【短編】夏の終わりとタイムカプセル


 どこを見ても田んぼと家。休日にも関わらず、車も通ってなければ、人も歩いていない。耳をすましても聞こえるのは蝉の声と葉擦れの音。まるで夢の中を歩いているようだ。
 信号すらもないこの道を汗をだらだらと流しながら歩くこと数十分、母校の小学校に着いた。訪れるのは小学校以来だから十年ぶりだ。十年もあればどこかが変わっていてもおかしくないのだけれど、時が止まっていたかのようにすべてが当時の面影を残している。正面玄関まで続くレンガの道。校庭の広さや遊具たち。すべてがあの頃のままだった。
 そんな物たちに懐かしさを覚えながら正面玄関まで行くと、見知った顔がいくつか見えた。彼らはすでに昔話に花を咲かせている。

「お!佐伯君だよね!変わんないなぁ!久しぶり」

 そう言ってきたのは小学校卒業と同時に違う町の学校に転校した五十嵐君だ。中学までは小さかった身長が今では私よりも大きくなっている。服装も派手でもなければ地味でもない。普通の大人の見本というようなポロシャツを着て髪もさっぱりと短い。顔つきも温和でおそらくずっと真面目に過ごしてきただろうことがうかがえる。彼は成人式には来ていなかったから会うのは約十年ぶりだ。

「久しぶり。会えて嬉しいよ」

 五十嵐君はにこにこしているが、正直何を話したらいいのかわからない。約十年も会っていなかったのだ。それに、小学校の時から彼とは特別仲良くもない。嫌いでもなかったけれど、好きでもない。そんな人だった。

「佐伯君久しぶり。来てくれてありがとう。成人式ぶりだね」

 とにかくにこにこしている五十嵐君に戸惑っていると、金子さんが話しかけてきた。高校を卒業してすぐに結婚したらしい彼女は今では一児の母だ。腕の中では子供が幸せそうに寝息を立てている。金子さん自身も心なしか中学の頃よりも表情や言葉が優しくなった。同級生の私にも子供に語り掛けるかのような口調で話しかけてくる。

「久しぶり。こちらこそ誘ってくれてありがとう」

 丁寧な口調につられて私も丁寧に返事をすると、腕の中で眠る子供がぐずり始めた。金子さんはその子をあやしながら車の方へ向かっていった。
 金子さんから連絡があったのは一カ月ほど前だ。好きでもない仕事をして十時過ぎに弁当を買って家に帰る途中に知らない電話番号から着信が来ていたことに気が付いた。最初は無視していたけれど、翌日に母親から「金子さんが連絡があるっていうから番号を教えた」という遅すぎる連絡が来て折り返したところ、本当に金子さんで同窓会の誘いの電話だった。
 最初は断ろうとした。せっかくの休みを使って同窓会など行きたくはない。小学生の頃の同級生は嫌いでもないし、小学生の頃は今思い出してもすごく楽しかった記憶がある。ただ、同級生たちに会いたいかと言われたら別に会いたくはなかった。だから金子さんに誘われたときは「行けたら行くよ」としか返さなかった。
 それでも行くことにしたのは気分が晴れない日が続いたからだった。朝起きて、会社に行き、上司や先輩、お客さんに理不尽に怒られて、それに文句言わずに頭を下げるだけの日々。嫌な仕事が終わって帰ってきても誰もいない部屋。ストレスが溜まるばかりだった。だから今回の同窓会に参加して何か気が晴れたらという浅い考えでここまで来た。

「おー。みんな来てるじゃん。久しぶり」

 声がして振り向くと、後ろに私よりもはるかに筋肉質で体が大きな男が三人立っていた。思わず後ずさりそうになったけれど、五十嵐君を見た途端、表情を綻ばせ、握手を求めたため、彼らが同級生であることがわかった。よくよく見てみれば、そこそこ仲の良かった三人組だ。高校でも野球をやっていたらしい彼らは記憶にあるよりもさらに体が大きくなっている。

「佐伯も久しぶり。相変わらず変態みたいな顔してるな」
 
 そう言ってきたのは高橋だった。彼とは中学、高校と同じ学校を通った。私があまり感情を出さないため、いつも「変質者みたいだな」と笑う。だから高校生の頃はあだ名が「むっつり」になった。

「じゃあ、みんな揃ったから記念写真でも撮ろう」

 金子さんは子供を車の中の夫に任せたのか、自由になった腕をぶんぶんと振り回しストレッチをしながら言った。まだ十人ほどしか集まっていないけれど、これで全員らしい。

「え?俺らの学年って四十人くらいいなかったっけ」
「みんな仕事とか遠くに住んでるとかで予定会わなかったんだよね。まあ、八月の下旬にしたのが悪いんだけど。正月にしたほうがもっと人集まったかな」
「それにしても少なすぎるだろ。来てる男なんて野球やってたのとあと佐伯と五十嵐君くらいだし、女の子は金子さんと仲の良い子たちだけじゃん」

 単純に金子さんがあまり好かれていないのではないか。今でこそ結婚して子供が生まれて大人しくなったけれど、小学生の頃はそれはそれは活発で人のことなど一切考えずに縦横無尽に駆け回り、言いたいことを言って人を傷つけていた。私も低学年の頃にちょっかいを出した時に強烈なビンタをお見舞いされたことは今でも覚えている。

「まあ、無理に来られるよりは全然いいけど。ここにいる皆は仲が良いし」

 小学校の頃からあまり背丈も気の強さも変わっていない阿部さんがそう言うとみんな腑に落ちたのか、それ以上何も言わなかった。淡々と記念写真を撮るとまた昔話に花を咲かせていた。

「タイムカプセルって何入れたっけ?」

 写真を撮り終え、日陰でしばらく休んでいると高橋が言った。私は金子さんから話しを聞いていなかったけれど、どうやら今日はタイムカプセルを掘り出すらしい。何を入れたかは何も覚えていない。当時の思い出の品などではなかった気がする。

「まあ、掘り出せばわかるでしょ」

 金子さんはタイムカプセルを埋めたらしい場所に私たちを連れて行くと、当たり前のようにスコップを高橋たちに手渡した。まるで、お前たちの仕事だと言わんばかりに。高橋たちはそれに一切疑問を持たずに「どれくらい掘ればいいんだろう」「本当にここなんか?」と笑いながらすでに掘り始めている。見かけ通り筋肉がある彼らはぐんぐんと掘り進め、すぐに膝が埋まりそうなほどの穴ができていた。
 
「あ、なんか見えた」

 だらだらと流れる汗を拭い、蝉の鳴き声に耳を傾けつつ掘ること数分。銀色の箱が出てきた。金子さんが言うには、これがタイムカプセルで間違いないらしい。高橋がそれを取り上げて振ってみると、中からはかさかさと紙のようなものが動く音がした。

「マジで何入ってんだろうこれ。覚えてないな」
「とりあえず開けてみたら?びっくりすると思うよ」
「え、爆弾とかじゃないよね。開けたら中のものが腐ってて俺の鼻が腐るとか嫌だからな」
「大丈夫だよ。変なものは入ってないよ。たぶん」

 金子さんは中身を知っているのか、そんなことを言う高橋を見てにんまりしている。その顔が意味するところは分からないが、とにかく私も早く中身を知りたくて、ただただ後ろで高橋が蓋を開けるのを待っていた。

「じゃあ、開けまーす。ああ、これか。思い出した」

 高橋は安堵したような、がっかりしたような表情をして、中の物を一つ取り上げると「五年生くらいの時に書いた十年後の自分に宛てた手紙だ」と笑って見せた。

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「おお。佐伯久しぶりだな。元気にしてたか?」

 夜、居酒屋には学校には来ていなかった人たちが何人か来ていた。その中には当時の担任の先生もいて、すでに皆に取り囲まれ、あれやこれやと質問攻めにあっていたようで、少し疲れているような顔をしていた。お酒を飲んでいるせいもあって、かなり老けて見える。

「お久しぶりです。変わらないようで何よりです」
「いや、さすがに十年以上経ってるから変わっただろ。老けたし禿げたし太ったし」

 そんなことはわかっている。しかし、私だってもう分別のつかない子供ではないのだ。常識くらい持ち合わせている。そんな私の感情を読み取ったのか、顔に出てしまったのか、先生は「そういえば」と話しを変えてくれた。

「今なにやってるんだ?」
「普通の会社員です。ホテルマンやってます」
「へー。意外だなぁ。佐伯はあんまり人とうまく接するタイプじゃなかったから接客業やサービス業はやらないと思ってたよ。本当は好きだったんだな。わからなかったよ」

 わからなくて当然だ。今でも人と話すことなんて好きじゃない。接客業やサービス業なんてやりたくもなかった。たまたま内定をもらったからそこに就職しただけだ。日々ストレスは溜まる一方でいつ心が壊れてもおかしくはない。先生ほどではないと思うけど。
 先生と適当に愛想笑いをしていたその時、後ろの方で大きな笑い声が起きた。何やら高橋が手紙を音読している様子だ。

「やくざになってますか?部下からお金を巻き上げてそのお金をばらまいてますか?」

 また笑いがどっと起こる。その流れなのか、他の男たちも音読を始めた。それぞれの夢や当時の心境など可愛らしくもあり懐かしくもある。

「そういえば、佐伯の手紙は何て書いてあったんだ?」
「まだ見てないです。一応持ってきてますよ。読みます?」
「いや、まずは自分で読んでみた方がいい。何かがいてあるかわからないからな」

 どうせ大したことが書いていないであろう手紙には拙い文字で五行ほどの文章が書いてあった。それを読み終えると、私はすぐに先生に手紙を渡した。

「らしいっちゃらしいな。具体的な夢を書かないところとか。でも大切なことだよなこれ。大人になった今ならすごく胸に響くよ」

 そうやって先生が笑う。後ろの方ではまた大きな笑いが起きていた。私はそれを聞きながら手紙をポケットの中にしまい、隣に来たやくざを目指していたらしい高橋と先生と一緒に日々のあれやこれやを語り合った。

「そういえばさ、見たよ。高橋がピッチャーで投げてたところ。甲子園惜しかったな。思わずテレビの前で泣いちゃったよ」
「マジですか。俺、あれからもうトラウマでしばらく高校野球見ることできませんでしたよ。今年やっと見れました」
「本当に大人になったよな皆」

 先生がそう言ってお酒を飲む。私も一口お酒を飲んだ。好きではないアルコールの匂いが鼻から抜ける。それと同時にどこか凝り固まった考えも一緒に溶けて体から流れて行ったような気がした。


 

 

 

 


 
 
 

 

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