゃあ、そういうわけで、週末会いましょう」

 確かに、今までも確証がない中で現地に行ってカメラを回してきたわけだが、今回は今までよりもさらに信ぴょう性がないではないか。熊本の猫山や台湾の赤い女の子はもともと伝承や怪談話として広く知られていて、いくらか信ぴょう性があった。異界とつながる駅だって目撃情報があったうえに、ネットでは有名な話しだったから信ぴょう性はあった。しかし、今回の噂はどう考えても偶然だろうとしか思わない。行く意味があるのだろうか。 
 静かになった部屋にはまだ山吹の匂いが残っている。何気なく山吹が座っていたソファに座り、テレビをつけると夏だからか、怪談特集をやっていた。不気味な暗い映像に都合よく映る白い服を着た髪の長い幽霊。明らかな作り物に笑いがこみあげてくる。こんなあからさまに幽霊が出現するわけがないだろう。幽霊や妖怪というものはうまく隠れているものだ。こんな誰が見てもわかるような幽霊などいるものか。
 台湾で会った赤い女の子は見るからに人間だった。普通の可愛らしい女の子で迷子なのかと間違えたほどだ。今でも、あれが怪異の類だと信じられない。肌に温かみが感じられるほど、彼女には生気が感じられた。だから、人は騙され、彼女の手によって行方不明になるのだろう。

 つまらないな。このテレビ。

 もともとテレビはあまり見る方ではなかったけれど、山吹がやってくるようになってから、テレビはもちろん、一人でいても楽しく感じることがなくなった。読書をしていても惹かれるような文章ではないし、散歩をしていても以前のように空気の新鮮さや自然の豊かさに興味が無くなった。何をしていても、あの刺激的な経験が頭の中をちらついている。事実は小説よりも奇なりなんて言葉があるけれど、本当に小説よりも奇妙な体験をするとは思いもしなかった。

 テレビを消し、パソコンで公開されている山吹の動画を見てみる。熊本に行った動画はただのハイキングなのだが、私も山吹も楽しそうな声で話している。台湾の動画は赤い女の子を見た瞬間の二人の声の跳ね上がり方が滑稽だ。今見ても消えていく赤い女の子には怖さを感じる。これが嘘だと言われるのだから不思議なものだ。そして、駅での動画。これは見ないでおこう。

「楽しかったよなぁ。やっぱり」

 部屋で独り言ちて、暗くなった画面を見ると、自然と笑顔になっている自分に気が付いた。慌てて真顔を作り、画面から目線を外す。テーブルの上に山吹と四方田が飲んだお茶やお菓子がそのまま出しっぱなしで置いてあった。

「片付けてほしいな…」

 行儀の悪い二人に、ため息をつきながら片付けていると、ソファの下に何かあることに気が付いた。星があしらわれたヘアピンのようだ。山吹のものだろうか。ヘアピンなど使う印象はないが、おそらく落としていったのだろう。全く世話の焼ける奴だ。私はそのヘアピンを棚の上に置き、夕食を作ることにした。今日は台湾で山吹とともに舌鼓を打った魯肉飯を作ろう。

 買い出しのために家を出ると、夕方の六時を過ぎているのに、むわっとしたまとわりつくような空気が私の全身を覆った。思わず「マジか」と呟くと、頭の中で「先輩、弱いですね」と山吹が笑う声がした。

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 日も落ちかけてきた午後六時過ぎ、私と山吹はお祭り会場にいた。周りには溢れんばかりの幸せをまき散らしながら、若い浴衣を着た男女が歩いている。一列に並ぶ屋台はその幸せを包み込むようにふんわりと美味しそうな匂いを放っている。
 そんな幸せが充満している中で、私たちは眉間に皺を寄せながら歩いていた。

「暑いですね。浴衣を着ている子たちはすごいですよ。私じゃ耐えられません」

 山吹はいつも通りのシャツと半ズボンというラフな服装だった。本人が言うには、お洒落よりも機能性が大切ということだった。駅に待ち合わせる前に少しだけ浴衣で来るのではないかと期待をしていた自分が恥ずかしい。私のカバンにはもしものために甚兵が入っている。

「でもさ、浴衣着てた方が視聴者は喜んだんじゃないの?」

 カメラを回しながら、私が聞くと、山吹は「いや、別に私は容姿を売りにしてるわけじゃないんで」と笑顔で前を向いたまま歩いていた。
 今日は、私たちは短冊の噂を調べるためにやってきた。山吹はあれから詳しく噂について調べてみたらしく、お寺まで行って話しを聞いてきたらしい。知れば知るほど、あの短冊の噂は本当らしく、山吹はずっとご機嫌だ。

「お寺の住職さんが言うには、使われている笹がお寺の裏で生えている物らしくて、それが神聖なものだから何か力が宿っているのかもしれないって言ってましたよ。しかも、短冊も住職さんが念を込めているとかでそれに人の強い願いが書かれると力を発揮するとかしないとか」
「何それ。どっちなの」
「求めよ、さらば与えられんっていうことですね」

 前方に笹が見えてきた。やはり人気スポットなのか、浴衣を着た男女が列をなして待機している。まとわりつくようなじめじめとした湿気の中で並ぶのは好きではないけれど、これをやらなければ今日は帰れない。我慢するしかない。
 それにしても、この列に並んでいる何組が将来結婚してずっと一緒にいられるのだろうか。見たところ、高校生か大学生がほとんどだ。これから先、進学や就職をするだろう。色々なことを学び、経験し、様々な人に出会うだろう。進学や転勤で簡単に会えなくなることもあるだろう。そうしたときにお互いがずっと好きだという気持ちを保っていられるだろうか。

「先輩、前の人の短冊見ちゃいました。彼氏に変な女が寄り付きませんようにですって。確かにイケメンですもんね」

 山吹が小声で耳打ちしてくる。前の男の子は確かに色白で清潔感を具現化したような爽やかな子だった。誰もがかっこいいと言うタイプだ。一方の女の子はというと、ちょっと性格がきつそうな顔をしている。山吹とは正反対な化粧や洋服に気合を入れるタイプだ。SNSに肉寿司や夜景を載せてそうな雰囲気である。

「お互いアクセサリー感覚で付き合ってそうですよね。なんか嫌だな」
「若い子なんてそんなもんでしょ。性格とかで選ぶ方が稀だよ。みんなかっこいいとか可愛いとかで選んでるよ。だからすぐに別れるんだよ」
「そうですよね。そんなものですよね」

 山吹の表情が暗くなる。高校生の頃、山吹にはそれはたくさんの誘いがあったことだろう。私の同級生も山吹の事を好きだったようで、休み時間になると、彼女の様子をわざわざ教室まで行って見ていたくらいだ。デリカシーという言葉を知らない男子高校生たちは山吹の気持ちなんて考えずに話しかけ、アプローチをしていたに違いない。それを受けて、女の子たちが山吹に対して嫉妬をしただろうし、もしかしたら山吹が言わないだけで、いじめのようなことをされていても不思議ではない。
 その時、後ろの方で花火が上がった。みんなが一斉に後ろを振り向き、カメラを構える。私たちは自分が見られているような気がして慌てて後ろを向いた。

「夏が終わりますね」

 そう感じるのは私たちが通った高校の近くで夏の終わりに花火を上げるのが恒例だったからかもしれない。あの頃も、カップルたちは夏休みの最後に一緒に花火を見て薄い愛を語り合っていたという。もちろん私にはそんな相手はいなかったのだが、山吹は鬱陶しくなるほどお誘いがあったに違いない。

「いや、でも今年の夏は本当に楽しかったですよ。今までで一番楽しい夏だったかもしれないです」
「そうだね。本当に楽しかったよ。まさかあんな経験するとは思ってなかったからね。今まで幽霊とか妖怪とか信じてなかったし、信じている人を馬鹿にしてたからその人たちに謝りたいよ」

 列が進み、笹が目の前までやってきた。皆それぞれの願い事を書いた短冊を思いの品とともに括り付けている。鉛筆や野球ボール、大きなものだと小説などが短冊とともに括り付けられていた。

「青春だよね。笹から甘酸っぱい匂いを感じるくらいだよ。申し訳なくなってきちゃうよね。遊び半分でここにきてるのが。別に恋人になるわけじゃないのにさ」
「え。何言ってるんですか。何のためにここに来たんですか」
「何のためって、この短冊を調べるためでしょ」
「そうですよ。この短冊の呪いを調べるためですよ」
「うん。で?」
「私と先輩で思いの品を短冊とともに括り付けるんですよ。他の人たちと同じように。恋人になるんですよ。というわけで先日、先輩の家からペンを拝借しました」

 恋人になるんですよ?何を言っているのだろうか。ありえない。電話もせず人の家に突然やってきては、勝手に人のものを食べ、強引に人を連れ出すような子供みたいな女だ。私の好みとは違う。私の好みはもっと大人っぽくて落ち着いている余裕のある女性だ。山吹の性格はそれと正反対ではないか。
 
「嫌ですか?」

 山吹が真剣な顔でこちらを見ている。いつか夢で見たような顔だ。やめてくれ。そんな顔をされたら拒否したときに罪悪感で押しつぶされてしまう。

「別に嫌じゃないけど」

 そう言うと、山吹はいつものような笑顔で私にヘアピンを差し出した。

「これ、どうぞ。私の大事なものです」
「いや、いいよ。そういえば、前に山吹が家に来た時にヘアピン落ちててさ、それを今日持ってきてるから。それにするよ」

 ポケットの中から落ちていたヘアピンを手に取り、山吹に見せる。

「あ、それ無いと思ったら。もしかして、先輩も盗んだんですか?人の事をとやかく言うくせに」
「そんなわけないだろ。一緒にしないでくれ。落ちてたんだよ」
「えー。本当はどうなのかな。私の知らないところでそれを短冊と一緒に括り付けたかったんじゃないのかなー」

 私たちの順番がやってきた。ふざけたことを言っている山吹を無視して短冊とともにヘアピンを括り付ける。特に不思議なことは起きてはいない。本当に呪いなんてものがあるのか疑問に思うくらいあっさりと終わってしまった。

「というわけで、帰りますか」

 後ろで花火が打ち上げられた。それはまるで何かを祝うかのように大きく、大輪の花を咲かせ、あっという間に散っていった。ふと隣を見ると、山吹は初めて見た子供のように散った後の空をずっと眺めていた。

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「先輩。やっぱりすごく好評ですよ。さすがですね」

 夏祭りの数日後、やはりいきなり家にやってきた山吹は家に入るなり喜びの声を上げた。私の撮った動画を編集して投稿したところ、視聴者から好評でコメントでも絶賛の嵐だったそうだ。正直、今回は幽霊や妖怪や怪異のようなものは何一つ起きていないから、そんなに話題にはならないだろうと思っていた。しかし、私の予想に反して、山吹のファンたちや初めて見た人たちからはかなり評判が良いようだ。

「今回は怖くはなかったですけど、こういうのもやっぱりありなんですね」

 ありとかじゃない。コメントを見たらわかる。今回の動画は妖怪や幽霊なんてものは関係なくただの「山吹の告白動画」だ。そして、私はその告白をしっかりと受け取り、見事、交際関係になった。山吹のファンからしたらたまらないのだろう。コメントでは「お幸せに」「告白してるところ可愛すぎて涙出てきた」「幸せになれよ」なんて言葉で溢れている。ちらほらと「マザコン野郎。なよなよするな。男なら堂々としろ」なんていう知った名前からの言葉もあったけれど、それは激励として受け取っておこう。

「そういうわけで、次なんですけど、先輩は禁足地っていうのは知ってますか?」
「え、もう休み終わるんだけど、まだ行くの?」
「行きますよ。休みだろうが何だろうが、面白そうなところがあれば行きますよ。まさか、行かないつもりですか?」
「いや、就活とかあるし、あんまり時間取れないと思うんだけど」
「私と一緒にいないと駄目ですよ。先輩と私は呪われてるんですから。私と一緒にいなかったら呪いで就活失敗するんじゃないんですか?」
「何それ。意味わかんない」
「まあ、とにかく、先輩と私は一蓮托生。一緒に頑張りましょう」

 山吹が可愛い顔でこちらを向いて笑っている。この笑顔が見られるなら一緒にいるのも悪くない。そう思ってしまう自分はやはり呪われているのかもしれない。

 

 

 


 

 

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