中山みき資料集

中山みきという人の伝記を書くにあたり、参考にすべきと考えた資料を備忘録として公開します。 https://note.com/yamashinakankyo

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最近の記事

資料 「立教」以前の中山家の状況について

中山みきという人について書かれた資料は、天理教内の人が書いたものであれ、教外の人が書いたものであれ、彼女の嫁いだ中山家が「大地主」であり「豪農」であったという前提に立って当時の彼女のありようを想像しているものが大部分を占めているのですが、上の記事ではその前提自体が事実と異なっている可能性の方が大きいのではないか、という問題意識を提起させてもらっています。これにあたって参考にしたのが、天理教の二代真柱にあたる中山正善氏の書かれた「六十年の道草」と題する随筆集です。以下に関連部分

    • 御存命の頃の御咄(葭内いと)

      尽せども運べども何でやら、真の心に不足あり。最初ふわふわした時を思案してみよ。病むごしらえをする用意。 神の話をかたく守りゆくが天の理。 めいめいが、この世、今日さんげするを思案してみよ。成程思案定めのほこりありますと思案してみよ。 切り口上、切り言葉ゆうて返事くる。これ困る。 食事、寿命はめいめいに与える。長かろうと短かかろうというはめんめんの心次第である。 借物の理、目で見よ。耳でききわけ。 人間うるおいの水たまりへ、一人御護りをうけるならば、水は下るものなれ

      • かしものかりもの(加見兵四郎)

        人間の身上は神様よりの借物である。神様の守護によって造っていただき、育てていただいている身体である。 それも人間の心を喜ばそうとお思いになって、造って下され、育てていただいている身体であるから、人間の心は何事にても喜ばしていただいておればよいのである。その喜ぶ心より神様から受取っていただく理はなきものである。 その他の心遣いは残らず神様がお受け取りになられぬから、みな人間の身にかかって来るものである。 神様のお働きは身体、粒毛草木、鳥畜類、虫けらに至るまで、知らん間にできて